EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #06
圧縮語(カバネやムクロ)と日本語または共通語(アマネ)との会話の場面では、圧縮語の先頭に記号をつけてみました。
「というか、毎日のようにこちらから連絡する必要があるんですか?」
「そりゃぁ、俺たちがどこにいるのか知らせるためだろう」
「なんのために? しかもこちらからの連絡手段は、街にいる間は使用不可だし」
「それは……」
「もうやめませんかカバネ」と、突然ムクロが割って入った。
「班長には班長の苦労があるのは僕たちも理解しているはずでしょう。その男の人のことも、僕らは見ていないから勝手なことを言えませんよ。それよりデータは? 僕はもう、この範囲の二十種を集めましたけど」
カバネは驚いたようにムクロを見つめ、それから肩をすくめる。
「人には向き不向きってもんがあるんだよ」
ほんの数日前とは逆パターンだと考えながら、アマネはムクロに訊ねた。
「なあ、草ってのはそんなに種類があるのか?」
「ここは多分、元からあった植物と緑化研究で植えられたものが混在しているのだと思います。でも僕、なんとなくですが見分けがつくようになって来ましたよ。データを見た方がはっきりするんですが、つまり、細胞内の――」
「あぁムクロくん、そういった話は……」
アマネは慌てて制した。
朝の畑仕事から戻る途中らしい農夫が、怪訝な表情で見ていた。いくら日本語とはいえ、彼らの中にそれを理解できる人間がいないとも限らない。
もっとも、すぐ近くに畑があるため、余所者に畑の作物を盗られないか警戒している可能性の方が高そうなのだが。
アマネはわざとらしい笑顔を農夫へ向け、共通語で「おはようございます!」と声を張る。途端に彼はそそくさと去って行った。
「ほんとに感じ悪いな」
農夫の姿が消えると、カバネは日本語で呟いた。
「しょうがないよ。これも仕事のひとつだ」
アマネは部下をなだめ、撮影を再開する。すると今度はムクロが溜息をついた。
「彼らにしたら、僕たちが怪しい人物なんですからしょうがないです。でも、人が多い所では圧縮語が使えないので疲れます……僕、時々日本語と共通語のどちらで喋っているのか、わからなくなって来るんですよね」
「すまないな」
アマネは小さな部下の頭にそっと手を置いた。
「班長のせいでは……というかむしろ僕たちだけ圧縮語を使ってると、班長が変な人に見られますから」
ムクロはくすぐったそうに身をすくめてくすくす笑う。
「それもそうだ」とアマネも苦笑する。
「そういえば過去に一度だけありましたよね。アマネが僕を誘拐する不審者扱いされたことが――あの件で僕は、制服の重要性を認識しました」
「ここでは逆な感じもするけどなぁ。オレと買い物行く時は、制服っぽくない方がいいかも」
カバネが腰を伸ばしながら立ち上がる。中腰で黙々と撮影をしていたらしい。
「服装はどっちでもいいんです。どうせここの人たちとはほとんど会話しませんから」とムクロは口を尖らせる。
どうやら、遠巻きに観察されていることも気疲れの原因のひとつであるようだ。
「じゃあ、普段は日本語や共通語を使う代わりに、家に戻ったら圧縮語を使っていいことにしようか」とアマネが提案すると、途端に目が輝いた。
「いいんですか?」
「俺ばかり楽しているのは申し訳ないからね」
そう言って、アマネはもう一度ムクロの頭に手を置いた。
* * *
ムクロはテーブルに着いて収集したデータを確認していたが、ふと何かに気付いたように顔を上げた。そのまま小さく唸り、しばらく二枚の画像を比較する。
やがて、「班長、今いいですか?」とアマネに圧縮語で声を掛けた。
「どうした?」
調理中のアマネは日本語でこたえる。
「==昨日は南西の端のブロックを調査しに行きましたよね」
「ああ。何か問題が?」
「==そこは問題ありません。でも、数日前に調査したブロックがおかしかったんです――僕の気のせいかも知れませんが」
「ん? データを間違えてたかい?」
アマネは火を止めてテーブルへ寄る。ムクロのデータ精査能力は折り紙付きだ。だから『気のせい』ということはほぼあり得ない。アマネたちに今回の調査命令が下りたのも、実は彼らが上げるデータの精度を信頼されてのことである。
「==そうじゃありません。その時のデータは正しいです。でも昨日おかしかったんです――画像だけですが、見ますか?」
ムクロは二枚の画像を中空へ投射した。
一枚は俯瞰気味に撮影されたもので、もう一枚は水平方向に撮影されている。
「こっちは先日の、南の端ブロックの地点から撮ったのかい?」
アマネは一枚目を指して確認する。
「==そうです。こちらが昨日同じ地点を撮影したものですが、この辺急に育っていませんか?」
「うーん?」
花があるなら見分けがつきやすいが、そこに写っているのは緑ばかりだった。
かろうじて緑色以外のものがあるとすれば、撮影済みのしるしとして付けた小さなマーカーである。これは空気中の水分で徐々に溶け、二週間ほどで消滅する。
「==全種類ではなく、主にこの植物ですが。数日前には足首ほどの草丈だったのに、昨日はもう僕のウエストくらいになってました」
「ああ、白いマーカーが付いてる植物だね。そう言われれば……なるほど」
俯瞰画像では気にならないが、水平画像ではある特定の植物だけがぴょこんと突出していた。指摘されて初めて気付く程度の差異だが、しかし植物自体の伸び率はかなりのものだ。
「==そうです。でもこの種は本来ならこんな急に成長しないんです。これも遺伝子操作の結果なんでしょうか?」
「続きは飯を食ってから詳しく聞こうか。あとはスープを温めてサラダの用意だ」
データ画面を呼び出して眺めているムクロの背中を、アマネは軽く叩いた。
「あまり熱中し過ぎるとオーバーヒートを起こすぞ。ムクロの極小チップは特注品なんだから、ほどほどにしとけよ」
ムクロは小さく笑いながら顔を上げる。
「==では食事の前に、これに関して別にレポートを用意しておきます――ちなみに今日のメニューはなんですか?」
「エビとアボカドのペペロンチーノだよ」とアマネは満面の笑みでこたえた。




