第4話【そして全ては終息する】
元凶である学院長を冥府送りにし、ようやく事態は収集した。
生徒や教職員は、まさか学院長がこの世で最も重い刑罰である『冥府の特別労働者』として徴用されるとは予想外だったのだろう。普段は賢者と名高い聡明な魔法使いの部分しか見ていないので、実験馬鹿の部分を垣間見たことで混乱しているに違いない。
残念ながら、これが現実である。問題児が見せるタチの悪い夢ではないのだ。現実逃避なんてさせない所存である。
「さて」
学院長を冥府送りにした冥王第一補佐官のキクガは、
「私はお暇しよう。学院長殿の到着を、ザァト様は心待ちにしておられるのでな」
「まあまあ、待て待て」
雪の結晶が刻まれた煙管を吹かすユフィーリアは、綺麗な笑みをキクガに向ける。
「まだ時間はあるだろ? 挨拶ぐらいはしていけよ」
「挨拶? 一体誰にかね」
髑髏仮面の下で疑問に満ちた表情を浮かべるキクガだが、ユフィーリアが指で示した人物を見て合点がいったようだ。
彼女が指で示したのは、赤い長弓を携えたまま髑髏仮面の神父様をじっと見つめる黒髪赤眼の少年――ショウである。キクガにとっては4歳の時に離れ離れとなった実の息子だ。
すなわちユフィーリアが言う『挨拶』とは、10数年ぶりの再会を果たす息子に対する挨拶という訳で。
キクガはくるりと身を翻すと、
「ではな」
「エド、逃がすな」
「はいよぉ」
ユフィーリアの命令にすぐさま反応したエドワードが、冥王第一補佐官様の腕を掴む。
体格差は圧倒的にエドワードへ軍配が上がる。身長は2メイル(メートル)超え、迷彩柄の野戦服に収まらないほどの素晴らしい筋肉の持ち主だ。胸筋だけで異性と張り合えるほど立派なものを有しているし、力の差があるのは目に見えている。
悲しいかな、キクガは身長だけなら男性の平均身長を遥かに上回っているのだが、筋肉量が足りていない。もやしっ子代表グローリア・イーストエンドといい勝負である。
あっという間にショウの目の前まで引き摺られてきたキクガは、髑髏仮面の下でシクシクと泣き真似をする。
「酷い……乱暴された……」
「おう、無理やり髑髏仮面を引き剥がされたくなけりゃ自分で脱げ」
「君、意外と暴力的なのだな」
「そりゃお前、ヴァラール魔法学院創設以来の問題児様だぞ? 暴力に訴えるのは当たり前だろうがよ」
ユフィーリアはキクガの脇腹を小突き、髑髏仮面を早く脱ぐように促す。
深々とため息を吐いたキクガが、髑髏仮面に指をかける。
綺麗な顔面を隠す不気味な髑髏の仮面を外せば、その下から現れたのはショウによく似た儚さのある少女めいた顔立ち。黒曜石の瞳には、不安げな光が浮かぶ。
露わとなった髑髏仮面の下にある素顔を見上げたショウは、
「……父さん……?」
さすが聡明なショウである。4歳の時に分かれたきりの父親を覚えているとは、随分と記憶力がいい。
久方ぶりに父と呼ばれたことに感慨深さがあるのか、キクガは何かを言いかける。はくはくと口を動かすも言葉が紡げず、彼はそっと息子から視線を逸らした。
自分が原因ではないが、もう何年も言葉を交わしていないし強制的に引き離されたままとなってしまっていた。それにキクガ自身は知らないが、ショウは両親がいなくなったことで親戚中を盥回しにされた挙句、叔父夫婦の元に預けられて酷い虐待を受けてきた。普通なら恨みを抱いてもおかしくない。
しかし、ショウは天使だった。聖人とも呼べるだろうか。
「父さん……!!」
ショウは長弓を放り捨ててキクガに抱きつくと、
「父さんだ……生きていたのか……よかった……!!」
「ショウ……」
息子の名を呼んだキクガは、強く抱きついてくるショウの頭を撫でてやる。
