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歴代最強聖女、厄介ごとに巻き込まれたくないので 能力を隠して生きていきます  作者: 月代
プロローグ

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前世の記憶と、現世の決意


死ぬ瞬間というのは、

もっと劇的なものだと思っていた。


残業続きで帰宅途中、気がついたら暗闇の中にいた。痛みもなく、音もなく、ただ静かに意識が落ちていくような感覚だった。あとで思い返せば、過労死というやつだったのだろう。二十八年間生きてきて、最後の記憶が終電を逃したコンビニの袋というのは、いささか締まりがなさすぎる。


次に目が覚めたとき、私はどこかの天蓋付きベッドの上にいた。


柔らかな日差し。石造りの天井。窓の外から聞こえてくる馬車の音。そして自分の手が、びっくりするほど小さかった。


……異世界転生、というやつですか。

前世の記憶を持ったまま、私はヴァルテア王国の平民の家に生まれ変わっていた。名前はアリア・ヴェルメール。父は薬草師、母は優しい人で、どちらも私を心から愛してくれた。転生先としては申し分ない。前世の疲労を考えれば、これは神様のご褒美というやつかもしれなかった。


問題が発覚したのは、五歳の誕生日だった。


この国では五歳になると、教会で魔力の素質を調べてもらう習わしがある。ほとんどの子どもは特に何もなく終わるか、せいぜい「少し魔力がありますね」と言われる程度だ。だから私も、深く考えずに教会の石台に手を置いた。


石台が、砕けた。


砕けただけでなく、光った。白い光が礼拝堂中に溢れ、シスターが泡を吹いて倒れ、神父が膝から崩れ落ちて「奇跡だ」と叫んだ。あわてて手を離した私の手のひらには、聖女の証とされる淡い紋様が浮かんでいた。


五歳の体で、私は全力で現実逃避した。


見なかったことにしましょう。

しかし残念ながら、教会の人々は見ていた。だから私は次の手を打った。翌日から、体が弱い子どもを演じ始めたのだ。



聖女というものが、どういう存在かは前世の記憶でなんとなく知っていた。ファンタジー小説で読んだことがあるからだ。


国家に管理される。魔王討伐に駆り出される。貴族や王族の政争に利用される。「聖女様」として崇められ、一切プライベートがなくなる。どこにも「聖女になって良かった」と思える要素がない。


実際、この国には「聖女院」という機関があり、聖女と認定された者は登録のうえ国の管理下に置かれることが法律で定められていた。平たく言えば、国のものになる。前世で過労死した身としては、絶対に避けたい未来だった。


今度こそ、ゆっくり生きたいんです。私は。

だから私は、能力を隠すことにした。


魔力を常に締め上げ、感知されないよう抑制する。聖女の資質調査の日は毎回高熱で欠席する。うっかり人を助けてしまっても「たまたま薬草を持っていた」「風が良い方向に吹いた」で誤魔化す。光の奇跡が出そうになったら全力でくしゃみに変換する。


十二年間、それを続けてきた。


今の私は、王都の外れで薬草屋の手伝いをしているごく普通の十七歳だ。魔力はほぼなく、体が少し弱くて、でも薬草の知識だけはやたらと豊富という、どこにでもいる娘。それが表向きのアリア・ヴェルメールだった。



そんな平和な生活が崩れ始めたのは、

ある雨の夜のことだった。


薬草の採取から戻る帰り道、王都の裏路地で男が倒れているのを見つけた。騎士団の制服。傷だらけで、魔物にでも襲われたのか夥しい量の血が石畳を濡らしていた。


私は立ち止まった。


見なかったことにしようとした。本当に、しようとした。三秒ほど本気で葛藤した。


……でも、死にそうな人を前にして通り過ぎられるほど、私は器用じゃなかったです。

周囲に人がいないことを確認してから、私はそっとしゃがみ込んだ。手のひらを男の胸に当てる。押さえていた魔力を、ほんの少しだけ解放する。


薄く淡い光が、私の手のひらから滲み出た。傷が塞がっていく。荒かった息が、少しずつ整っていく。


よし。これで大丈夫。あとは自力で帰れるはずだ。


立ち上がって立ち去ろうとした瞬間、男の手が私の手首を掴んだ。


目が合った。意識を取り戻したらしい男の目は、暗い路地の中でも妙にはっきりと見えた。黒い瞳。整った顔立ち。そして、私の手元をじっと見ている視線。


「……何をした」


静かな声だった。責めているわけでも、驚いているわけでもなく、ただ事実を確認するような声。


私は笑顔で答えた。


「薬草を使って応急処置をしました。たまたま持ち合わせていたので。それではお大事に」


「……薬草で、こんな傷は塞がらない」


「良い薬草でした」


手首を振りほどこうとしたが、男の力が思ったより強かった。傷だらけのくせに何なんだ、この握力は。


「名前を聞かせろ」


……これは、もう完全に厄介ごとの予感がしますね。

私の人生に、また波風が立とうとしていた。


しかし残念ながら私は、死にそうな人を前にして通り過ぎられないのと同じくらい、助けた相手を突き放すことも、どうやらできないらしかった。


これが後にどれほど面倒なことになるかを、このときの私はまだ知らない。


―――――◆―――――


第一章へ続く

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