子供にはまだ早い 1
どうして俺だけが外に駆り出されるのかと言えば、部活内トランプ勝負に負けたからであるが、どうしてみんながあんなに強いのかはなはだ疑問であるところ。
最初にやった神経衰弱なんてほとんど運が左右する勝負のはずだ。ところが蓋を開けてみれば俺以外のみんなはどこにどの札があるのか覚えているらしく、誰かがその札に手を添えたところで「ああ、取られた」なんて口にする。
予想通り千紗都と亘希さんは「これとこれ、あとこれとこれよ」「今のはたまたまだよ」と言いながらとにかく札を奪っていく。
次に強いだろう仁菜ちゃんも、千紗都たちに及ばないものの、華麗な札取りと言っていいほどに持ち札を重ねていった。
互角と思いきや、安寿香も意外な記憶力を見せる。三人に比べれば多少覚えているくらいだ。「これや――ああ、違うやん」という程度に弱い。それでも俺が覚えきっていないところを頭に入れていたのだから俺より強い。
結果的に俺は一組しか揃えられなかった。しかもたまたま覚えていた札と、最後に安寿香がめくった札が一致していたからという情けない内容。
小学生のときに友だちや家族と勝負して一組になったことなんてない。。中学生のときも修学旅行先でやったけど、もう少し分厚かったはずだ。どうしてみんなは束になるのだろう。
「負けた人がお菓子を買ってくること」
それが千紗都の下した指示だった。もちろん反発する。
「ふざけるな。罰があるなら先に言えよ。それなら本気を出すから」
「蒼介、今でも本気だったわよね。見苦しいわよ」
「俺の本気はこんなもんじゃねえよ。今に見ていろよ」
代表して俺が札を並べる。
そして結果は二組揃えただけ。俺の最下位だ。
「さすがね蒼介。あなたが本気を出すと倍の成果を上げられるなんて」
千紗都は白い紙を俺に手渡す。
「なんだよ、これ」
「買ってきてほしいお菓子が書いてあるわ。ちゃんと買ってきなさいよ」
だから詰め込まれたビニール袋をぶら下げて学校に戻ってきたのだ。
なんか、パシリになっているのが悔しい。いっても駄菓子なんて軽いからどうとも思わないんだが、それでもこの時間の間にみんなが楽しく遊んでいると思うとやるせないのだ。
俺だって仁菜ちゃんとババ抜きしたいわ!
「ババ引いちゃいました」
って可愛く言う仁菜ちゃんと遊びたい。千紗都と席を変えて楽しくやりたい。
部室の扉を開けると四人でなにやらやっている。
「お帰り、蒼介。ちゃんと買ってきたわね?」
「楽しそうだな」
「ニーナってばババ抜き弱いのよ。これで三連敗」
千紗都に言われて小さくなる仁菜ちゃん。
俺がいないところで楽しそうにこいつは。自然と拳を握ってしまう。ということは「またババですぅ」とか仁菜ちゃんが言っていたのかもしれない。
「よし、四戦目は俺も参加しよう。千紗都、場所を変われ」
「じゃあみんな。ちょっと休憩ね。お菓子を食べましょう」
「待て待て、俺が全然遊べていないだろうが。みんなと遊ぶのを心の支えに買ってきたんだぞ」
「でも、部活動もしなくちゃ駄目じゃない」
「部活動って、お前、菓子を食べることのどこが部活動なんだよ」
「いいからよこしなさい」
千紗都は俺から袋を奪い、菓子を机の上に並べる。
「いいもん買ってきたやん。いただき」
安寿香がさっそくとばかりに手を伸ばす。
その手を千紗都が叩いた。
「アホ焼き! あんたなに勝手に食べようとしているのよ!」
「あ、アホ焼きて。ええやろ、食べるためにこうてきたんちゃうんか?」
「それはそうだけど、まだ全然お菓子の話題に触れてないじゃない」
「食べながらでええやん」
「信濃川に放り投げられたいのかしら?」
千紗都は拳を鳴らし始める。
「おい、千紗都の話を聞いてからのほうが賢明だ。その手はしまっとけ」
「面倒やな」
大人しく座った安寿香を確認し、千紗都はお菓子をきれいに並べる。
