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張り込みました。

 ゴールデンウィークがやってきた。それは乙女ゲームにとって恰好のデート誘いイベントだろう。という訳で、私は今ショッピングモールで張り込みをしている。

 何故って?そりゃ、間宮さんが翼と出掛けるという情報を掴んだからですよ。翼が通っている楽器屋さんはショッピングモール内にあるのだ。

 高木教師もショッピングモールでエンカウントする事があるというのも見逃せない。高木教師は先生なので、お誘いは基本的に断る。しかし、ばったり出くわして無視するような人ではないので、偶然を装う方向で好感度を上げるデートをする。

 高木教師がエンカウントするのは喫茶店。それもコーヒーを自家焙煎している所で、かなり美味しいと噂の所だ。高木教師は化学準備室にコーヒーメーカーを持ち込むくらいにはコーヒーが大好きなのである。

 逆に、水無月くんはショッピングモールに殆ど来ない。彼は「図書館の君」といわれる程本が好きなので、図書館でエンカウントする。わざわざ誘わなくても休みになれば必ずと言って良い程入り浸っているので、彼の好感度をあげるのは容易いだろう。たとえゴールデンウィークにまるまる会いに行かなくても普通に攻略できる。

 そう、彼は最も難易度が低かったりする。幼馴染の方が簡単なイメージが崩壊しましたよ。

 キャップをかぶって、壁にもたれ掛って目的地を観察する。少々離れた所から、楽器屋の所を見ているのだ。楽器屋の中には2部屋演奏をする場所があり、完全予約制で使用する事が出来る。確か、あの部屋代金を翼だけが払っていないという設定だったはず。残り2人のメンバーが出し合って使っているのですよね。

 勿論、翼が代金を払う事を拒否しているという話ではない。翼は成績が落ちるとバンドをやめさせられる枷がある。それゆえに、他の2人は「絶対にバイトとかするな」、「お金は俺達が払うし、翼は成績を落とさないように気を付けるだけで良い。翼がいないと俺達のバンドは成り立たないからな」……という感じの流れがあったはず。翼も申し訳なさそうにしていたが、成績の方を優先する事に。というか、勉強を優先しないとバンドをやめさせられるので、どちらかというとバンドの為に……という感じだろう。

 翼の成績は中の上くらいにまで上昇しており、かなり安定している。

 そういや、主人公と勉強する話があったような……まぁ、勉強するだけなら普通に仲良く勉強する方がいいでしょう。直前になって必死になって勉強するよりも、ね。

 と、丁度間宮さんと翼がやってきていますね。

 翼はすっごく楽しそうに笑っているが、間宮さんの表情が冷え冷えしているのが印象的だ。さすがにここからじゃ、中の様子は分からないですね。まぁ、近づいた所で演奏する部屋に入られたら分からないんですけれど。

 こんな所で何十分も待っていられない。いかに会長や晴翔が忍耐強かったか良く分かる。私には無理だ。人にも見られてますし……そうだ、喫茶店でも覗きましょうか。高木教師いるでしょうか……。そう思い、喫茶店の方に足を運ぶ。

 喫茶店を見つけて、中を覗く。緑色の髪は見当たらない。なんだ、いないですね。いや、だからなんだという話なのですが。


「あ」

「おや」


 土御門くんと出会った。

 何か買い物を終えた後のようで、袋を下げている。見た所、花の苗……でしょうか。


「あの、この間は曜子ちゃんが失礼しました」

「ああ、いえいえ、大丈夫ですよ」


 深くお辞儀されたので、こちらとしても少し慌てる。土御門くんは何も悪い事をしていないので、謝られても困る。彼は藤間さんが失敗する度に謝罪してきたのだろうか。まるで親のようだ、と思った。

 申し訳なさそうに顔を上げるのを見て、苦笑する。


「あーと、そちらは苗、ですか?」

「あ、はい。学校の中庭に植えようと思って……あ!勝手に植えちゃダメだったりしますか?」


「ああいえ、中庭の範囲からでたり、毒のあるものだったりしない限りは大丈夫ですが……自費、ですよね?」

「え、あ、はい」


「なるほど……同好会でも、少ないですが申請すれば費用が出ます。まぁ、本当に気持ちばかりなのですが。もし次も買われる予定でしたら、なるべくはやく申請なさってくださいね?」

