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EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #04

「あれ以来、住民が町へ戻っても観光客は激減しましたし、若くて他の土地でも充分働けるような人間はほとんどが()()へ流れてしまいましてね。もっとも、終戦後の小さな町はどこも似たような状況だったらしいですがねえ」

 コービィは眉間と鼻に縦皺を刻みながら話し終え、また顔を拭った。



 ひとしきり昔話に付き合わされてからようやく、町での身分証を兼ねた許可証を発行してもらう。ついでムクロが調査期間の住居について交渉し、町外れの空き家を借りることができた。

 こういった場合の交渉には、ムクロの容姿が非常に効果的だ。

 一見華奢な少女にしか見えないムクロが、ここに来るまで既に何日も野宿を続けている……コービィの立場のような人間がその場面を想像して、どうして平気でいられるだろうか。


 普段は「女の子のようだ」と言われることに抵抗を示すムクロだが、こういう時には自分の容姿を利用するしたたかさがある。

 曰く、「背に腹は代えられませんから」

 風呂が使えなかったり、食器ひとつでも洗浄剤に任せる日々を何日も続けることを、ムクロはあまり好まなかった。携帯用の洗浄剤は食器などの汚れを溶かす薬液で、一定時間置いたあとは拭き取るのみでいいのだが、ムクロは水で洗い流すという方法を好む。

 そのためには定住できる場所が必要なのだ。



 案内してもらった家は町の中心から南東の方向、そして相当な町外れにあった。

 他の地域より一段低く、土手に面した傾斜地に建てられており、窓ガラスも一部抜けていた。だが雨漏り対策は済んでおり、水場も(かまど)も充分使用可能である。

 またコービィの厚意により、簡易的なものだがベッドが三台運び込まれる手筈になった。


「申し訳ないが部屋数は少ないんだ。寝室を分ける(つい)(たて)も必要かね?」と問われた時はさすがにムクロも良心が痛んだのか「それにはおよびません」と断った。


 * * *


 彼らは町内とその周辺の詳細地図を役所から借りて、早速計画を立てる。

 町の端から端までは徒歩で五時間ほどだったので、調査範囲は町の中心から徒歩で五時間の圏内に定める。それ以上の範囲は、緑化研究事業で配置された植物が九十パーセントを占めるからである。

 町を含めた緑地帯の分布予想地域を二十五等分し、一日に二ブロックずつ廻る。そうすれば二週間ほどで全体の調査が完了するだろう。


 調査期間中は身分証を必ず携帯すること。

 民家や畑などには勝手に侵入しないこと。

 トラブルがあった場合は、自分たちだけで解決しようとせず、必ず役所へ連絡すること――要するに『余計な問題を起こすな』ということ。

 町長から伝えられた注意事項は、用心深いというより信用されていないようにも感じるが、文句は言えない。


 町の領域がどこまでなのかは地図に載っているが、その外側の緑化研究事業がどの程度進んでいるのかは不明だった。そのため、ひとまず町の中心から離れている地域の調査から開始することに決める。

 連日決まった時間に町外れのボロ小屋から中心にある役所へ顔を出し、また町を出て行く。そんなアマネたちの姿は、二、三日もすると多くの町民の知るところとなった。


 だが、役所勤めの者以外は、彼らを無視するように通り過ぎるのみだ。

 たとえば食糧や雑貨を扱う店の店主らは、アマネたちが買い物に訪れるとぎょっとした表情を見せ、そそくさと店の奥へ引っ込んでしまう。

 売り子が別にいる店なら問題はないのだが、店主のみという小さい店では、買い物を諦めてそのまま出て行くしかなかった。


 アマネたちの()()が軍服に似ているせいで印象が悪いのは、今に始まったことではない。町民が余所者を警戒し遠巻きにするのも、こっそり観察しているのも丸わかりだった。


 土地の住民がそのような反応を示した場合には、ムクロやカバネが買い出しを担当している。いくら余所者だといっても、武器を携帯していない少年たちに見える彼らを必要以上に警戒する大人は、そういないものだ。

 しかしこの町では少し勝手が違った。アマネのみならず、何故かムクロまで遠巻きに見られがちだったのだ。



 ある日、カバネと一緒に買い出しに行って来たムクロは、帰宅した途端アマネに尋ねた。

「ここの人たち、銀髪が珍しいんでしょうか……明らかに、カバネよりも僕がじろじろ見られているんですよね。子連れの母親でさえ、無遠慮に観察しているような様子を感じました」

 不快さよりも困惑の表情で、ムクロは小さく首を振る。今まで好意的な、または憐れみや興味本位という視線には何度も晒されていたが、それとも違う気がするのだという。


「どうだろうなぁ。俺が育ったところは黒髪が多かったから、銀髪ってのはまぁ滅多に見掛けなかったが。でもここいらじゃ金髪も赤毛もいるだろう? むしろ俺のようなアジア系の人間の方が珍しいような気がする」

 アマネは自分の短髪をつまむ。言われてみればカバネもムクロも、(ここ)で黒髪の住民を見た覚えがなかった。

「だから、俺が奇異の目で見られるのは二重に理解できるんだけどな」と、アマネは笑う。


 コービィは金髪で――もっとも、彼の頭はかなり涼しげな状態になっていたが――役所内でも金髪の割合は三割ほどだ。

 一番目につくのがカバネと同じような茶系の髪色で、これはアッシュ系から焦げ茶、多少稀にはなるが赤毛に近いものなども偏りがなく現れているようだった。

 肌は、いわゆる白人寄りのピンクがかった色の者が多かったが、東洋人に近いオレンジ系の肌や、こんがり陽に焼いたようなココア色の肌を持つ者もいる。


「服装も無難に、白ワイシャツとベージュのハーフパンツなんですけどね。銀髪も後ろで結わえているし……」

「さっきの店のおばちゃんに限ってだけどさ。ムクロが珍しいというより、憐れみのような視線だと思ったよ、オレは」と、カバネが口を挟む。

「憐れみですか? でもコービィの時の感じとも違う気がするんですけど」

 ムクロが眉間に小さく皺を入れて振り返ると、カバネはにやりとした。

「やっぱ、ムクロが小さ――ぐふぅっ」

 すべて言い終る前に、カバネのボディにムクロの右の拳がヒットした。


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