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EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #07

 食事中、窓の外に子どもの姿が見えた。

 半逆光でもわかるのは、薄汚れた顔とぼさぼさの頭。その目付きはここの住民特有の油断のない鋭さだ。

「==アマネ、あの子」と最初に気付いたのはカバネだった。とはいえかすかな足音で、三人とも誰かが来ていたのはわかっていた。


「よぉ」

 フォークを持ったまま片手を上げ、ムクロにたしなめられるアマネ。


「どうしたよ。腹減ってんのか?」

 アマネの問い掛けに対し、子どもは無言で首を横に振る。しかしごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。

同じ味付け(ペペロンチーノ)でいいなら、まだ鍋ん中に麺が残ってるからすぐ作るけど……食ってくか?」

 苦笑しながらアマネが続けるが、子どもはまた首を振る。


「==随分(かたく)なですね。身なりも粗末ですが、孤児か浮浪児なのでしょうか?」とムクロが小声で言った直後、「あんたが食べてるソレでいい」とその子は初めて声を出した。

 少し高めの、舌足らずな喋り方はぶっきらぼうでもどこか可愛い。

「いや、こんな食いさしじゃなく――」と言い掛けてアマネは気付く。

 新たに出されたものに毒物を仕込まれてもわからない。だが人が、しかも発言者が食べているものなら安全ということを、この子は理解しているのかも知れない。


 コービィはこの町が安全であると強調するが、自分が治めている町を危険だなどという町長はいない。

 もちろんアマネの考え過ぎという可能性もあるが、今までの経験上、現場の実状は上の者の言葉だけではわからないものだ。


「わかったよ。まぁ、まだ食べ始めたばかりだから、そんなに減ってないし」

 アマネは自分の皿をテーブルの向かい、一番戸口側の席に押しやった。

「じゃあ入って来てそこで手を洗いな。洗わないなら食わせられないぞ」

 戸口のすぐ脇にあるポンプ式の井戸を示すと、その子はポンプを使って手を洗い、少し躊躇してから自分の薄汚れたシャツで手を拭う。

「ちょっと? それじゃ洗った意味がないですよ」

 礼儀や衛生にこだわるムクロが、思わず顔をしかめて立ち上がった。


 突然大声を出され、子どもは驚いて身構える。しかし相手が同じ()()()だと思って少し安堵したのか、指導されながら大人しく手を洗い直した。

 ムクロが洗浄剤を使って見せると、その子もそれを真似た。みるみる泡が薄汚れて行く。通常なら一回で充分なのだが、ムクロは洗浄剤を二回使わせた。

 ハンカチを借りて手を拭き、更にムクロに半ば無理矢理顔を拭われ、幾分こざっぱりしてテーブルに着いたのを見届けると、アマネは自分の食事の作り直しに取り掛かった。


 子どもはムクロよりも更に、手のひらひとつ分ほど背が低い。そして華奢というよりは哀れなほど貧相な体型だった。あまり食事を与えられていないのかも知れない。顔立ちは可愛らしいのに、それを台無しにしているような汚れ方だった。

 フォークを手に取るなりがっつき始めようとするその子をムクロが制し、「イタダキマス」と両手を合わせて見せる。

「イタダ……キマス?」


 とりあえず()()()には従った方がいいだろうと判断したようだ。多少不安げな発音だったが大人しく真似し、これでいいのかという視線をムクロに向けた。


「召し上がれ」とムクロが笑顔で勧めると、ようやく食べ始める。食べ方も気にしたのか、初めは少しずつ食べては時々ムクロの顔を見る。しかし我慢できなくなったのだろう。徐々に口に入れる量が増えて行った。

 子どもは飲み水に関しても新しいコップを拒否し、使い掛けのものを要求した。

 コップはカバネが差し出したが、実はまだ口をつけていないことには気付かなかったようだ。


「こぼさないようにね――あぁ、エビがお皿から落ちそうですよ。気をつけて」

 ムクロは自分の食事を中断して、まるで母親のようにかいがいしく世話を焼く。

 アマネは彼らのやりとりを背中で聞きながら、ベーコンとキャベツを多めに入れて調理したものを大皿に盛り付けた。

「ついでだから、お前たちのお代わり分も一緒に作っといたぜ。エビがもうないので、具はベーコンとキャベツだが」


 テーブルの真中に置いた大皿から自分の皿に麺を取り、アマネも食べ始める。

 ゆっくり食べるカバネとムクロ――彼らは省エネルギータイプなので、本来は一皿で充分なのだ――に対し、既に皿をほぼ空にしていた子どもはまたごくりと喉を鳴らす。アマネが食べ始めるのを上目遣いで確認してから、大皿に手を伸ばす。

 ようやく安堵した空気が部屋の中に流れ始め、カバネたちも食事を再開した。



 空腹が満たされて来ると自然に警戒心も緩むのだろう。その子どもはアマネたちが名乗るのを聞いて、最後に自分の名を口にした。

「イチゴ? ちゃん?」とムクロは戸惑いながらも呼び掛ける。

「うん、そう」

 子ども――イチゴは最後のベーコンの欠片をフォークで突きながらうなずいた。

「え、でもお前、さっき『オレ』って言ったけど……」

 カバネも目をしばたたかせた。


「この辺はまだ治安が悪いからさ、男でも女でもみんなオレって言うように教えられてんだ」

 イチゴはこたえてからあんぐり口を開け、ベーコンをやっつける。

「治安が悪いって?」

「うん。人さらいが出るんだってさ」

 ムクロはイチゴの口を拭い、両手を合わせて「ゴチソウサマ」と見本を見せる。


「人さらい? ――あぁ、美人の産地っていう噂のせいか」

 アマネは水のコップを手に取りながらうなずいた。

「オレはよくわかんないけど、多分そう。だから子どもはキレイなかっこしちゃいけないって言われてるし、あんまし遠くまで遊びに行っちゃいけないっても言われてるんだ」

 イチゴはアマネの言葉にこたえて肩をすくめた。


 戦後の治安の悪さはどこも一緒で、人身売買が実際なかったわけでもない。ましてこの町の特性を考えれば、他地域の治安が落ちついてからもまだ、警戒の必要があるのも理解できる。

「だから余計に余所者に対して冷たいのか……」

 アマネは一旦は納得しようとした。だがそれが理由とすると、ムクロに対する反応には疑問が残る。


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