EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #08
カバネが空いた皿を重ねながらイチゴに問い掛ける。
「だけど人さらいなんて、よくある子ども騙しだろ?」
確かに町の中には子どもの姿が少なかったが、まったくいないわけではない。更にカバネには、イチゴのような哀れな服装の子どもは見掛けた覚えがなかった。
となると、イチゴの両親が彼女をどのように扱っているのかが問題になって来る。カバネはアマネに目配せした。
可能性としては虐待や極度の貧困――コービィが実情を知っているのかどうか、さり気なく確認する必要がありそうだ。
「……去年の春、となりのとなりの、ミシェルねえちゃんがいなくなったんだ」
「え……」
一斉にイチゴに視線が集まる。
「おばさんはすごい泣いてた。近所の人たちが色々言ってたけど、オレ、小さかったからあまり詳しいこと覚えてないんだ。隣町の保安官が来ておばさんに色々訊いてたのは覚えてる。だけどおじさんは『いなくなったもんはしょうがないだろ!』って怒ってて……それから、オレのパパとママがオレたちに言ったんだ。『きれいなかっこをするな。人さらいが出るぞ』って」
「ここには中南欧自治連合の保安官がいないんです?」
ムクロは眉をひそめる。
国という単位がなくなってからは、各自治連合ごとに警察に似た保安組織を立てることが義務付けられていた。その本部は各連合の中央機構にあり、そこから周辺の各自治区内に大小の派出所を置くのだ。
同じように、消防組織や役所が各自治区の市町村に設けられている。
「こんな小さな町にはないよ。派出所を置くだけのお金がないから、って大人たちはよく言ってる。その代わり、自警団はあるけどさ」
「誘か……人がいなくなる事件は、よくあるのかい?」
アマネが慎重に訊ねるとイチゴは首を振った。アマネたちはほっとしたが、直後のイチゴのこたえはなんとも判断のつかないものだった。
「オレにはわかんないや……だって、いなくなる人は毎年いっぱいいるし。でもさ、ほんとに人さらいが出たのか、嫌になって出て行ったのか、どうしてわかるの?」
アマネたちは、その問いにこたえることはできなかった。
「一度、ここの住民のデータを確認する必要があるかもな……」と、アマネは低く呟いた。
* * *
翌日もイチゴはやって来た。
相変わらず薄汚れた様子だったのを見兼ねて、ムクロが風呂を使わせることを宣言する。
「お風呂といっても水場に仕切りを立てて、お湯を張った盥と、備え付けの簡易シャワーを使うのですが……ひとりでできます?」
町に着いてから購入した石鹸とタオルを用意しながらムクロは問う。
「できる、けど……でもオレ、まだひとりで頭洗えない。ムクロ、一緒に入ってくれる?」
「僕? 駄目ですよ。だってイチゴは――」
ムクロが赤面しながら首を横に振ると、イチゴは一瞬きょとんとした表情でムクロを見た。しかしイチゴも首を横に振る。
「オレ、女の子じゃないよ。知ってる? 未分化体とか中性体とかって……」
顔を伏せ、居心地悪そうにもじもじしながら話す。語尾は消え入るほど弱い。
ムクロははっとして、カバネたちを振り返った。
『最後の全世界戦争』の終盤頃から、生まれて来る子どもたちにある変化が起きた。それは世界中で同時多発的に起こり、初めのうちは男性と女性の比率の差が極端になったのだと思われていた。
数年後、世界は新たな変化を知った。
今まで女の子として育てられて来た子どもの一定数が、思春期を迎える頃に突然『男性化』したのだ。
その事実がニュースに取り上げられると軽い恐慌状態が起こったが、何よりも一番ショックなのは当人たちだったろう。
昔からそういった――生まれた時の見掛けの性と、実際の肉体の性が違っている――人物は稀に存在していたが、なんらかの原因で急増したのだと思われた。
更に、本人より両親が子どもの真の性別を受け入れられず、無理矢理性転換手術を受けさせるという事案も少なからず発生した。社会的な差別も起こり、またそれに対抗する運動も各地域で盛んに行われるようになる。
その後、終戦と同時に、『未分化性』を認めるという世界規模の指針が正式に定められた。生まれた子どもたちは全員、それ以外の人たちも本人や家族が望めば、無料で染色体の検査が受けられるようになった。
また、未分化性の認定を受けた場合はトランスジェンダーと同じく、自身が望む性になるための治療も受けられる。
事態が一応の落ち着きを見せてから十五年近く経ったが、社会がこの現象に対し公平に対処できるようになったとは未だ言い難い部分もある。
だが今も、一定の割合で未分化性の子どもたちは生まれているのだった。
イチゴは自分の性を恥じている様子だった。
「ごめんね。気持ち悪い?」
「そんなことない! 未分化性が気持ち悪いだなんて」と、ムクロは力強く否定する。
「無理しなくていいよ」
「無理してない――だって僕もそうですよ?」
「ムクロ!」
カバネが慌てて遮るが遅かった。アマネは難しい顔をしていたが黙って成り行きを見守っている。
「え……そうなの? なぐさめようとして嘘ついてない?」
イチゴは赤みがかった目で見上げる。ムクロはゆっくり首を横に振り、笑顔を向けた。
「じゃあイチゴは僕のこと女だと思ってました? それとも男?」
「わかんないけど……でも」
「ムクロの言ってることは本当だ。だからイチゴのことも信じているさ」
アマネはようやく口を挟む。
「だがな、ムクロ。たとえどの性であっても、任務上必要のない個人情報は――」
「大丈夫ですよ」とムクロはアマネにこたえる。「だってイチゴは僕のこと告げ口したりしないでしょう?」
告げ口、と言われてイチゴは身を固くする。
「しないよ、そんなこと!」
その口調から、今までにも災難に遭ったであろうことがうかがえた。
「僕たちだけの秘密ですよ。僕も、イチゴが嫌がることは誰にも言いません」
ムクロが笑顔でイチゴの目を覗き込むと、イチゴはほんのり頬を紅潮させて何度もうなずいた。




