大変身! 5
んなことはなかった。
「きゃー! 火ノ見くん、ミカくんコス最高に似合ってる! さすがイケメン!」
着替えが終わったところで亘希さんの格好を見たナギちゃんはいたく興奮していた。たぶん亘希さんに最初からこの格好をしてもらうために、俺たち全員を誘ったのだろう。
ミカエルらしく、天使っぽい雰囲気だ。ゲームを知らないが、たぶんかなり本物に寄せている。元々の性格もあって亘希さんには天使の服装はかなり似合う。羽ですら受け入れられてしまう。
天使の輪っかはないが、王様――王子様っぽい金色の装飾がほどこされている。ズボンまで真っ白だ。
興奮気味のナギちゃんは更衣室で何枚も写真を撮っていた。
男性用更衣室で男子高校生の写真を撮りまくる教師。ナギちゃんが教師として危なくなったら、俺が止めてあげないと。
着替えさせられた俺たちが戻ってくると、千紗都たちも目を見開く。
「あ……」
目の合った千紗都が声を漏らす。
「おい、絶対に笑うなよ」
「あははは!」
笑い声を上げたのは安寿香だった。
「笑うなって言ったばかりだろ!」
「そう言われてもなあ。ちいもわかるやろ?」
俺は千紗都に笑われるのを覚悟で体に力が入ったが、千紗都は真顔だった。
「ビシャ様……」
「はい?」
「あ、いや、な、なんでもないわよ!」
俺の格好って毘沙門天だったのか。
なんかよくわからんが、槍まで持たされるわ、甲冑着させられるわ、左手にはなんかミニチュアの塔を持たされるわ。甲冑は重くはないけど動きにくい。
「想像より似合ってるなんて思ってないわ!」
ゲームの中にしかいなかったビシャ様が目の前に現れてご満悦のようだ。中身が俺なわけだが。
似合ってるなら、ありがとうよ。
「まるで俺が毘沙門天の格好をするってわかっていたかのような物言いだな」
「さっきナギちゃんから教えてもろうたからな」
だったら亘希さんに来てもらった方が喜んだろうに。
鼻腔をくすぐる匂いにつられて振り向くと、すでに会場内はパスタやピザが机に並んでいる。
「もう始まってるのか」
「あっちで写真撮影もあるみたいだけど、撮る?」
千紗都が指を差した方向では、おそらくGPNで使われているであろう背景っぽいものを後ろに撮影をしている。
「いや、とりあえず腹が減ったからなにか食いたい」
「料理も美味しそうだしね」
千紗都は俺に対してよそよそしい。いつもなら、なにか食べるわよとか言ってくるのに。新潟のレストランの料理が美味かったら、「さすがは大都市新潟。こんな美味しいものがあるなんて素晴らしい」とか言い放つのに。
俺が毘沙門天のコスプレをしているからか?
俺たちが皿を取ろうとすると、またなにかのコスプレをしている女性たちが近寄った。
「ビシャ様の格好じゃない」
俺と後ろについてきたナギちゃんに話しかけるように目をやってくる。
どこかで見た覚えがなくもない人だった。
「そうだよ、似合うでしょ」
ナギちゃんが答える。
「似合う、すっごく似合う。よかったらあとで一緒に写真を撮らない?」
「えっと」
困った。あれ、それとも俺って結構モテる系男子ですか?
ナギちゃんが小さく笑った。
「撮るのは構わないけど、変に手を出したら駄目だよ。私の教え子だからね」
「教師っぽいこと言って。なに、凪子のお気に入り?」
「この子、見覚えない?」
ナギちゃんに訊かれたお姉さんは俺の顔をじろじろ見つめる。
「確かにどこかで見た覚えがなくはないけど」
「乃南の弟だよ」
「え?」
「手を出したら日本海のもくずになるね」
血の気が引く人間をこんなに間近で見たのは初めてだった。
お姉さんは苦笑いしながら「またあとでね……」と言った。「乃南には今の絶対に内緒ね」と付け加えて。
「ナギちゃん」
「ん?」
「姉ちゃんってみんなからどう思われてんの?」
「お仕事できて格好よくて、弟想いの優しいお姉さんかな」
「今の人、絶対にそう思ってないよな?」
さっきのお姉さんをどこで見たのか思い出した。たぶん、中学生のときに行った大学の学園祭だ。姉ちゃんの紹介で一緒に出店の手伝いをした一人だ。
同時にナギちゃんのお気楽さも思い出す。
「ナギちゃんは変わらないな」
「どうしたの急に」
「いつまでも若いなって」
「もう、褒めてもなにも出ないよう」
と言いながら、俺の分の料理を皿によそってくれる。あ、ピザはピーマンのないやつで。あと、そのままのチーズは勘弁。
テーブルの一角で俺たちNDDは料理をつまみながら、他の人たちを眺めていた。
安寿香なら誰とでも打ち解けそうだが、話の内容についていけそうにない。
GPNのことはなんにもわからないからな。
「しかし、こうやってみるとみんな楽しそうというか、コスプレして楽しみたい人って結構いるのな」
「そりゃ、いるわよ」
千紗都は口元をほころばせる。
「こういった小さなことの積み重ねが、やがて大きなことに結びつくのよ」
千紗都が自称、新潟特別大使モードになっている。
「東京ほど大きなイベントはないし、数も少ないけど、ここで心から楽しめる人たちはいるのよ。この場所だからこそ楽しいって気持ちは、人を根付かせるのに大切なことだとあたしは思う」
千紗都はピザを頬張った。
曲がったことが嫌いな千紗都らしい解答に、やはり彼女は新潟バカでないと落ち着かない俺がいた。
「あ、阿久津先輩じゃないですか」
目の前にいたのは、なんらかの神様のコスプレをした女の子だった。
「誰?」
「ひどい、この間挨拶したばかりじゃないですか」
この間と言われても……挨拶だけか?