「えっ、あ、わざわざありがとうございます」


「いえいえ」


 費用はなんだったら増額してもいい。美化推進なりなんなり推せばいけるだろう。それだけの価値があるからだ。

 彼が作り出した中庭での最後のスチルは、とても美しかった。あれを再現されるというのは素直に嬉しい。

 土御門くんはこれから学校に行くようなのでその場で別れる。

 ……藤間さんは彼の事どう考えているのでしょうね。前半の今の時期に彼といないという事は、彼目的ではないと踏んでいいのか……。ここから少し離れた病院に行っていたら、確実に日向先輩狙いと分かるのだけど……生憎私の体は1つしかないですからね。

 とりあえずまだルート選択で致命的な問題はないので、こちらに来ましたけど……なんだか無性に不安なんですよね。

 藤間さんのあの勢いの良さは、本来の主人公とは真逆の言って良い。日向先輩ルートであの苛烈さは命取りになる。文字通り、日向先輩の命が危うい。

 間宮さんもいじめ転校フラグを2つも立てているから、私に大きく関係してて捨て置けないのですよね……。でも次の休みには病院の方に行ってみましょうか。

 再び楽器店の前にくると、女の子3人が楽器店の中を睨みつけるように覗いているのを見つけた。あれは、もしかして……バンドのファン!?

 ここからいじめフラグが!乙女ゲームでは見られていたりという描写はここで出てこなかったですが……それにしても結構はやめに出るのですね。

 ちょっと声掛けてみましょうか。

 あ、帽子かぶったままだと失礼ですね、これははずして行きましょう。そう考え、手櫛で少し髪を整えてから向かう。


「あの、すみません」

「何よ、今あたしたちいそがし……っ!?」


 振り返った3人が固まる。

 その事に首を傾げる。


「忙しい所すみません」

「い、いえいえいえ!全然忙しくないですよぉっ!ね!ね?」

「はひっ!そ、そう!うんうん」

「……ちょうかっこいい」


 あっれ、最後すごく不名誉なこと言われた気がするな。とりあえずそこには触れないでおこうかな。


「この楽器店に何かあるのですか?」


「え、ななな、何かって何がです!」

「ほ、ほら私達がへばりついてたからっ……」

「……それだ」


「え、じゃあなに?どういうこと?」

「なにかやってるんじゃ?って思ってきたんじゃ?ってことよ!」

「……それだ」


「かな、それだ、しか言ってねぇ」

「見て、緊張して震えているわ。生まれたての小鹿のようよ」

「……それだ」


「……」


 なんだか楽しそうな3人である。この子達があのバンドのファンで、嫉妬を覚えているのかと思ったけれど、違うっぽいですね……。

 チラリと楽器店の中をのぞくと間宮さんとバンドの3人が楽しそうに会話している。間宮さんも可愛らしい癒されるような笑顔を見せている。翼相手だと結構無表情だったんですけれど……なんででしょうね。


「あ、あのあのっ」

「……はい?」


「も、もしよかったらお茶でも……」

「え」


「え、透?」


 女の子と話している間に、翼が楽器店から出て来ていた。しまった、見つかった。最近翼に警戒されているっていうのに、デートつけてたとか余計に誤解生むじゃないですか。


「た、たまたま!たまたま通りかかっただけです!……すみません、もう行きますね」

「え、あ……」


 そう言ってさっさとその場を立ち去る事にした。

 やばい、すごい怪しい人みたいになったじゃないですか……。

 ああ、もう。さらに翼に変な目で見られちゃいますよ……。

 しかし、先程のファンの子はいじめとかしそうになかったですね。やはり学校でいじめがあるので、学校にいる時に探した方がいいでしょうか。


「透?」

「あ……こんにちは」


 声をかけられたので振り返ると、会長がいた。

 私と同じように帽子をかぶっている。

 会長が出て来た店は銀食器を扱う店だった。あ、そういえば好きなものでしたね。ブレまくっているので好きなモノが銀食器から甘い物にでも変換したのかと思っていましたが、そうでもないみたいです。

