殺人事件編-4
まだ9時半で約束の時間よりは早く火因町駅についてしまった。
駅前のロータリーでは、陽介が演説していた。
「この疫病など茶番だ!」
大きな声で吠えていたが、もすっかり陽介に興味がないので興醒めだ。今は亜弓がお熱なのは、この町の牧師である三上千尋である。といってもこの男は神様以外の事に全く興味がなく、当然亜弓にも興味がないのでまるで進展しそうな気配はないのだが。
陽介の演説を聞く客は心なしか少なかった。どうせ時間が空いて暇なので、陽介の演説に耳を傾ける。
この疫病の騒ぎは、製薬会社がワクチンを売るだけでなく、政府が監視社会を作り、世界統一通貨を作るのが目的らしい。そして聖書で予言されているように、人々は獣を拝むようになり額に666の刻印を押されると言う。実に頭の痛い陰謀論ではあったが、やはり陽介の語り口は劇のようで少なからず引き込まれるものはあった。聖書に関する話は興味がある。
ただ、ヤジを飛ばしている男もいた。男でマスクを二重にし、ゴーグルもつけている。顔はわからないので、歳もどれぐらいか見当がつかない。こうしてみるとちょっと怪しい男だったが、疫病の最中ではものすごく怪しい男というほどでもない。拓也から聞いた男なのかどうか判断がつかない。
「うるせー! シープルどもは黙ってろ!」
陽介が男のヤジに怒鳴り返すと、ちょっと怪しい男はすぐに去っていった。こうして見ると、やっぱり本当に怪しい男なのかやっぱりよくわらない。
その後、陽介は一通りワクチンの危険性を訴えた後に演説が終わった。
「こんにちは、陽介さん」
亜弓は演説が終わり、ペットボトルの水を飲んでいる陽介に声をかけた。2月の下旬とはいえまだ寒いのに、陽介の額は汗で濡れていた。それぐらい演説は熱がこもっていという事だろう。
「おお、編集者の滝沢さんか。昨日は大変だったじゃないか」
「何か気になる事ない?」
「は? まさか事件を調べているんじゃなかろうな?」
そう言って陽介はニヤリと笑った。その通りであるが、この男は変わり者のようで、事件を捜査するといっても否定はしない。それどころか日本の警察の捜査力は無いから自分たちで調べた方が良いとまで言い、けしかけてきた。
「おそらく、疫病を信じ切ってるシープルどもが犯人だ」
しかも犯人まで断言していた。
「なんで?」
「だってカフェではもともと嫌がらせを受けていたんだろう。可哀想に。シープルどもの仕業さ。この疫病を本気で怖がり、イベントをやっている事が許せないんだろう」
そう言われてみれば動機もあり、筋も通っている。陽介はあまりにもハッキリ断言するので、亜弓もつい頷きながら耳を傾ける。
「昨日サイン会に来たのも、もしかして応援してくれてたの?」
「うん、まぁな。支配者層どもが作ったチェーン店より個人店の方が残って欲しいだろ」
バツが悪そうにごちゃごちゃと言い訳をしていたが、意外と良い面もあるようだった。亜弓は陽介の意外な一面に関心して目を見張る。陽介はツンデレか?ちょっと見直したい気持ちにもなった。
「それに俺も嫌がらせ受けてるんだよ」
「え? だれに?」
亜弓はこの話に食いついた。
「まあ、俺様レベルになると敵は多いがな」
「なんか逆に自慢していません?」
「いや、SNSには毎日誹謗中傷コメントくるし、本を書いた出版社にも殺害予告がくるぜ。まあ、日常茶飯事だな」
「殺害予告って…」
想像以上の嫌がらせではないか。これも事件に関係あるのか謎である。
「その嫌がらせしていた人間に心あたり無いの?」
「そうだな。まあ、大方カルトの人間だろう」
「カルト?」
突然聴き慣れない言葉に再び目を見張る。
「ああ。特に草生教って言うカルトがこの疫病茶番に熱心でな」
草生教は亜弓でも聞いたことのあるカルトだ。政治家や芸能界でもかなり大きな力を持つカルトで、昼出版にも信者が何人かいる。彼ら本のデザインなどを草生教のシンボルカラーなどを願掛けで取り入れるのでわかりやすい。またカルト人脈で作家やイラストレーターを連れてくる事もある。要するにコネである。もっともお荷物部署に少女小説レーベルでは無縁の話であるが。
「殺害予告をした犯人も草生教の連中さ。そうすれば徳を積んで来世では幸せになれるそうだ。実に下らないカルトだ。さっきヤジを飛ばしていた男もおそらく草生教信者だろう」
「栗子さん達の事件とも何か関係ある? やっぱりカルトが嫌がらせでやったの?」
「俺はそうとしか思えんな」
「そっか。ありがとう」
亜弓は陽介から離れて駅の方に向かい文花を待つ。
文花を待ちながらメモをとった。
・嫌がらせの犯人は草生教信者?
・幸子さんの店に嫌がらせをした人物と毒を盛った犯人は同一人物???
・そうだとしたら動機はカルトで徳をつむ為???
メモを書いてみたが、証拠が無い事に気づく。まだまだ調査は前途多難だった。




