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バレンタインでした。

 寒い中、遠回りして学校へと向かう。通常の荷物に加えて、紙袋を手にしている。その中には……そう、バレンタインデーに渡すチョコだ。

 女の子には友チョコを、男の子には義理と人情を。まぁ、お世話になっている人に配る予定です。晴翔はあげようか悩んだんですけど、却下しました。

 あと、二宮さんにもあげる予定。失礼な事をした詫びというか、なんというか。不快だと言われて断られたら諦めよう。男と思って告白したのに女だったとか、嫌ですもんね。ましてやチョコって……チョコの他にちょっとした小物もいれてますけどね。断られる事前提で臨まないといけません。それでも誠意は込めないといけない。そこだけは少し緊張しますね。

 学校に近づくにつれて、頬を紅潮させた女の子や、不安そうにしている男の子を見かけるようになってきた。

 この学校は、食べ物を持ってくることを得に規制をしてはいない。そりゃ勿論授業中とかに食べる様なら没収されるし、通常の日に常識外の量を持ってくる事もダメなのだが。基本的に寛容で、お昼にお菓子をポリポリ食べている人もいる。購買にもちょっとしたものが売ってますしね。ハロウィンとバレンタインデーだけは、沢山持ってくることを許可している。なんともイベントに寛容な学校だ。乙女ゲームならではかもしれない。

 まぁ、先生の方も若い女の子にチョコ貰って嬉しいですしね。私も担任にあげるつもりでいる。私からもらっても微妙な気持ちになるかもしれませんけども。


「あのっ……」

「……あ、はい?私ですか?」


 突然知らない子に話しかけられたので、反応が遅れた。

 コクコクと首を振って頷いているので、私に用があるのだろう。


「こ、これっ……」

「へ?あの……あ、あれ!?」


 ずずい、と胸に箱を押し付けられて、咄嗟に手に取ってしまった。返そうかと思ったが、女の子はすでに立ち去ってしまっている。

 何を渡されたのだろうか、と思ったが、すぐに思い至った。


「……ですか」


 可愛いラッピングを施したお菓子だろう。おそらく、バレンタインの。友チョコならやった事あるのだが、知らない女の子から貰うというのは予想していなかった。しまった、もしかするともっとこういうものを貰うのかもしれない。見た目はイケメン認定されている事をすっかり忘れていた。

 お返しとか、持ってきてないんですけど……。




 学校に着くと、廊下にも甘い香りが漂っていた。みなさんイベント好きですね。きっとたくさん持ってきているのだろう。そして、攻略対象者は大量に貰うのだろうな。

 そう思って翼を見たら、案の定大量に貰っていた。まぁ、私も翼の事を言えない程貰っているので、なんとも言い難い気持ちですが。しかし晴翔はというと、何も貰っていなかった。どうやら断っているらしい。

 そこはどうでも良いとして、翼に義理チョコを手渡す。翼は慌てて私の腕を掴んで廊下に引っ張り出した。


「ありがとう……ところで、さ、晴翔の分、あるの?」


 そっと私の義理チョコを受け取ってから、私に囁きかけてきた。その言葉の意味が掴みかねて、首を傾げる。

 私の反応を見た翼の顔が引き攣る。 


「まさかとは思うけど、晴翔の分のチョコ用意してないとかないよね?」

「ないですけれど、どうしました?顔色が少し悪いですよ」


「う、うわぁ……」


 しょんぼりと落ち込んでしまった翼。本当にどうしたのだろうか。


「翼?」

「あっはは……なんでもないよ」


 無理矢理張り付けたような笑顔を見せて、さっさと教室に戻る翼。

 なんだったのだろうか、今のは……。教室に戻って、桜さんにも手渡すと、とても喜んでもらえた。


「あ、有難うございます!私からも……どうぞ!」


 桜さんお手製のお菓子を頂いちゃいました。可愛らしい包みに入っている。これは帰って食べるのが楽しみですね。


「大事に食べますね!ふふ」


 ああ、もう可愛いですね。

 私のお菓子で喜んでもらえるなんて。桜さんのお菓子の方がおいしいですよ!

 桜さんは、他の人に作ってはいないみたいですね……なんだか私だけ貰っちゃって申し訳ないです。世の男性に。

 チラリと周りを見ると、深見くんがチョコを配っていた。貰った男子に感謝され、崇め奉られている。何かの宗教団体にも見えてきそうな熱狂ぶりだ。

 配っている深見くんと目が合ったが、サァッと顔色が悪くなって目を逸らされる。え、そんなに?そんなに嫌われてる?