 私の視線が後ろの店に向かっているのを見て、会長が苦笑する。


「好きなんだ、珍しいか?」

「ああ、いえ。とても素敵だと思いますよ……ちょっと私もみましょうかね」


「じゃあ、俺もついていく」

「はい」


 店に入ろうとして、ガス、という音がしたので会長の方を見ると、壁に頭をぶつけていた。


「蓮先輩……?」

「……くっ!」


 再び頭を打っている。

 会長が壊れた。


「れ、蓮先輩!?落ち着いて!」

「落ち着けている、今、落ち着けている」


 いや、ご乱心でしょう!?なんで壁に頭を!?

 会長の綺麗な顔に傷を付けたら大変だと、慌てて止める。

 手を頬に添えて見てみると、おでこが赤くなってしまっていた。


「ああ……もう、何やっているのですか」


 さらりとこぼれる黒い髪をどけつつ、溜息を吐く。すごい手触りの良い髪に、すべるような肌、これは羨ましい。こんな綺麗な肌をないがしろにするなんてとんでもない。

 ハンカチを出そうと手を引っ込めようと思ったが、会長に手を掴まれて動かせない事に気づいた。

 改めて会長の顔を見ると、驚くほど真剣にこちらを見つめていて。


「……蓮、先輩?あの……」

「っ……すま、ない」


 何故か苦しそうに顔を歪めながら解放された。

 微妙に緊張感のある空気にドキドキしてしまった。今、会長の中で何があったというのか。

 こほんと咳払いをしてごまかす。


「ええと、おでこ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」


 おでこだけでなく、顔もすべて赤くなってしまっているが大丈夫なのだろうか。あのまま頭を打ち付けていたら大変な事になっていただろうし、早めに止められて良かった。

 そこで気付いた。物凄く注目を浴びている事に。

 それは言うまでもなく、男同士でいちゃついているようなこの状況を見ての事であって。


「蓮先輩!移動しましょう……!」

「え?あ、ああ……銀食器はいいのか?」


「ええ、それどころじゃありませんから。いたたまれませんから、ほんと」


 後ろを見ると、銀食器の店の店員さんもこちらを見ていた。この状況で銀食器など見ていられない。

 私が女だと思われててもこの状況はきついだろう、男同士だと思われているのなら、なおさら。

 しばらく歩いて、人気が少なくなった所でようやく足を止める。


「はぁ、もうここまでくればいいでしょうか」

「ああ……」


 あれ、でも会長と別れれば良かったんじゃ……ま、まぁいいや。会長は気付いてないようですし。


「ところで、透はなんでショッピングモールに?透にしては珍しいな」

「ああ……ええ、ちょっと、ね」


 会長の問に曖昧に答える。私は用事がない限りそこまで頻繁にショッピングモールに出入りしない。会長の口ぶりからすると、結構頻繁に来ているらしい。おそらくあの銀食器の店にでも行っていたのか。……店員さんに見られていましたけれど、大丈夫なのでしょうか。きっと顔を覚えられているでしょうし……だ、大丈夫、ですよね、うん。

