第6話【特別労働者からの解放】
「ふぅむ、なるほど。其方らは冥府の特別労働者として徴用されたと」
身に覚えのない出来事に納得できていない様子ではあるものの、冥王ザァトはユフィーリアたちが特別労働者として冥府に拘束されていることを受け入れたらしい。
これはまさに異常事態だった。冥府の特別労働者の申請を許可する側の冥王本人が、まさか特別労働者枠として連行されたユフィーリアたちを「知らない」と言うのだから驚きである。
冥王が知らないのであれば、誰が冥府の特別労働者の許可を出したのだろうか? 誰かが冥王の名を騙って申請書に署名をしたとしか思えない。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、豊満な胸の下で腕を組むユフィーリアは不機嫌そうに言う。
「おいおい、どういうことだよ。特別労働者は冥王が許可を出して成立する刑罰だろ、何で冥王が把握してねえんだよ」
「そう言われても、我も冥府の特別労働者の申請など見ておらんし……」
冥王ザァトも困惑した様子だった。自分が許可を出した覚えのない冥府の特別労働者がいるのだから、当然の反応と言えば当然だろうが。
すると、地上までユフィーリアたちの墓を壊しに行っていた第一補佐官のキクガが冥王ザァトのいる裁判場まで戻ってきた。
神父服に付着した土埃を落とし、彼は髑髏の仮面を頭に乗せながら「ただいま戻りました」などと言う。裁判場を飛び出してから10分程度しか経過しておらず、彼の「すぐ戻る」という発言はその通りになった。
事情を1番知っている人物が戻ってきたことで、冥王ザァトは安堵したように見えた。早速とばかりに冥府の特別労働者として徴用されたユフィーリアたちについて問いかける。
「キクガよ、戻ってきて早々に悪いのだが」
「何でしょう」
「冥府の特別労働者の申請書を見たことはあるか? 我は覚えが全くないのだが、この者どもが冥府の特別労働者として徴用されたようでな」
「は?」
冥王ザァトに問われ、キクガは驚愕でその黒曜石の双眸を見開く。
「何を言いますか。貴方様が署名をなさったではありませんか、私はしっかり貴方様が署名された申請書を受け取りましたよ」
「んん?」
話が混乱してきた。
冥王ザァトは署名をした覚えがないと言うが、第一補佐官のキクガは冥王ザァトが署名した特別労働者の申請書をきちんと受け取ったと言う。
どちらも嘘を吐いている様子はなく、主張は正しいものだと言えよう。果たしてどちらの言い分が正しいのだろうか。
清涼感のある匂いの煙を吐き出したユフィーリアは、
「補佐官殿よ、申請書は誰から受け取った?」
「数日前に、ヴァラール魔法学院の学院長殿からだが」
キクガは平然と、申請者を告げる。
「そういえば、あの時もおかしなものだったな。申請書ではなく封筒を渡され、中身はザァト様へ渡すまで絶対に見ないでくれと言われたが」
「……あー、はい」
ユフィーリアは納得した。納得できてしまった己が恨めしい。
あの学院長が絡んでいる時点で、もう嫌な予感しかしない。一緒に話を聞いていたエドワード、ハルア、アイゼルネの3人も「学院長」と聞いただけで揃って顔を顰めていた。
絶対に学院長は何か魔法を使ったことだろう。罠魔法か、それとも幻惑魔法だろうか。どちらに魔法をかけたのか、試してみることにしよう。
混乱した様子のキクガと冥王ザァトへ向けて、ユフィーリアは言う。
「特別労働者の申請書を持ってるのはどっちだ?」
「私だ」
キクガがわざわざ挙手して主張すると、
「特別労働者の期間が終了するまで保管する決まりとなっている。期間が終了するまで特別労働者は触れない仕組みになっているが?」
「それを見せてくれ」
「見せるだけなら」
キクガは頷くと、足元の影から薄い冊子を引っ張り出す。
