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少しだけ和解(?)しました。

 蒸し暑く、蝉が大合唱している夏。しかし現在いる場所は涼しく、蝉の声も幾分か遠く聞こえる。静謐な雰囲気が漂い、特有の古めかしい古紙の香りがする。来ている客はまばらで、本を捲っている本の虫さんもいれば、涼みに来ているだけのサラリーマンなんかもいる。外回りの方だろうな。

 そう、今いるのはこの街の図書館だ。県で最も大きい図書館で、本の事ならなんでも揃ってそうだ。まぁ、流石にコミックはあまり置いてないけどね。三国志のコミックくらいなら置いてあるのを見たかな。堅苦しい歴史も、漫画にすればあら不思議。すんなり頭に入って来ます。

 前世の時に私も漫画で覚えましたよ。勉強は分からない事ばかりで、退屈でしたからね。今、人に教えられるだけの能力がある事を、とても誇らしく思います。


 うんうん、と目の前で唸っているゴールデンレトリバー……翼を見て、クスリと笑う。なんだか懐かしいですね。私もあんな風に詰まってましたっけ。

 なんだかんだ言いつつ、翼は優秀な人間だった。8月中旬ですけれど、夏休みの課題は全て終えているようですし。私が出した課題も終えたようです。まぁ、分からない問題は飛ばしてあったようですがね。それも作戦の内です。

 分からない問題をいくつか自力で調べてみたみたいで、出会った瞬間「大学入試出すとか馬鹿なのかぁ!」と、涙目で罵られました。

 ばれましたか。怒られましたが、勿論私は笑いましたとも。お腹がよじれそうになりました。だって凄い形相だったんです。言葉に言い表せないけれど、とにかく笑える顔でした。でも、調べるなんて凄いですね。これは夏休み明けのテストが楽しみです。

 翼にいくつかヒントを与えて、その間に翼が書いた答えを見ていく。何個か間違えているのはご愛嬌ですね。容赦なく再度解かせましょう。バツがついた問題が積み重ねられる度に涙目になっていく翼を見て和む。


 クスリと笑っていたら、視線を感じたので顔を上げると、晴翔と目が合った。

 そう、この図書館でも翼の勉強会は、何故かいつも晴翔もついてきているのだ。いつも不機嫌そうに黙って問題を解いているんです。そんなに嫌ならついてこなくてもいいんじゃないでしょうか。私も顔を合わせるのはきまずいのです。

 頻繁に目が合う事があるが、いつもすぐに逸らさせる。その度に胸の奥が重くなっていく。

 眩しい窓の外に目を向けて、現実逃避しましょうか。


「あ……」


 水色の頭をした美少年が図書館に入ってきている所だった。あれは、そう……水無月副会長の弟であり、乙女ゲームの攻略対象者である。水無月海斗くんだ。遠くからでも神々しい美しさが放たれている気がする。まぁ、きっと気のせいでしょうが。

 あちらもこちらの存在に気付いたのか、会釈をしてきた。

 あらら?本ばかり読んでいたのでてっきり覚えられていないかと思っていましたが、記憶されていたようですね。

 あんな美少年に顔を覚えられるという出来事だけでも嬉しくなってしまいますね。彼のファンの気持ちが少しだけ分かったような気がします。可愛いですね。

 会釈だけして、海斗くんは席に座って本を取り出していた。ブレないですねぇ。会長はあんなにブレているんですけどね。何故なのでしょう。もしかして、転生者である私が関わっているから?晴翔は乙女ゲームの事を思い出すまでの付き合いでしたし……乙女ゲームを思い出してから接するようになった会長とじゃ、ちょっと変わってきているのかも?……うーん、よく分からないですね。


「知り合い?」


 目ざとく私の行動を見ていた翼が声を掛けてくる。ちゃんと問題解いてました?解いていないと、問題増やしますよ。


「ええ、生徒会副会長の弟さんですね。今は中学3年生だそうですよ」

「ほーう、ふーん」


 何やら言いたげにしながら頷く翼。なんだかちょっぴりイラッとしたので、課題をプラス。すると、急にしょんぼりしてしまった。とても簡単な方法で大人しくなってくれる。うん、頭なでなでしたい衝動に駆られるのは何故でしょうね?やっぱり犬っぽいからでしょうね。