「蒼介、このお菓子に共通するものがなにかわかるかしら」
「共通点があんのか?」
店で買ってるときはなにも意識しなかった。千紗都のメモ書きに従ったまでだ。今ここで推理をするならチョコレートが多いことくらいか。甘い系のものが多い。
「アルフォートにプチシリーズだろ。つながっているんじゃなくて一口サイズとか、小分けされているとか?」
千紗都は腕を組んで得意げな顔をしている。
ここにある菓子は家でもよく食べる。こっちに引っ越してから一年が経過したが、買い物に行けばこのあたりの菓子をよく買っている。甘いものがほしいときにアルフォートなんてぴったりだ。
姉ちゃんなんて酒のつまみだったり食後のおやつにしたりしている。
「ルマンドとホワイトロリータはわたし、好きなお菓子です」
仁菜ちゃんが好きなお菓子か。あれだな、細長いあの菓子の代わりに端と端をくわえて食べていくゲームがしたいな。
「ここにはないけど、僕はルマンドだけじゃなくてルマンドアイスも好きだな。ちょっと高いけど、高級感があるからむしろ気に入ってる」
仁菜ちゃんが何度も頷いた。
「わたしもです。火ノ見先輩もルマンドが好きなんですね」
「ボロボロこぼさないように気をつけながら、ね」
「それ、わかります」
仁菜ちゃんが嬉しそうに共感していた。仁菜ちゃんが好きなお菓子を言ったところですかさず同じものを好きという亘希さん。しかも少しアレンジしている。なんて策士だ。東京出身だけあって最先端の技術を持っている。
俺も遅れまいと身を乗り出す。
「俺もロリータ好きだよ」
「蒼介、突然なにを言うとんのや? 変態になってしまったんか?」
安寿香が茶々を入れて笑った。
「話の流れでわかるだろ! どう考えてもこの菓子の話だろうが!」
「ちゃんとホワイトもつけえや」
「省略したっていいだろ。お前だってこの間『なんばグランド花月はNGKって呼ぶんやで』って教室で言ってたじゃねえか」
「なんばグランド花月は長すぎるやろ」
頭の中で一単語ずつ発しながら指を折った。
「一文字違いじゃねえか。だったらホワイトロリータをロリータって言ってもいいだろ」
「ロリータは別に単語があるわけやろ。だからやめたほうがええねん」
「だったらなんばグランド花月もグランド花月でいいだろうが!」
叫びすぎて息が切れてくる。
「せやけど、なんでホワイトロリータ言うんやろな」
「あんたたち、真面目に考えてるわけ?」
千紗都がおかんむりだった。
「そうは言うけど、そんなにいろいろ思いつかねえよ。チョコリエールとアルフォートなんてチョコレートくらいしか共通しないだろ」
千紗都は人差し指をメトロノームみたいな一定間隔で振った。
「ニーナはわかるかしら?」
「わたしですか?」
仁菜ちゃんは「えっと」と言って菓子を眺める。やがてなにかに気づいたように目を開いた。
「食べないので手に取っていいですか?」
「それならいいわよ」
仁菜ちゃんは二つのお菓子のパッケージ裏を見る。原材料でも読んでいるのだろうか。
「あ、ブルボンって柏崎の会社だったんですね」
「正解よニーナ」
柏崎というと、地図でいえばここより左側にある町のことだろうか。
「え、なに? ってことはここにある菓子はみんな新潟の会社の商品ってことか?」
「その通りよ!」
千紗都は自分が販売しているかのようにふんぞり返る。
そりゃそうか。千紗都が部活動とまでいえば新潟以外ありえん。
「どうよみんな。こんなにシャレたお菓子を作っている会社が――」
言いかける千紗都。続きを発しないのか、と思っていると感心したように仁菜ちゃんが言った。
「こんなにおしゃれなお菓子を作っている会社が新潟にもあったんですね。凄いです」
と言う仁菜ちゃん。
なるほど、墓穴を掘ったわけか。確かに新潟で洒落っ気のあるものってあんまり思いつかないしな。
千紗都は頬を染める。