「どうしたんでしょうね、深見くんったら……ふふふ」

「ええ、どうしたんでしょうね」


 桜さんも深見くんの様子が気になる……のだろうか。

 その意味深な笑い方は理由を知っていそうだ。まぁ、2人共料理好きだし、仲良いんでしょうね。ふむ、桜さんと深見くんか……どちらもおっとりしていて、ほのぼのした夫婦になりそうだ。カップルというか、夫婦ってイメージが沸きやすい謎。2人の雰囲気のせいでしょう、うん。


 廊下をうろついていると、二宮さんと、縦巻きロールが印象的なお嬢さんがいた。なにやら深刻な様子で話し合っている。縦巻きロールの子が深刻な表情で扇で口元を隠していると、中世ヨーロッパの社交界に見えてくる不思議。見た目も豪華な感じだから、さぞやドレスも似合うだろう。


「あ」


 話しをしている所に割り込む気にはなれず、そっと離れようと離れようと思ったが、その前に縦巻きお嬢さんに見つかってしまった。ニヤリと、悪役令嬢のような笑顔をみせてきて慄く。なんとも、私よりもライバルキャラが似合いそうな悪そうな笑みである。


「あ、木下さん。こんにちは」

「こんにちは……」


 二宮さんが私に気づいて挨拶をしてきた。

 縦巻きお嬢さんは1歩後ろに下がって私達の邪魔をしないようにしている。


「あの、これ。私からのバレンタインです」

「ええ!」


 私から言う前にバレンタインを貰ってしまって驚く。


「あ、え、えと。ありがとうございます。私からも、どうぞ」

「うおおおおおおおお!」


「!?」


 いきなり雄叫びを上げられてビクッとした。

 ハッとした二宮さんが咳払いをする。


「すみません、少々興奮しました」

「……え、いえ……貰って頂けて嬉しいです。その、二宮さんには申し訳ない事をしたので」


 若干引きつつ、謝罪する。

 しかし、二宮さんはきょとんとしている。


「ん?木下さん私に何かしましたっけ?」

「え……ええと、男だと偽っていたじゃないですか。それで、その……」


「あっはっは!いいんですよぅ!そんなこと!今でもよいおかずにもごぉっ!」


 カラカラ笑っている二宮さんの口を塞ぐ縦巻きお嬢さん。2人にしか分からないアイコンタクトをして頷き合っている。


「ごほっ……と、とにかく、気にしなくていいですよ」

「あ、ありがとうございます……」


 良かった、あまり気にしてはいなかったようです。私にバレンタインのチョコを用意してくれてたみたいですし、その心の広さが有難いです。




 生徒会室に入ると、ダンボールに大量のお菓子の袋を入れた会長の姿があった。練習の合間に貰ったのだろう、道着を着たままだった。

 ハロウィンの時よりもはるかに多い量を貰っている。それに、その時のものより手が込んで良そうだ。これは本命チョコもあるでしょうね。

 それも当然か、会長はかなり恰好良いですし、最近は割と話しかけやすくなったようなのだ。以前は委縮していた人間も、多少なりとも話せるようになった。会長の表情に人間味が出て来たというか、柔らかさが出て来たのだ。

 もしや、想い人と上手くいっているのかもしれませんね。恋は人を変えるといいますし。


「随分と貰いましたねぇ」


 そう声をかけると、バサリとダンボールを落として振り向いた。ああ……落としちゃだめですよ、割れたらどうするんですか。


「透!?いやこれは違う」

「……?何がでしょう。これはまたしばらくお菓子を買わなくてもよいですね」


 ダンボールに入っている可愛らしい包みをつまんで眺める。ああ、上の方は大丈夫そうですけど、下の方は割れているかもしれませんねぇ。凝ったラッピングのモノも見えますし……まぁ味は変わらないんでしょうけどね。


「あ、あの……」

「ん、どうしました?会長?」


 もじもじして、顔を赤らめている。トイレに行きたいのだろうか。


「トイレに行きたいならどうぞ」

「違うっ!?そもそもそれなら黙っていくだろうが!」


「あ、それもそうですね」


 会長はなんとも深い溜息を零し、そして私を残念な子を見るように見つめて来た。何故。なんだか不名誉な事を考えられていそうです。


「なんです?」

「いや……まだまだなんだろうな、と思っただけだ」


「……なんの話でしょう?」

「こっちの話だ」


 会長は僅かに肩を落としつつ、ダンボールを持ち上げて別の所に移す。その間に鞄からチョコを取り出す。


「会長、これ」

「なん……え」


 落胆していた顔が驚愕に染まる。


「……これは?」

「チョコです」


「俺に?」

「勿論」


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 ぎこちない動きで私のチョコを受け取る会長。そして、大切に自分の鞄へと収める。あれ、ダンボールの中には突っ込まないんだろうか。ああ、まぁ目の前であそこにぶち込まれるのは誰でも不快だろう。だから他のモノも、貰ってこっちに運んでからダンボールにつめているのだろう。その気遣いは良いと思います。そもそも本命チョコらしきものをホイホイ貰うのもちょっとどうかと思いますけどね。

