10 石壁の覚醒 1
チチカカ湖に浮かぶ太陽の島をあとにした、ワイラ、アトゥック、ブランカは、クスコを目指した。誘拐されたサミを救いたいからだ。
アンデスの背骨をなぞるように続くその道のりは、息をするだけでも肺が焼けるように痛む過酷な旅路だった。
彼らの足を止めるものは何もなかった。サミを救いたいという一念だけが、彼らの肉体を動かす燃料となっていた。
そして、何日もの強行軍の果てに、彼らはついに、かつてのインカ帝国の首都であり、現在は「ペルー副王領」の主要都市となった、石の都「クスコ」へと辿り着いた。
街の入り口に立った瞬間、ワイラたちは言葉を失った。
そこは、文字通り「石の魔術」が支配する、異様な都だった。
「これが……クスコ……」
ブランカが、圧倒されるように呟く。
街の基盤を形作っているのは、インカの時代に組まれた驚異的な石壁だった。巨大な自然石が、カミソリの刃一枚、あるいは一枚の紙すら通さないほど精緻に削られ、完璧に噛み合わされて積まれている。重機も鉄の工具も持たなかったはずの先祖たちが、いかにしてこの巨石を操ったのか、現代の人間には想像もつかないほどの執念と技術の結晶。
しかし、その驚異的なインカの石壁の上に、まるで忌まわしい寄生虫のように乗っかっているのは、征服者たちの文明だった。
太陽の光を傲慢に跳ね返す白い漆喰の壁、鮮やかな赤い瓦屋根、そして天を突くように建てられたキリスト教の教会。かつて太陽の神殿であり、全面が黄金のプレートで覆われていたと伝わる高貴な聖域「コリカンチャ」は、その見事な石組みの土台をそのまま利用され、上部に「サント・ドミンゴ教会」という名の、支配者の象徴へと姿を変えられていた。
過去の文明の息の根を止め、その屍の上に十字架を突き立てる――支配者たちの冷酷なまでの合理性と、傲慢な権力の誇示が、そこには刻まれていた。
だが、何よりもワイラたちの胸を締め付けたのは、その石の都を行き交う人々の「沈黙」だった。
ラパスのフィエスタで見かけたような、大地を揺らすような熱狂や、生へのギラギラとした活気は、このクスコのインディオたちには微塵もなかった。
彼らは一様に、自らの体重ほどもある重い荷を背負わされ、疲れ果てた牛馬のように視線を地面に落として歩いている。そして、石畳の向こうから、きらびやかな衣装を纏ったスペインの貴族や、武装した兵士の馬車が通りかかるたび、民衆は示し合わせたように泥の中に跪き、頭を垂れるのだ。
彼らの瞳には、光がなかった。
それは、かつてこの偉大な王国を築き上げ、太陽の子として生きていた誇り高き人々の末裔の姿ではなかった。
自らが生まれ育ち、先祖が眠る聖なる大地の上で、彼らは完全なる「迷子」であり、生きながらにして意思を奪われた亡霊のように見えた。
「ひどい……ひどすぎるわ……」
ブランカが、自身の口元を両手で覆い、絶句する。その瞳には、深い悲しみと憤怒が混ざり合っていた。
「これが、サミの憧れていた故郷なの? お兄さんと一緒に暮らすはずだった、美しい太陽の都なの? こんなの……ただの巨大な墓場じゃない……!」
街のいたるところに、鋭く磨き上げられた銃剣を持つスペイン兵が立ち、鷹のような眼光で民衆の一挙手一投足を監視している。張り詰めた緊張感が、冷たい空気とともに肌を刺す。
サミのような、立ち振る舞い一つに「高貴な血筋」を感じさせる特別な娘が、この息詰まるような監視の都の中で、自由でいられるはずがなかった。彼女は間違いなく、この冷たい石のどこかに、鳥籠の中の小鳥のように閉じ込められている。
ワイラたちは、サミを連れ去ったあの黒い馬車の行方を探し、目立たないように細心の注意を払いながら、街の裏通りへと入った。
歴史の影が色濃く残り、日の当たらない石畳は、まるで迷宮のように入り組んでいる。通行人にサミの特徴を尋ねようにも、人々はスペイン兵の目を恐れ、ワイラたちが近づくだけで、怯えたように足早に去っていってしまう。
「チッ、どいつもこいつも、魂まで家畜にされちまったのかよ!」
アトゥックが、苛立ちを隠せずに壁を蹴る。その鈍い音が、静まり返った裏通りに虚しく反響した。
誰も信用できない。どこに敵の目が光っているかもわからない。絶望的な孤立無援の恐怖が、じわじわと三人の心を蝕み始めた、その時だった。
「――静かに。壁の石たちにも、今は支配者の耳が植え付けられている」
影の中から、低く、しかし驚くほど深く通る声が響いた。
ワイラたちが一斉に身構えた。路地の奥、歴史の闇に溶け込むようにして立っていたのは、一人の男だった。
この章もAIが書きました。
次章からは英雄が登場します。