「君も、こんなに大きくなって……」
「よかった……これで……」
父親に縋り付くショウが安堵したように言った台詞で、キクガが石像と化した。
「俺は、もう父さんの真似をしなくてもいいんだな……」
「……ショウ? それはどういう意味かね?」
そこで、ユフィーリアは悟った。
先述したが、キクガはショウが虐待を受けていた話を全く知らない。親戚中を盥回しにされた挙句、子供のいない叔父夫婦に預けられたと思えば、幼い頃から暴力と暴言だけの日常を送る羽目になったとは本気で思っていない。
さらに血の繋がりを持つ叔父から性的虐待を受け、その際に父親の真似事をするように強要されたヤベエ事実も知らないのだ。知らないったら知らないのだ。
ユフィーリアは3人の部下に目配せをする。彼らもすぐに「この話を知らせてはならん」ということを理解したらしい。
「叔父さんが「ゔああああああッ!!」してくる時に父さ「わおーんッ!!」すると「きゃっふーッ!!」から……何度も「【放送禁止】♪」と言ってくるので、仕方がないというか……」
青少年には聞かせたらいけない部分だけは叫び声で誤魔化せたが、当の本人にはきちんと息子の説明は届いたらしい。
キクガは優しく微笑むと、ショウの頭を撫でて「そうか」と言う。
それから彼は、ユフィーリアに視線をやった。底の見えない洞窟のような黒い双眸で見据えられ、問題児筆頭と名高いユフィーリアでも震え上がる。
「ユフィーリア君」
「な、何でしょ……?」
「元の世界に戻る方法はないかね? 少し殺ることが出来た」
「無理っすね。その機会は永遠に訪れないと思ってくだせえ」
「チッ」
コイツ、舌打ちしよった。舌打ちしそうな顔ではないのに、わざわざ息子の耳を塞いで舌打ちをした。
実弟を殺しにいけないことを受け入れたキクガは、ポンとショウの肩を叩く。
その表情は慈愛に満ちていた。先程までの舌打ちをしていた態度とは大違いである。
「ショウ、ユフィーリア君ならきっと君のことを幸せにしてくれるはずだ。私が保証しよう。君は地上で誰よりも幸せになりなさい」
息子の目を真っ直ぐに見据えたキクガは、
「また会いに来る。今度は手土産を持って、用務員室にお邪魔させて貰おう」
「ああ」
ショウも嬉しそうに微笑むと、
「また父さんに会えるのを楽しみにしてる」
健気な息子に微笑み返したキクガは、今度はユフィーリアへ視線をやる。
「ユフィーリア君、息子のことを頼む」
「おう、任せろ」
二つ返事で応じるユフィーリア。
元より彼のことを幸せにすると決めているのだ。言われないでもそのつもりである。
もちろん、ショウが父親の元で生きるならそれでもいい。その時は少し寂しく思うが、血の繋がった親のところへ送り出してやるのが1番だろう。
――まあ多分、そんなことをすれば今度は何が燃えるか分からないのだが。
キクガは趣味の悪い髑髏仮面を装着すると、ペコリとお辞儀をした。それからずぶずぶと足元にあった影に沈んでいき、冥府へ帰っていった。
冥王が心配するほど働き詰めとなっている第一補佐官殿だが、地上で息子が楽しく過ごしていると分かれば息抜きに会いに来るだろうか。その時は歓迎してやろう、悪い印象もないし。
「あのー、ユフィーリア? いい話みたいッスけど、いいッスか?」
「何だよ、副学院長」
学院長が冥府の特別労働者として徴用され、頭を抱えていた副学院長のスカイがようやく正気を取り戻したようである。わざわざ挙手して話しかけてきた。
ユフィーリアが会話に応じると、彼は非常に言いにくそうに燃え落ちた校舎を一瞥する。
魔力暴走によって何もかもが焼けてしまったヴァラール魔法学院の残骸がそこにある。学校の備品も、生徒や教職員の私物も、貴重品も何もかもが消し炭となってしまった。これはもうどうにもならん。
