EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #05
* * *
「俺ら、なんか嫌われてます?」
翌日の朝、挨拶のついでにアマネが雑談めいた口調で訊いてみると、受付の女性は困惑したような笑顔のまま、少し低めの穏やかな声でこたえた。
「さぁ……私はそう思ったことはないのですが」
彼女はふっくらと柔らかいラインの体型で赤毛に近い髪色をしており、髪に合わせた色の、丸い眼鏡を掛けていた。町の中で出逢っても彼らに挨拶を返してくれる、数少ない住民のひとりだ。
そこへ町長が、丸い赤ら顔に作り笑顔を浮かべながら現われた。
「ヤマモトさんたちのせいじゃありません。しかしまぁ、なかなか難しい問題でして、お気を悪くなさらないで欲しいのですが――」
アマネはカウンターに肘をついていたが、一瞬でバネのように跳ね起き彼に向かって軽くお辞儀をする。
「おはようございますコービィさん。気を悪くするなんてとんでもない。俺らのような立場の人間は意味もなく嫌われることが多いので、なるべく波風立てない対策を講じようかというアレなんですけどね」
町長も作り笑顔のまま、ぎこちないお辞儀を返す。
「いや、ほんとにヤマモトさんたちのせいではないです。ただここは田舎ですから、外から来た人にはなかなか慣れないのですよ」
「そうですか――おや、あのかたは?」
コービィが出て来た応接室の扉が開いており、ソファに男がいるのが見えた。黒いスーツに黒いビジネスバッグ。肌は白いが髪色は黒い。ソファの座席に置いてある中折れ帽も黒かった。
いくら役所内にエアコンがあるとはいえ、この時期に長袖のジャケットを着込んでいたらさすがに暑かろう、とアマネは考える。
「ああ、あの人は……遠くから時々立ち寄る業者さんでして。次の仕事の話を」
一瞬だけ、コービィの声が跳ね上がる。
「こんな朝早くから? 確か隣のラプツァーからでも車で五時間掛かるでしょう。ここには宿がないですし、かといってラプツァーに宿を取っても夜中に出発するわけにも――」
アマネの口調は軽いが、視線は油断なく男や周囲の反応を観察していた。
「まさか車中泊? いやはや、うちも野営が多い職業ですが、お互い仕事とは大変なもんですねぇ」と自虐混じりで笑う。
「ええ。彼はなかなか働き者でして」
コービィ赤ら顔を更に赤くしながら、アマネと応接室を結ぶ線上に踏み込んだ。ヒヨコを思わせる金髪は汗でしっとりして、すっかりボリュームを失っている。
「それよりヤマモトさん、今日はどちらへ?」
アマネはうっかりしていた、という表情を作った。
「あぁそうでした。今日は緑化研究の南西の地域へ行こうと思いましてね。でもあちらには畑などあるでしょう。なので、一応畑の作物も撮影するかも知れないということを――」
室内はエアコンが効いているため、半袖のコービィはそれほど暑くないはずだが、いつも汗をかいている。客の男とは対照的だった。
肥満気味ではあるが、それよりもどこか悪いのかも知れない、とアマネはコービィを観察しながら思った。
町長の態度も気になるが、何より男自身に不穏な空気を感じていた。
何かいやなニオイを発する人間だ、と彼の勘が訴える。長年の経験から来る勘というのは、たとえ老練な探偵でなくても、あまり外れないものだ。
男は顔を伏せているが、こちらの会話を聞いていないはずがないだろう。
「こんな田舎じゃあ武器商人ってわけもないでしょうけどね?」
カバネは大きく背伸びをした。植物に興味のない彼は、データを二つまとめた時点で早くも飽きたようだった。
「こんな田舎だから武器を隠す場所があるのかも知れないよ。でも別に、武器商人って感じでもないんだよなぁ……硝煙の臭いがしないというか」
男の姿を確認したのはアマネのみなので、カバネたちはその情報のみで想像するしかない。
ちなみに、今は任務中だが、作業が単調なためアマネは雑談を許可している。ただし使用言語は日本語である。
「緑化研究事業に関係あるなら、他の企業のスパイだったりして」
「だとしても、緑化研究の対象はここだけじゃない。こんな辺鄙な場所よりも、もっと交通の便のいいところでスパイ活動でもなんでもやりゃぁいいじゃないか」
アマネはもう十枚ほどタンポポばかり撮影していた。カバネほどではないが無益で無害な植物に関しては興味がないため、とりあえず目につきやすい、今丁度花が咲いている植物を担当することにしたのだ。
今日の区域は特に花が多いようだった。
タンポポの他にはツユクサ、スズラン、ホタルブクロ、リンドウ、コスモス……花の季節感に関しても詳しくないが、そんな彼でも時々季節外れの花が混ざっているような気はしていた。
「そろそろタンポポはいいかな。次はコスモスを撮るか……白と赤とピンク。この黒っぽいのもそうか?」
カバネは、アマネが指した黒っぽいコスモスに鼻を近付ける。
「これ、チョコレートみたいな香りがしますよ。食ったら甘いかな――そういう便利な街ならバレるのも早そうです。だから田舎の方が、悪事はバレにくいんじゃないですか? 車で移動するのも夜間なんでしょ? その男」
「なるほど、そういう考えもあるか……」
アマネは相槌を打ちながらコスモスの撮影を開始した。
「でも朝一でなければいけない用事の可能性もありますよね」
「コービィの口ぶりはそういう風ではなかったんだよ」
「それは気になりますね」
経済が安定して来たとはいえ、娯楽で乗り回す車を持っている者は非常に少ない。まして夜間の移動となると、わざわざ我が身を危険に晒すようなものだ。
それにもかかわらずあの男は夜間の長距離ドライブを経て来るという。
「俺たちは、他勢力への牽制ってことになるんだろうか?」
「オレにはわかりませんよ。班長が連絡を受けたんでしょう? 大体、向こうから突然連絡して来るってなんなんですか」
「まぁ、そうなんだが……」
アマネはどこか歯切れが悪い。そのまま黙してコスモスを五枚ほど立て続けに撮った。
カバネも自分ばかりサボるのが気まずくなったのか、撮影を再開する。