真っ黒な革の表紙には『特別労働者 申請書保管』と書かれていた。これに綴じて保管するのだろう。
キクガが表紙を開くと、そこには冥府の特別労働者申請書という題名の書類が挟まっていた。黄ばんだ羊皮紙には堅苦しい文言が並び、対象者としてユフィーリアたち4人の名前が書かれている。
重要な署名欄には冥王ザァトの記載があり、ちゃんとザァトによる手書きの署名だ。書類も本物に見える。
書類の状態を確認してから、ユフィーリアは「じゃあこれを冥王様に渡してくれ」と言う。
「何故?」
「いいから、いいから。あの爽やかクソ野郎が絡んでるってなると、絶対に嫌な予感がするから」
「?」
キクガは疑問に思いながらも、それ以上は何も言わなかった。ユフィーリアの指示に従って、冥王ザァトに特別労働者の申請書を手渡す。
書類の綴じられた冊子を受け取った冥王ザァトは不思議そうに首を傾げるが、疑問を口にする前にユフィーリアは指示を追加する。
指示というより確認だ。あの学院長のことだから、確実に申請を通す為の小細工をしたことだろう。
「冥王様、書類に何か変化はあったか?」
「何を言っている。この冊子に綴じられているのは特別労働者の申請書で、我も目の前で見ていたぞ」
ぶつくさと文句を言いながらも冊子の表紙を開いた冥王ザァトだが、
「これだ」
冊子に綴じられた申請書を見て、冥王ザァトは瞳を見開く。
「我が署名をしたのはこの書類だ」
「ちょっと見せてくれ」
冥王ザァトが執務机越しに見せてくれた書類は、先程見た特別労働者の申請書から題名が変わっていた。
黄ばんだ羊皮紙はそのままに、書類が堅苦しい文章から若干砕けた文章に変わっている。そもそも題名が申請書ではなくなっている。
書類の題名は『派遣労働者を雇いませんか?』という広告だった。『高い能力を持った労働者が揃っています』と強調された文言が踊り、署名欄にはしっかりと冥王ザァトの名前が記されている。
じっと書類を読み込むユフィーリアは、
「これまさか、アタシらのことを言ってんじゃねえだろうな?」
どんな能力を持った労働者がいるか、という欄に『たくさんの魔法を操る魔女』『怪力な大男』『積極的な少年』『給仕が得意な元娼婦』とある。
内容は抽象的なものだが、明らかにユフィーリアたちを示していると言えよう。誰だ、この手作り感満載の広告を作った相手は。
ユフィーリアは書類を手に取ってよく見ようとしたのだが、
「あばばばばばばばばばばばばばぁッ!?」
書類に指先が触れた瞬間、ユフィーリアの全身が雷に打たれた。
自慢の銀髪はチリチリに焦げ、ぷすぷすと黒い煙が上がる。あまりの衝撃に、咥えていた雪の結晶が刻まれた煙管を取り落としてしまった。
何が起きたのか分からず目を白黒させるユフィーリアは、キクガに問いかける。
「補佐官殿よ、こんなことってある?」
「特別労働者に徴用された者が申請書に触れようとした瞬間、雷に打たれるなどの被害を受けると聞いたことはあるが」
「つまり、このチラシは偽物って訳か」
「触れない広告など私は聞いたことないがね」
派遣労働者の広告が偽物であることを目の当たりにして、冥王ザァトは「そんな……」と愕然と呟いた。その手から冊子が滑り落ちて床に叩きつけられると、派遣労働者の広告が特別労働者の申請書に変化する。
冥府の特別労働者として連行されたユフィーリアがチラシに触れようとしたところ、全身を雷に打たれてしまった。話を聞く限り、広告の方が魔法で見せられた偽物なのだろう。
ガックリと項垂れる冥王ザァトは、
「近頃、キクガの負担が増えたように思えてな。派遣労働者を雇えば少しは負担が減るかと考えたのだが……」
「お言葉ですが、ザァト様」
キクガは項垂れる冥王ザァトへ向き直り、