「なんで、その人の弟と知り合いになんて……」


 久し振りに聞くその声に驚いた。晴翔の少し低くなった声だった。はっとして私から目を逸らす晴翔。気まずい沈黙。なんだか晴翔の前ではいつもこんな感じになってしまっている気がする。

 ……うーん、私もいい加減大人にならないといけないですかね。腐っても転生者ですから。いつまでもうじうじしてても、仕方ありません。

 根性を叩き直し、改めて真っ直ぐ晴翔を見据える。気まずそうに目を逸らし、苦しそうにしている晴翔の顔。……そう、そう……ですよね。気まずいのは私だけではありませんよね。

 振られたからって大人げなかったかもしれません。今まで友達として接して来た訳ですから、急に冷たい態度をとった私が悪かったです。ゴクリと乾いた喉をならせてから言葉を発した。


「ええ、実は……先日、生徒会の合宿があったのです。その時に顔見知りになりまして」


 私の返答に晴翔は驚いて私の顔を凝視してくる。まともに顔を合わせるなんて何か月振りでしょうか。男らしい赤色の瞳。うん、恰好良いですね。無駄にドキドキしてしまいます。ええい、まだ忘れてないんですか、私は。

 胸の奥でくすぶる想いを押し込めて、にっこり微笑む。すると、晴翔が泣きそうな顔になって顔を逸らした。


「そ、そうか……」


 晴翔の声が震えていた。余程緊張を強いられていたのだろう。申し訳ない事をしました。中学の時はいつも明るくて場を盛り上げるような人だったのに、今ではすっかり鳴りを潜めてしまっているのだ。私はそこまで彼を追い詰めていたのでしょうか。

 そこまで私を大事な友達だと思ってくれていたという事でしょう。所詮は友達なのでしょうが……もうそれで良いですよ。

 沈黙が戻って来るが、先程よりは空気は軽い。まぁ、私の気分だけなのでしょうけれど。


 夏休みが終われば、真っ先にテスト、その次には生徒会総選挙が行われるんですよね。生徒会が慌ただしくなる期間です。

 ……ん?そういえば、乙女ゲームのオープニングスチルには会長の姿と、晴翔の姿があったんですよね。

 あれ?って事は、晴翔が生徒会入りするって事で……待て、どういう理由で生徒会入りしたんだったか。良く思い出せ。

 確か、そうだ。確か幼馴染の木下透が入ってくれとお願いしたんだったか。長い時間晴翔といたいから、という理由で嫌がる晴翔を無理に立候補させたんだっけ。晴翔も渋々ながら、きちんとやる性格だから当選するんだったよな。

 ……私が誘う?何故?ホワイ?そんな理由は持ち合わせていない。

 晴翔との関係は少し緩んだけれど、今だに気まずい事にかわりがない。というか、私が嫌だ。流石にずっと近くにいるような役職に誘いたくはない。


「ねー透!」


 その明るい声にハッとする。顔を上げると、翼がニコニコと笑っていた。相変わらず元気な人ですね。


「次の日曜に花火大会があるよね?」

「え?……ええ」


 確かに今週の日曜日には河川敷で花火大会が行われる。かなり大きな大会で、毎年混雑している祭り。それがどうしたというのだろう。


「行かない?俺達と、さ」


 ウインクしてきた翼。なんだか、似合うのがイケメンの恐ろしい所ですね。実際にウインクされて可愛いと思ってしまうなんて、不覚です。流石攻略対象者、私たちに出来ない事を簡単にやってのける。そこに痺れる憧れる。

 俺達、とは……晴翔も含まれているのだろうか。チラッと目を向けると、サッと目を逸らされた。ショック。しかし、逸らしたらダメだと思ったのか、またこちらに向いてきた。その反応に少しほっとする。

 しかし、花火、花火大会ですか……。

 いつも晴翔と行っていた花火大会。今年は行けないかな、と思ってましたけど……多分、晴翔も行きそうですよね。なんせ最近は翼とセットな事が多いですし、仲良いですからね。この際ですから、そこで仲直りのきっかけが掴めるでしょうか。恐らく、来年は行けないでしょうからね。

 主人公なんて入学しなければ良い。そんな暗い感情を消しながら、私は「行く」と答えたのだった。

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