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第17章 やってみろ


赤いオーラは、まだミズキの周囲を包んでいた。


ライキョウは彼からそう遠くない場所に立っていた。


だが、先ほどまでとは何かが違う。


魔物たちが、突然足を止めた。


一匹が完全に動きを止める。


その身体が震え始めた。


赤く光っていた瞳が、ゆっくりと黒く染まっていく。


ライキョウは息を呑んだ。


「……何だ?」


目の前の魔物が、低く身を伏せる。


そして――


一匹の唸り声が森に響いた。


それだけではない。


木々の向こうから、黒い瞳が次々と現れていく。


ミユラが手にした鎌の鎖を強く握った。


「……まずいですね」


彼女は半歩下がり、同時にライキョウを後ろへ下げる。


「私の後ろにいてください」


「でも――」


「そこから離れないでください」


声は落ち着いていた。


けれど、ライキョウには分かった。


いつもの穏やかな声とは少し違う。


魔物たちが一斉に飛びかかってくる。


ミユラが身体を翻した。


二本の鎌が手元から放たれ、鎖を引きながら森の中を駆け抜ける。


一匹の魔物が弾き飛ばされた。


しかし鎌は止まらない。


背後の木を回り込み、軌道を変える。


ミユラが鎖を強く引いた。


もう一方の鎌が、ライキョウの目の前を横切った。


「危ない!」


迫っていた魔物が、ライキョウの足元へ叩き飛ばされる。


ライキョウはそれを数秒見つめた。


「……強いな、彼女」


だが、安心する暇はなかった。


別の魔物が横から飛び出してくる。


ライキョウは身体を傾けて避けた。


爪が肩をかすめる。


「多すぎるだろ!」


ミユラは答えない。


彼女は森の反対側へと押し込まれていた。


鎖の一本が木に絡む。


ミユラはすぐに手首を返し、強く引いた。


木が大きく揺れる。


鎌が軌道を変え、背後から迫っていた魔物を弾き飛ばした。


ライキョウは、その一瞬だけ開いた隙を見る。


「今だ!」


ライキョウは駆け出した。


一匹の魔物が目の前を塞ぐ。


ライキョウは腕を振り抜いた。


魔物が地面に倒れる。


ライキョウは動きを止めた。


「……俺にもできた?」


彼はミユラを見る。


彼女もちょうど一匹を弾き飛ばしたところだった。


二人の視線が一瞬だけ重なる。


ミユラは微笑んだ。


「ほら」


ライキョウも笑う。


「じゃあ、一緒に帰ろう!」


その時だった。


遠くから笑い声が聞こえた。


「そのまま続けてくれ」


ミズキは、まだそこに立っていた。


目の前の光景を、楽しそうに眺めている。


「その絶望こそ、俺が一番好きなものだからな」


口元の笑みが深くなる。


赤いオーラが集まり始めた。


ライキョウは、その赤いものがミズキの手へ集まっていくのを見る。


少しずつ。


ゆっくりと。


赤い光が形を変えていく。


ミユラが振り返った。


「ライキョウ、下がって!」


赤い剣が、ミズキの手に現れた。


彼はそれを見下ろす。


「俺はこれを……感じなきゃな」


そして笑った。


「……その方が楽しい」


ミズキの姿が消える。


「どこに――?」


ライキョウが振り向く。


金属音が響いた。


ミユラが間一髪で攻撃を受け止めていた。


鎌と赤い剣がぶつかる。


ミユラの身体が押し戻される。


踵が地面を削り、土の上に線が伸びた。


彼女はすぐに鎖を引いた。


鎌が木を回り込み、反対側から戻ってくる。


ミズキが身体を傾けて避ける。


背後にあった枝が切り落とされた。


葉が舞う。


それでもミズキは笑っていた。


ミユラは攻撃を続ける。


一撃。


二撃。


三撃。


ミズキは次々と受け止めていく。


あまりにも速い。


ライキョウの目には、木々の間を走る影しか見えなかった。


「もう……見えない」