 鞄にチョコを詰め終わった後に、私に向き直る。


「何か、他に言う事はないか?」

「言う事……?」


 少し考えて、言うべき事が思い浮かんだので口を開く。


「ああ、失礼しました。今のは義理なのでご安心ください」


 会長がガクゥッと膝を付いてしまった。


「えっ、会長?大丈夫ですか?」

「なんでもない……」


 なんだか良く分からないが、本命は受け取らないようにと注意をしておいた。好きな相手がいるんだから、それなりの対応は必要だろう。その想い人のためにも。

 そう注意するたびにどんどん落ち込んでしまって、最後は泣きそうな顔になっていた。


「俺が好きなのは、他の誰でもない……お」


 バタン!会長の言葉を遮るように勢いよく扉が開け放たれる。入って来たのはかなり機嫌の悪い晴翔だった。おお、不良にしか見えない。今の状態を見ても生徒会の副会長だなんて分からないだろうな。

 ところで、何故あんなにも機嫌が悪いのだろうか。

 触らぬ神に祟りなしって言いますし、触れずに作業しましょう。

 しばらく作業していると、ノックが聞こえて来た。最近会長と喋れないって人も減った御蔭で訪問する子を多くなっているのだ。乙女ゲームだと、主人公と出会う事で段々とそうなって行く訳なのだが、どういう訳かもうすでにその兆候が見えている。

 まぁ、恐らく会長のドジッ子が発揮されたんだろうな、とあたりをつける。

 入室を促すよう返事をすると。


「会長ー」


 そう言いながら道着を来た男の子が入って来た。

 剣道関連の事か、そう思って会長に目を向けると、眉間に皺を寄せて立ち上がった。


「すまない、行ってくる。遅くなるようなら鍵を閉めて帰ってくれ」

「分かりました」


 慌てて部屋を出て行く会長を見守った後、不機嫌な晴翔と2人きりになる。なんとも気まずいこの空気は久し振りな気がする。

 なるべく気にしないようにしつつ、資料に集中する事にした。

 資料に集中していると、晴翔の機嫌の悪さも気にならなくなっていた。黙々と資料に目を通していく。最終確認や判などは副会長や会長の仕事なので、なるべく会長の負担にならないようまとめていく。


「あの……さ」


 なんとも言いにくそうに晴翔が言葉を切り出してきた。

 資料から顔を上げて返事をしておきましょう。


「なんでしょう」

「ぅ……え、えと……」


 かなり緊張しているご様子。なにがどうして緊張しているのか分からず、自然と眉間に皺が寄って来た。資料もさっさとまとめたいので、話を整理して出直して欲しいくらいです。


「翼に、渡してたよな?」

「ん?……プリントですか?」


 あいにく、今日は渡していないので、新しい問題は提供できない。


「そ、そっちじゃなくて……」


 とても言いずらそうにしていて、ようやくピンときた。

 もしかしてチョコの話でしょうか。今日は確かに翼にチョコをあげたから。しかし何故、その話題を出してくるのか分からずに首を傾げる。

 もしかして私から欲しいとか?いやまさか、そんな訳ないでしょう。告白を断った相手からチョコが欲しいなんて。いくら友達に戻ろうと言ったって、そういうところからきちんとしないと。私に恋愛感情が残ってなかったとしても、晴翔には判断の付きようもない訳ですし。こういう恋人とかがはしゃぐようなイベントでわざわざ地雷を踏むようなことはあり得ない。

 とすれば、私にチョコを渡す意思があるかどうかの確認でしょうか。晴翔は全部断っているようですし、もし私が渡そうとして断りでもしたら告白の二の舞のような事になるんじゃないかと心配しているか。

