竜の逆鱗に触れた男の話
それは、ほんの衝動的な行為だった。
男はその場所にいつもラジコンを送り込んでいた。といっても普段は、掌大の丸いもので、撮影用に使われるタイプのものである。
光学迷彩によって姿を隠せる最新型のラジコンで、何枚もドラゴンを撮影した。
魔生物をいたずらに挑発するような真似だ。本来ならば、厳しく処罰される。
しかし男は、頭が良かった。有名大を出た技術者で――生憎趣味に耽りすぎて就職は叶わなかったが――ドラゴンを怒らせない程度には優秀だった。
幾度か気づかれたようではあるが、すぐに興味を失ったようにそっぽを向いていた。だから、安全だと思っていた。
男はドラゴンに魅了されていた。
写真などでは、到底、足りない。
だから――ドラゴンの子供(らしきもの)が巣から出てきた時、チャンスだと思った。
すぐに戦闘用の“とっておき”を出して、捕獲用具や発信機も仕込み、出撃させた。
「う、わぁぁああああああっ!!」
ドラゴンが向かってくる。攻撃してくる。――弾がもうない。
まともな思考力が働かず、ただがむしゃらに帰還させて、はた、と気づいた。
ドラゴンに、居場所を教えてしまったことを。
「――あ」
轟音。
屋根が吹き飛び、家が破壊される。
地下室に居るというのに、その光景は鮮烈なまでの恐怖を呼ぶ。
そして備え付けられたカメラの映像が途切れた時、ぞわりと、生命を脅かす確かな気配。
入り口がはじけ飛び、そこから力技で地下室の天井、つまり地面の部分が剥ぎ取られる。
迫る爪。
剥き出しの牙。
黒光りする鱗。
大きさなら、まだ、もっと大きな動物も居るだろう。
けれど、これはけして敵わない、戦ってはいけないと思った。
――赤い瞳が射抜き、笑うように大きな口が開き、そして彼は意識を手放した。
「……ファストフードばかり食べている奴は不味いな」
「よくわからないですけど、じゃあ育ててみたらどうですか」
「お前、……なかなかえぐい事を考えるな」
「? だってほら、豚さんとか牛さんとか育てて食べてますよ」
「まあ、そうだが」
家を地下室まで徹底的に破壊し、竜と猫は去っていった。
魔生物に対する干渉規制条約(2237年)
個人所有の無人戦闘機がドラゴン個体アカツキと交戦、撤退の後、アメリカ国籍の男性(デイトレーダー・31歳)が死亡、他重軽傷29名となった事件。
この事件により、魔生物に対する挑発行為だけでなく捕獲や研究も規制され、魔生物研究グループの間で大きな波紋を呼んだ。