「あれ、どうするんスか? 悪いのは学院長だってのは分かったんスけど、学院長の奴に校舎を直してもらう前に冥府へ徴用されたんで」
「お前が直せよ、副学院長だろ」
「いやいや」
スカイは首を横に振ると、
「ボク、修復魔法って苦手なんスよね。専門じゃないって言うか」
「お前本当に何で副学院長なんだ?」
「あの学院長の引き止め役になる為ッスかね」
「機能してんのか、引き止め役」
「そこになければないッスね」
引っ叩きたくなった、全力で。
ユフィーリアはスカイをぶん殴りたい衝動に駆られるが、エドワードとハルアの2人に押さえ込まれて強制的に考え直させられる。まあここでぶん殴って用務員をクビになっても面倒だ。路頭に迷いたくない。
清涼感のある匂いの煙と共にため息を吐くと、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を杖のように掴む。他の魔女や魔法使いが出来ないのであれば、自然とユフィーリアがやる羽目になるのだ。
指揮者よろしく煙管を振りながら、ユフィーリアは魔法を発動させる。
「〈広く〉〈広く〉〈修復せよ〉」
修復魔法は修復魔法でも、広い範囲に適用される広域修復魔法である。膨大な魔力がなければ使えない大規模な魔法だ。
魔力暴走によって燃え落ちた建物を元の状態に組み上げ、学校の備品も生徒や教職員の私物や貴重品も修復していく。
それはさながら、時間が逆再生されていくかのようだ。生徒や教職員が呆気に取られているうちに、ヴァラール魔法学院の校舎は瞬く間に元通りの姿を取り戻した。
くるんとペン回しの要領で煙管を回したユフィーリアは、
「直してやったんだから、アタシらの給料を元の金額に戻せよ。7割減額なんて死んでも御免だ」
☆
「ゔぁー……久々の用務員室だわ。疲れたァ」
用務員室の扉を開けるなり、自分の席に直行したユフィーリアは椅子にどっかりと腰掛ける。机の上に積み上げられた書類が軒並み倒れたが、広域修復魔法を使用したのでちょっと疲れているのだ。
同じく用務員室に戻ってきたエドワードたちも自分たちの椅子に凭れかかり、口々に「疲れたよぉ」「お腹減った!!」などと叫ぶ。アイゼルネは戸棚から茶器を取り出して、紅茶の準備をし始めていた。
ようやく元の生活に戻った気がする。冥府で罪人の魂を追いかけ回すことも楽しかったが、やはり我が家が1番だ。
「アイゼ、お茶」
「今日はとっておきの茶葉を使っちゃうワ♪」
「ユーリぃ、今日のご飯はどうするのぉ?」
「お腹減った!!」
「作る気力も起きねえよ。どこか食いに行こうぜ、学院長のツケで」
「賛成だよぉ」
「オレ肉食べたい!!」
「お茶が入ったわヨ♪」
アイゼルネから淹れられたばかりの熱い紅茶を受け取り、火傷に注意しながら飴色の紅茶を啜る。やっぱり熱くて「あちッ」と呻いたのはご愛嬌だ。
紅茶を飲んで一息吐いたところで、ユフィーリアは可愛い新人が用務員室の入り口で立ち尽くしているのに気づいた。
赤い長弓を胸に抱きしめたまま、何故か感動したように打ち震えている。未だに赤く染まったままの瞳に涙まで浮かべている。幸せにする云々と言っておきながら早速泣かせるとは、冥府のショウ父に殴られてしまう。
「ショウ坊どうした? どっか痛いか?」
「ユフィーリアが……みんなが……」
とうとう赤い瞳からボロボロと涙を零すショウは、
「みんなが、用務員室にいるのが嬉しくて……帰ってきてくれたって……思って……」
頬を伝う涙を拭って、ショウは微笑む。
「みんな、お帰りなさい」
ただいま、と叫びながら全員でショウに抱きついたのは言うまでもない。