 しかし、今からどうしましょうか。戻るのも、翼に見つかると気まずいですし、帰りましょうか……本当、何しに来たんでしょう。


「はぁ……私は何をしに来たんでしょうね?」

「どうした?……最近様子がおかしいが」


「いえ、まぁ、はい……大丈夫ですよ。ご心配おかけしてすみません」


 ああもう、本当にダメですねぇ。

 ……こう考えてたら、高天原先生とあまり変わらない発想をしている気がしてきました。もうちょっと前向きに考えていきましょう。

 そうだ、このまま病院に行ってみましょうか。このまま帰っても悶々と考えるだけですし、気がまぎれるでしょう。

 主人公を見つけて、さらに胃が痛くなる未来予想図がチラリと覗いたが、まあいい。


「すみませんが、ここで解散でいいですか?」

「もう帰るのか?」


「いえ……ちょっと病院に」

「やはり調子が悪いのか!?」


「え!?あっ!いえいえ!違います、私は健康です!」


 心配されてるような状態の人が、病院行くって誤解が生まれますね。否定するが、疑いの眼差しを向けられた。これは仕方ない疑いだと思われる。


「いえ、本当に健康で」

「じゃあなんで行くんだ」


「ああ……親戚が入院しまして」

「そうなのか?」


「ええ……」


 嘘を付くのは非常に胸が痛いんですが……私の体調を心配されるよりいい……と思う。


「目が泳いでるが」

「え!」


 慌てて目元を触った時、会長がニヤリと笑った。

 ああ……ひっかけられたのですね。会長だからと油断したのが悪かったのでしょう。普段の会話だと抜けててドジッ子だけれど、本来は鋭くて頭も回る人なのだ。

すっかり忘れていた。

 苦笑しながら、緩く首を振る。


「すみません、今のは嘘です。ですが、本当に私の体調には問題ないのです」

「それ、俺の目を見て言えるのか?」


「はい」


 じっと会長の目を見つめる。

 じっくり見ると、本当に綺麗な造作をしている。作り込まれた精密なドールのような顔で、無表情だと冷たさを感じる。夜空に浮かんだ月のような瞳と黒髪が美しい。今のように赤面していても、近寄りがたいと思う人間もいるだろう。というか、赤面するならなぜ目を見ろと言ったのか。

 片手で目を隠して、溜息を吐いている。


「信じてくれますか?」

「分かった。分かったから、それ以上見るな。穴が開く」


「ふふ、すみません」


 照れ屋な会長を見て、思わず笑ってしまう。

 恥ずかしさをごまかすために、ごほんと咳払いをしてこちらに向き直る。


「じゃあ、何の為に行くんだ?」

「理由は秘密です」


「……秘密、か。それは、誰なら話せる?まさか火媛に話した事あるなんて言わないよな?」

「晴翔ですか?いえ、これは誰にも話した事はない秘密ですね」


「そう、か……誰にも……それは、寂しくないか?」

「……え?」


 寂しい……確かに、弓道をやめる時などにそのように思った事がありましたね。でも、誰かに言おうとは考えませんでした。それは今も変わってないですが……少し痛い所を突かれた気分です。


「俺は、寂しかったからな」

「蓮先輩が、ですか?」


 近寄り難い空気と、完璧な容姿。成績の上位で、剣道の腕もたつ。こんな男になってみたいと誰もが思うような人間が、寂しかったと。


「透が来るまでは、とても寂しかったよ」


 そう言って切なげに目を細める。

 男は怯え、女は悲鳴をあげて震える。そんな日常で、まともに話せるのは片手に数えられるだけ。それは確かに寂しいかもしれない。

 私が来た事によって、それが緩和された。

 原因は不明だが、恐らくは転生者である事が要因の1つなのではないかと考えられるが、本当の所は謎だ。そもそも話も出来ないような状況が異常だったのだ。ようやく正常に戻ってきた、という所か。


「蓮先輩の寂しさを緩和する事が出来た事は嬉しいですよ」

「またそう言う事を……もう騙されんぞ」


「騙すって……本心ですよ」

「分かってる、そういう意味じゃない」


 ではどういう意味なのか……。

 じっと会長を見つめると、苦笑された。言う気はないらしい。良く分からないが……まぁなんだか嬉しそうにしているので、いいでしょう。


「それでは、私はここで」

「ああ、また学校で。本当に辛かったら、言え……まってるからな」


 驚くほど優しい声色に、思わずドキリとして、苦笑する。

 ああ、やはり攻略対象者というのは魅力的なのだろうな、と。

 真っ直ぐな優しさを向けてくれる会長から愛される少女はどれほど幸せなのだろうか。想像もつかないが……羨ましいな、と少しだけ思った。


「はぁ……リア充爆発しろ」


 私の呟きを聞く者は、誰もいなかった。

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