 私はその結論に至って、大きく頷いた。


「ご安心ください。今年は義理でもなんでも持ってきていませんから」

「……」


 ゴンッという良い音を鳴らして机に頭をぶつけた。かなり勢いあったけれど、痛くないのだろうか……。


「晴翔?大丈夫ですか?」

「はぁ……大丈夫じゃ、ない」


 額を抑え、僅かに目に涙を貯めているので、本当に大丈夫ではなさそうである。

 ぐっと下唇を噛みしめて、私の方に向き直る。

 涙でわずかに潤いが増した瞳が色っぽくて思わずドキリとしてしまった。やっぱり、大人っぽくなってますね。乙女ゲームの主人公が入学してくる時期も近いですし、その時見たスチルとそう変わらない見た目です。

 二次元の登場人物が、三次元になっているとはこれ如何に。恋人が画面から出て来てくれた!ってやつですね。こんな機能が現実世界にあったら良かったのに。あれ、でも今現実なんですよね。

 晴翔の視線に緊張したので、気を逸らす為にちょっとだけ変な事を考えた。今では少し反省している。


「……欲しい」

「……ん?」


 聞き間違いだろうか。今欲しいって聞こえたんですけれど。

 いやそんな。ありえませんよね、あはは。


「俺には、そう願う権利も、なくなったか?」

「え、ええ?」


 今にも泣きだしそうな顔で言われて困惑する。

 ええと、どういう事でしょう。なんで欲しがっているのかこの人は。バレンタインの意味知ってます?いや、まぁそりゃ勿論友チョコなんてものもありますけれども。本来は恋人に贈る日だって言うじゃないですか。海外だと男が女に贈るものだったみたいですけど、そこは置いといて。

 晴翔に、私のチョコを欲しがる権利がなくなった、というのはどういう事か。そりゃないに決まっている、はずである。だって告白断ったわけですし。そんな人間からチョコを欲しがるなんて正気の沙汰じゃないと思う。友チョコだと言って私が渡そうとしても断って良い権利ならあるはずだ。けれども逆はどうなのだろう。いや、普通は欲しがらないでしょう。えっと、もう、なんか最近の若い者の思考が分からん。

 直接聞いてしまえ。


「えっと?つまり、私からのチョコが欲しい、んですか?」

「……ああ」


「そりゃまたどうして」

「……どうしてって、そりゃ……」


 ぐっと言葉を詰まらせて、視線を彷徨わせている。

 会長なら甘いものが好きだからって理由で軽く片づけられますけど、晴翔はよく分かりませんね。


「そう、いえば。会長にもあげたのか?その……チョコを」

「えっと、まぁ、お世話になっているので」


 はぁ、と大きく溜息を吐いている。そんな様子にますます意味が分からない。

 もしかしてあれですか、仲間外れにされたようで嫌なのでしょうか。

 仲の良い他の人には全員配っていますからねぇ。確かにそこはちょっと嫌な感じかもしれません。私の気にしすぎなのでしょうか?振られた後も普通にあげてもいいものなのでしょうか。二宮さんも気にしていなさそうですし。というか、あの場合は男女すら違うからなんとも比較し辛いですけども。


「それなら、俺にもくれたっていいだろう」

「そ、そういうものですか?まぁ、晴翔が不快に思わないなら差し上げますが」


「俺が不快に?どうしてそんな考えに至ったんだ?」

「え、その、色々あったじゃないですか」


 いや分かりましょうよ、そこは。仮にもあなた私を振ったんですから。微妙な気分で晴翔を見つめる。彼は告白について深く考えてはいないのだろうか。私がどんな想いで言ったかなんて知らないんでしょうね。なんだかちょっとバカバカしくなってきましたよ。


「俺が透から貰って嫌なはずないだろ。むしろ、嬉しいから」

「そんな風に思って頂いていたんですね」


 じゃあもう気にしない方がいいんですね?そうなんですね?もう晴翔の中で完全になかった事になっている訳ですね?

 大きなため息を吐いて晴翔の顔を見る。


「……分かりました、差し上げましょう。明日でも構いませんか?」

「あ、明後日……じゃ、ダメか?」

「ええ、良いですよ」


 ああ、面倒くさい。チョコ余ってないですから、適当に買ってあげましょうかね。……いやいや、やはり作るべきなのだろうか。欲しいってわざわざ言ってくれた訳ですしね。明後日って事は休日に会わなきゃいけないんですね。

 ……2人きりで?それはないなぁ。けれど、まぁ渡すだけなら良いでしょう。はぁ、面倒ですねぇ。なんで欲しいなんて言いだしたんでしょうかこの方は、全く。作る時も時間かかるんですけどねぇ、そこんところ分かっているのでしょうか。まぁ、いいですけど。

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