「あたしは初めて柏崎駅に降り立った時の感動を今でも忘れないわ。ブルボンと書かれたあの格好いいビルが柏崎にあるのよ。凄いと思わない?」
「そう言われても、柏崎に行ったことがねえよ」
俺はなにもしていないのだが、とてつもない衝撃を食らったように千紗都はのけぞった。
「柏崎に行ったことがない……?」
あ、これはまずいやつだ。
「とにかく早く食べようぜ。俺はロリータを早く食べたいんだよ」
「無理やりその省略の仕方を定着させる気ぃやな」
「黙ってろ」
勝手に食べ始めると千紗都は一人涙を流している。
「我らが悲劇を生んだ元凶、岩村高俊を非難したドナルド・キーンの研究センターを支援するブルボンはやはり偉大な大会社よ……」
俺たちは各々好きな菓子に手を伸ばす。
やはりこの甘さにさくっとした触感が絶妙な配分になっている。次々に口に放り込んでいて俺はこれらのお菓子が小分けされていることを思い出す。
「なあ、千紗都」
「なによ、人が思い出に浸っているときに」
「せっかくだしさ、この菓子をチップにトランプの勝負をしないか?」
「ブルボンのお菓子をチップって、あんたはなにを」
「罰ゲームもありにしてさ」
そういうと安寿香が乗ってくる。
「ええやん。金かけるわけやないし、面白そうや」
「仕方ないわね、いいわ。遊び足りなさもあるから、やってもいいわよ」
最下位が罰ゲームありき、ということで大貧民を選択した。
トランプを手に持ち、四人の顔色をうかがう。
俺の手札は「1」が三枚。「2」がないとはいえ絵札も多い。これは勝てる要素が高い。いざ、勝負。
――なぜか俺はまた最下位になった。おかしい、なんでやつらはあんなに勝負強いんだ。全員攻めすぎだろ。
最終的に勝利を収めたのは仁菜ちゃんと安寿香。
「なにがええやろか」
安寿香は下卑た笑い声を漏らす。
人を不安にさせるようなことをするなよ。
「そ、蒼介!」
俺は安寿香のとんでもない命令に身構える。
「あ、明日どっか行ってなんかおごってえな」
思ったよりか安全だった。
「ああ、それくらいなら」
「決まりやで」
安寿香はその場で飛び跳ねる。よほどおごりが嬉しいらしい。
「仁菜ちゃんもいい?」
「はい、大丈夫です」
ぴたりと安寿香は小躍りを止める。
「ニーナも一緒なん?」
「そりゃそうだろ。勝者は二人なんだから」
「そ、そうやな」
安寿香は見てわかるほどに落ち込んでいる。なんか、仁菜ちゃんを連れていけないようないかがわしい店にでも行こうとしたんじゃないだろうな。
俺らは高校生――と大人の店を想像していたら明日の予定を思い出す。
「すまん。明日は用事があったわ」
「そうなん? どっか行くん?」
「明日は映画を観る予定なんだ」
「……一人か?」
「いや、二人」
安寿香は俺の襟をつかみかかる。
「誰とや! 女か!」
「女っていえば女だけど」
安寿香の手に込められた力が一層増した。
「不純や、蒼介が不純になってしもうた!」
「それは自分の首もしめているんじゃ」
仁菜ちゃんが小さな声で言った。
なんのことかわからなかったが、この危機から逃れることが先決だ。
「女っていっても姉ちゃんだからっ」
安寿香の手が襟から離れる。
「姉ちゃん?」
「そうだよ、姉ちゃん。一緒に映画を観に行く約束をしているんだよ。悪いけどまた今度にしてくれ」
「姉ちゃんって……蒼介、ヤバいやん」
「なにが?」
「映画デートなんて蒼介の姉ちゃんがどんなことになるんや……」
「デートってお前。姉と弟が映画に行くだけだぞ」
安寿香は椅子の座面に背中を預けて脱力した。
「仁菜ちゃんも今度でいいかな?」
「はい、大丈夫、です」
「ごめんね」
危なかった。姉ちゃんとの約束を反故にするのは恐ろしすぎる。姉ちゃんは俺に厳しいから、決まりごとなんかも守らせる。
「神様……蒼介の無事を」
安寿香はそう言って力尽きた。
毎日ブルボンのお菓子が食べたい……。




