塔の中で
塔の中は暗かった。
黒い魔力が霧のように漂っていて、足元が見づらかった。空気が重く、息を吸うたびに胸が少し締まる感じがした。
レオンが私の手首をつかんだ。
「足元、気をつけろ」
「ありがとうございます」
「放さないぞ」
「……わかりました」
……手を引いてくれているのは、足元のためだけじゃないとわかっています。
ありがとうございます。本当に。
「……圧が強いですね」
「平気か」
「平気です。あなたは」
「少し重いが、動ける」
上層へ進むほど、魔力の圧が強くなった。エミリアが浄化で道を作り、レオンが魔物を処理し、私は進路を確保した。
途中、石段が崩れていた。レオンが先に渡って手を差し伸べた。
「渡れ」
「……ありがとうございます」
言いながら、手を借りて渡った。渡ったのに、手を離してもらえなかった。
……離さないままですね。
まあ、いいです。
最上階に、ヴォルドがいた。
見た目は老いた人間だった。でも目が、ひどく古い色をしていた。この世界の人間の目ではない、もっと遠い場所から来た目だった。
「……聖女が来たか」
声が低く、反響した。
「はい。止めに来ました」
「止める? 笑わせる。お前の力は私の糧になるだけだ」
ヴォルドが手を上げた。黒い魔力が渦を巻いた。
……吸収しようとしている。ガイウスの言った通りです。
力を七割に絞ったまま、動いた。正面からぶつかるのではなく、受け流しながら隙を作る。吸収されないよう、出力を細かく調整する。
横でレオンが剣を構えていた。魔術師相手に剣は意味がない——はずだったが、レオンが動くことでヴォルドの注意が分散した。
「……剣士風情が」
ヴォルドがレオンに魔力を向けた。私はその瞬間に割り込んだ。
「触れないでください」
「……邪魔をするか」
「するに決まっています」
……当たり前です。
この人に何かさせるつもりは、ありません。
エミリアが浄化の聖力を展開した。全力ではないが、ヴォルドの黒魔術を部分的に中和していた。
三人の動きが、また噛み合っていた。
……信頼、とはこういうものですね。
言葉がなくても、動ける。
◆
好機が来た。
ヴォルドがエミリアの浄化に集中したとき、黒魔術の密度が一瞬下がった。
……今です。
指輪を外した。
全力で。
ガイウスの言った「最後の一撃」を、ヴォルドの核に向けて放った。
白い光が塔を満たした。
ヴォルドが声を上げた。抵抗しようとした。でも、今度は力を吸収させなかった。吸収しようとする瞬間に、方向を変えた。
光が、ヴォルドを包んだ。
黒い魔力が、一枚ずつ剥がれていった。
「……百年、か……」
ヴォルドが言った。声が、少し老人のものに戻っていた。怒りではなく、疲労の声だった。
「……終わりに、したかった……」
光の中で、ヴォルドが塵になって消えた。
静寂が、塔を満たした。
私は少し膝に力が入らなくなった。全力を出した後の反動だった。
レオンが支えてくれた。
「……立てるか」
「立てます。少し待ってください」
「急がなくていい」
……全力を出した後は、少し時間がかかります。
それをわかって待ってくれています。
「……終わりました」
「ああ」
「怪我はありますか」
「かすり傷程度だ」
「後でちゃんと手当てしますよ」
「頼む」
しばらく、二人でそのまま静かにしていた。塔の中に、白い光の残滓がまだ漂っていた。
「……怖かったですか」
「ああ」
「何が一番怖かったですか」
「お前が力を奪われそうになったとき」
……あのとき、ヴォルドが一瞬私の力を引き始めた瞬間のことですね。
私はすぐに対処しましたが、レオンには見えていたんですね。
「対処できました」
「知っている。それでも、怖かった」
また、さらっとこういうことを言う人だ。
……私も、怖かったです。
でも、あなたが隣にいてくれたから、動けました。
「……一緒に来てくれて、ありがとうございます」
「当然だ」
「当然じゃないですよ。一人で来ても、どうにかなったとは思います。でも、あなたがいたから、もっとうまくできた」
レオンが少し黙った。
「……俺も、お前がいたからだ。一人では、この中には入れなかった気がする」
……それは、私も同じです。
二人でいたから、ここまで来られました。
「行きましょう。外でエミリアさんたちが待っています」
「ああ」
立ち上がった。レオンがまた手を貸してくれた。今度は、放してもらえなかった。
「……もう少し待てますか、立てるようになるまで」
「いくらでも」
少しずつ、膝の力が戻ってきた。
「……ありがとうございます」
「気にするな」
「気にします。全力を出した後は毎回こうなるので、いつか慣れてください」
「……覚えておく」
……覚えておく、と言いました。
次もそばにいてくれるつもりで言っているんですね。
それが嬉しいです。
立てるようになったとき、窓の隙間から光が見えた。夜明けが近かった。
「外に出ましょう。ガイウスさんたちが心配しています」
「ああ」
二人で石段を降り始めた。まだ少しふらついたが、レオンが手を離さなかった。