ライキョウが後ろへ下がる。


その時、一匹の魔物が飛びかかってきた。


ライキョウは身体をひねって避ける。


だが、その直後――


別の魔物が背後から現れた。


「っ!」


避けきれない。


腕に噛みつかれる。


「ぐっ!」


ライキョウは無理やり腕を引き抜いた。


痛みで身体がよろめく。


それでも、手を握りしめる。


「大丈夫……」


ライキョウはミユラを見る。


彼女はまだ戦っている。


「助けないと……」


ライキョウは駆け出した。


しかし、一匹の魔物が前に立ちはだかる。


ライキョウが殴り飛ばす。


その直後、別の魔物が現れる。


さらに一匹。


ライキョウは後ろへ追い込まれていく。


「くそっ……」


背中が木にぶつかった。


振り返る。


もう逃げ道はない。


ライキョウは身体を低くして、隙を探した。


ない。


横へ飛び出そうとする。


別の魔物が塞ぐ。


身体を押さえつけられる。


「離せ!」


ライキョウは必死に身体を動かす。


だが、抜け出せない。


地面に押しつけられる。


それでも腕を伸ばす。


「ミユラ!」


彼女は振り返った。


ほんの一瞬だった。


その瞬間、ミズキが彼女の目の前に現れる。


ミユラはすぐに身体を捻る。


攻撃を受け止める。


後ろへ下がる。


一歩。


さらに一歩。


その背後には、先ほどの戦いで倒れた木々があった。


最初よりも狭くなった空間。


ミユラは、その中へ追い込まれていく。


ライキョウはさらに強くもがいた。


「触るな!」


魔物たちは離れない。


「だったら俺と戦え!」


ミズキが止まる。


ライキョウを見る。


「お前と戦う?」


一瞬だけ、笑みが消えた。


「必要ない」


ミズキは再びミユラを見る。


「俺が欲しいのは――」


剣がゆっくりと持ち上げられる。


「お前の絶望と……」


「その叫び声だ」


「やめろ!」


ライキョウは必死に身体を起こそうとする。


だが、魔物たちに押さえつけられたままだ。


できることは何もない。


ただ、見ることしかできない。


ミユラはミズキの前に立っていた。


もう、ほとんど力が残っていない。


それでも、手にした武器を離さない。


彼女はライキョウを見る。


二人の視線が、荒れた森の中で重なった。


「ミユラ……」


ミユラは答えなかった。


ただ、ほんの少しだけ笑った。


ミズキが一歩前へ出る。


ライキョウが叫ぶ。


「やめろ!」


一瞬。


森の音が消えたように感じた。


ミユラは、まだライキョウを見ている。


「……泣かないでください」


ライキョウが動きを止める。


赤い剣が振り下ろされる。


「ミユラ……?」


返事はない。


ライキョウは彼女を見つめる。


そして――


目の前の景色が、ゆっくりと遠ざかっていった。


---


ライキョウが目を開ける。


そこには、もう森はなかった。


魔物の声もない。


ミズキの姿もない。


ただ、見慣れた暗闇だけが広がっている。


ライキョウはその場に座り込んでいた。


両手で頭を抱える。


身体が震えていた。


「……痛い」


小さな声だった。


「もう……何もしたくない」


ライキョウは俯く。


「夢なんて……どうでもいい」


しばらく黙ったあと、ぽつりと呟く。


「……家に帰りたい」


頭の中に、これまで出会った人たちが浮かんでくる。


カイエン。


ミユラ。


自分が何もできなかった時に、手を差し伸べてくれた人たち。


ライキョウは両手を強く握った。


「みんなは……自分を犠牲にしてまで、誰かを守ろうとしてる」


「じゃあ……俺は?」


俯いたまま、呟く。


「俺は……いつも後ろに隠れてるだけだ」


暗闇の中から、声が聞こえた。


「臆病者……」

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