「有給も必要になれば取得でき、昇給も賞与も退職金も完備され、残業代もきちんと支払われるこの職場に不満などありません。現在の仕事量も負担が増えたとは思えません、むしろ増やしてもらっても構いませんが」
「其方、冥府に来る前は何をしていたのだ……」
「24時間働く戦士ですが」
戦士もそこまで働けねえよ、というユフィーリアのツッコミはあえてしなかった。彼もまた異世界からやってきた人間なので、24時間働くことが異世界の人間にとって常識なのだろう。
冥王ザァトは立派な執務椅子から降りると、小さな身体に合っていない仰々しい外套の裾を引き摺りながら移動し、床に落ちた冊子を拾い上げる。
それから冊子に綴じられていた特別労働者の申請書だけを取り出すと、黄ばんだ羊皮紙をビリビリに破いてしまった。さすが許可を出す本人と言えよう。ユフィーリアが触れた時は雷に打たれたのに、冥王ザァトが触れた時は何も起きなかった。
呆気なく申請書を破り捨てた冥王ザァトは、
「あの小僧め……この冥王たる我を愚弄するとは許せん……」
細々と恨み言を吐く冥王ザァトは、腹心である第一補佐官のキクガを見上げて命令した。
「キクガよ、この冥王ザァトが許可を出す。ヴァラール魔法学院が学院長、グローリア・イーストエンドを特別労働者として連行してくるがいい。奴には『もう嫌だ』と泣いて許しを乞うほど辛い労働を課してくれる!!」
「承知いたしました」
キクガが命令を受諾したことを確認すると、冥王ザァトは次いで赤い瞳をユフィーリアたちに向けた。
「ユフィーリア・エイクトベル、並びに他の者もすまなかったな。我の勘違いで、其方らを冥府の特別労働者などという不名誉な刑罰を与えてしまうとは……冥王として何とも情けないことだ。先代に顔向けも出来ん」
「まあまあ、気にすんなって」
陳謝する冥王ザァトに対して、ユフィーリアは軽いノリで応じる。
確かに最初は「面倒なことになった」と頭を抱えたものだが、冥府で死者の魂を追いかけ回す仕事は意外と楽しかったのだ。ヴァラール魔法学院で用務員として扱き使われるよりも、何倍も楽しめた。
これで給料が貰えるのであれば時間が許す限りで追いかけ回してやるのだが、やはり地上に置いてきた可愛い新人が気がかりだ。早く戻らないといじけそうである。
「俺ちゃんたちも楽しかったよぉ」
「死者の魂をボッコボコにすんの楽しかった!!」
「調教が捗ったワ♪」
エドワード、ハルア、アイゼルネも気にした様子はなく、口々に「特別労働者の仕事は楽しかった」と告げる。
冥王ザァトは「そうか」と小さく微笑むが、何故か真剣な目つきでユフィーリアたちを睨みつけてくる。
特別労働者の仕事に対する感想は「楽しかった」ではまずかっただろうか。いやでも、本当に楽しかったのだからそれ以外の感想を求められても困るのだが。
「特別労働者から解放するついでに頼みがある」
「何だよ」
「学院長の小僧の捕獲に協力してやってほしい。奴もなかなかの魔法の使い手と言われているだろう、キクガも十分に強いとは思うのだが其方らの協力があれば心強い」
「何だ、そんなことか」
拍子抜けしたユフィーリアは「いいぞ」と二つ返事で了承する。
今回はしてやられたと悔しく思っていたところだが、仕返しが出来るなら喜んで協力しよう。特別労働者として連行されると聞いただけでも腹筋が割れそうだ。ざまあみろ。
冥王ザァトはユフィーリアの回答を受けて満足そうに頷くと、黒い革の冊子に執務机の上に散らばっていた羊皮紙を挟む。それに真っ白なペンを走らせてから、第一補佐官のキクガに冊子を手渡す。
「我が転移魔法で地上に送ろう。皆の者、頼んだぞ」
冥王ザァトは小さな手をポンと叩いて、転移魔法を発動させる。
視界が切り替わり、ユフィーリアたちは一瞬で冥府から現世へ放り出されるのだった。




