2章 2. 王子との出会い
ギルバート殿下は忙しい。
朝6時。私はいつも同じ時間に殿下の寝室の扉を叩く。
「失礼します。ギルバート殿下。ご起床の時間でございます。」
「ふぁ…。分かった。入れ。」
そんな会話から1日が始まる。
寝起きが悪い殿下は起こしに来てから30分ほど布団の中にうずくまり、やっとベットから出てきたら、驚く程の速さで支度を済ませ、朝食を摂る。もう少し早く起きたら時間に余裕が出るのに、とこっそり面白く思っている。
それからは勉学や剣術といった授業や、第1王子としての公務。さらには、産後の肥立ちが悪く殿下が生まれてすぐに亡くなったという今なき王妃殿下がするはずの公務を代行したり、齢45である国王陛下の補助に回ったりもする。時には外交のため隣国へ足を運んだり、茶会に出たり、贈り物を出したり受け取ったりと、毎日大忙しなのだ。
かという自分は殿下の専属の侍従であり影武者。
おのずと一緒にいる時間は長い。朝起こしてから支度から食事はもちろん色んな所まで付き添い、殿下の世話をする。
専門用語で話されるような難しい会議に出ても、内容をちゃんと理解し答弁している殿下を感心する一方で、私は暇を持て余しあくびを必死に抑えているのだ。
殿下は本当によく出来た王子である。
歳も私と1つしか違わないのに、自国の経済や政治の問題から隣国との外交まで口を出せる子供がどこに居ようか。だが、まだ大層な権限はないらしく、思う通りに進まなかったものは顔を曇らせていることも多い。
いや、私は内容の理解すら出来ないんだから、十分すぎるし、誇ってもいいと思うよ?。
また、殿下は余裕が出来た時には騎士団の元を訪ねる。
いくつも歳が離れ、体格も大きい騎士たちと模擬戦をしたり稽古をつけてもらったりする。
剣だけでここまでやれるとは中々に強い。
だが、実戦には魔法もあるし、ナイフだけで戦ったとしても私の敵ではない。
剣が出来ない私はナイフを使いたいなと思いながら殿下の剣を振るう様子を見ている。
どうやったら、間合いが広い剣を相手にナイフで好戦が出来るのかブツブツ考えながら呟いていたら、騎士たちが心配してきたのはいうまでもない。
時々、騎士たちや殿下に絡んで遊んだりもする。その時の殿下は心から楽しんでいた。
私が動物たちや師匠と遊ぶ時に感じるそれと同じだ。
そんな殿下を見て心の隅で、やっぱり私は人間なんだな、と思った。どれだけ人間の事を知らなくても1人の人間であることをはっきりと自覚したのだった。
殿下は私が思っていたよりも、ずっと賢く強くそして凛々しかった。剣も強いが、それとは違う強さが殿下にはあった。
王室の事情は噂程度にしか聞かないが、環境が良い物とは考えられない。未来の国王になるために、その強さは必要だったのかもしれない。
私と似てる。
ただ純粋にそう思った。
理想があって、そう在らなければならない立場。
だけど、私は幸せだった。強くなることが楽しかった。師匠と修行するのを楽しんでいた。そして今も修行中であり、行き詰まって悩んでいる。その理想に辿り着けるかすら危ういのだ。不安だ。分からない。
殿下は?。
殿下も修行中の身のはず。それを楽しんでいるのだろうか。幸せなのだろうか。悩みはあるのだろうか。
どうなんだろう。
ギルバートという人物により一層興味が湧いた。
そんな殿下は何をするにも危険を伴う。
王室のいざこざがあるせいなのだろう。
贈り物に嫌がらせや毒が盛られるのもしょっちゅうで、毒見係は欠かせない。その上、刺客なども送られてきて護衛の騎士は四六時中付き添っている。
城から降りることすら命の危険があるなんて。そんな現状を知った時は末恐ろしく感じた。殺そうだなんて物騒な考えがポンポン出てくる人間に酷く驚いた。そして、やはりそんなものなのかと肩を下げた。
私が侍従についてからは、毒見の前に私が魔法で確認し、毒がある時は毒見係を自ら代わって死人が出る前に退けさせた。
私の得意な魔法は水系統の魔法だ。
清らかな水に害をなすものを見つける、毒物検知はお安いもの。光系統の回復術が使えないので、毒を摂ってしまってからでは解毒が出来ない。手遅れになる可能性が高いのだ。だから事前に対処する他ない。
刺客に関しても殿下に被害が及ぶ前に片付ける。これが案外楽しいのだ。今日は一体どこから来るのかとワクワクしている。あのピリピリした緊張感が何だか楽しいのだ。殺しは嫌いだが、一種の訓練だと思って刺客たちを捕まえる。
もちろんこれくらいで騎士たちの手を煩わせる訳にはいかない。護衛の騎士は殿下のそばで守ってもらわないと。それに刺客ぐらい追い払わねば影武者が務まらない。
今日は珍しく公務が終わりゆったりと過ごしていた。殿下の部屋に入り2人きりなったところで、殿下は口を開いた。
「ルイ。」
「どうされましたか?。」
突然呼ばれたことに驚きながら尋ねる。
暫し沈黙が降りてから再び殿下は口火を切った。
「なぜ敬称で呼ぶ?。」
「殿下がこの国のお偉い人だからです。」
上の人間は敬称をつけて呼ばなければ酷く失礼にあたるという。何を誰でも知っているようなことを聞くんだ。質問の意図が理解出来ず、少し首を傾げる。
「私は身分的にはあなたの侍従です。」
ムスッとした表情が変わる様子はない。
「友達は平等じゃないのか。」
「…それはそうですけど。」
「なら敬称なんかいらない。俺とお前は友達だ。敬語もいらない。」
絶対だ、というように引けを見せない殿下の言葉を、そういうことだったのかと理解する。
「ではなんて呼べば…。」
「ギル。ギルでいい。」
「…ギル。」
「ああ! そう呼んでくれ!」
じっと期待され戸惑いながらも声に出した。
すると、破顔しながら興奮気味に詰め寄ってきた。その違いの大きさに心が揺らめく。
「わ、分かりました。ギル。」
「敬語もいらないって、言っただろ。」
「そっか。分かったよ。」
うん、それがいい! と言わんばかりの笑顔でギュッと体を抱き寄せた。
え!? 何が起こっているんだ!?
抱きしめられながら口をパクパクさせる。心臓の音が有り得ない大音量を出した。
ギルが体を放したことで頭を落ち着かせようとした。
急にあんなことするから…び、びっくりした、、。
「そういえば、最近刺客の数が少なくないか?。毒盛られる回数も減ったし。」
「私が追い払ってまーーえーと、追い払ってるよ?。毒も入ってた奴は捨ててるよ?。」
「なっ!? 本当か!? 大丈夫なのか?」
嘘だろうというような目で私を見つめる。
あれ、?。心配されるようなことしたっけ?。仕事しただけだよね?。刺客とか毒とかも跳ね除けるのが影武者じゃないのか?。
「本当だけど、。大丈夫だよ?」
「怪我はないんだな?。」
コクリコクリと頷くと、
はぁ〜とため息を漏らして「ちゃんと次からは報告するように」と言った。
報告しないといけなかったのか。なんだ、そういうこと。
「次からはちゃんと報告するよ。」
「いや、そういうことではないんだが…。」
ボソッと何か言ったが、「まあいい。」との許しを得たので気にしないことにした。