「もしかして、井上さん?」
「はい、井上優愛でーす」
両手を小さく振った彼女は仁菜ちゃんの隣に立つ。ちょうど仁菜ちゃんはパスタをすすっているところだった。
「太刀川さんの格好って主人公のやつだよね」
「そ、そうみたい」
急いでパスタを飲み込んだ仁菜ちゃんは小さくむせた。
「ねえ、あっちで一緒に写真撮ろうよ」
「あの、井上さんはなんでここに?」
「なんでって、ここうちの店だし」
「え?」
「そんなのいいから、早く行こうよ」
仁菜ちゃんは井上さんに連行されていく。コスプレする人は積極的な人が多いのだろうか。
「こんにちは」
次から次へ、なぜ俺が話しかけれられるのか。俺に話しかけたのは、かなりゴツゴツした体格のおじさんだった。話しかけてくるのはいいけど、お姉さんとかの方がよかったと思ってしまう。
「私はゼウスだよ。君は毘沙門天かな?」
「そうです」
料理に邪魔で槍は立てかけ、塔はテーブルに置いているのによくわかるものだ。男性だけどGPNに詳しいのだろうか。
「妻と娘が好きなんだ。――このレストランの経営者、井上と申します」
「え、ああ、こんにちは」
この人が井上さんのお父さんか。きっと交流会のために店を空けてくれたのだろうから、性格はいいと思う。
「今日は来てくれてありがとう。高校生は少ないから、優愛も喜んでいるよ」
「いえ、俺なんてなにも知らないままに来ただけなので」
「それでもありがとう。凪子ちゃんから聞いたんだけど、乃南ちゃんの弟さんなんだって?」
姉ちゃんは有名人なのだろうか。俺は「はい」と頷いた。
「乃南ちゃん、コスプレはしないけど、店の準備を手伝ってくれるんだ。今日は仕事で参加できないって残念だったけど、弟さんが参加してくれて嬉しいよ」
姉ちゃんは思っていたより活動的だったようだ。普段は無口で孤独が好きそうなのに、俺の知らないところでいろんな交流をしている。性格も合わせればナギちゃんと同い年とは思えない。
「若い人たちに楽しんでもらえて嬉しいよ。ここで店をやってよかったといつも思う」
「ずっとここに住んでるんですか?」
「高校を卒業してからは東京だけど、店を構えるにあたって新潟に戻ったんだ」
ついおじさんの顔をまじまじと見てしまった。
「趣味丸出しのレストランだけどね」
壁一面の少年漫画を向いた。
「東京に店を構えようとは思わなかったんですか?」
おじさんが少年漫画好きなんて、もはやどうでもいいことだった。
「それは考えたけど、高校生のときから家族や友人たちに食べてもらいたい気持ちがあったからね。それを思い出したら迷うことはなかったな」
交流会に参加して一番印象に残ったのは、このおじさんのセリフだった。なんだかモヤモヤした気持ちになった。あの東京に行っておきながら、どうして新潟に戻ろうという発想になるのかが不可思議でたまらない。
俺だって友人や家族がいるけど、戻ろうと思えばいつだって戻れる。定住が新潟である必要はない。そのための新幹線や高速道路、飛行機じゃないか。そんなにも惹かれるものがここにあると言うのだろうか。
微妙な心境のまま交流会は終わった。千紗都がちょくちょく気にしていたが、彼女も彼女なりに思うことがあったはずだ。おじさんみたいな考えの人を千紗都も気に入るはずだった。傍で聞いていた亘希さんも共感しただろう。
心が曇ったようだったが、このあと恥ずかしいながらにみんなと写真を撮ったり、知らない人と喋ったりした。美味しいものに舌つづみを打ちながら、俺は自分が楽しんでいることに気づいた。
楽しいことはどこにでもあっても、この楽しさはここにしかないのかもしれない。それが千紗都の言うことによるものなら、この地に根付く人がいるのも少しはわかってしまう。
心が動かされてばかりだが、楽しいと思うこの気持ちだけは揺るがないものだった。
楽しい週末に忘れていた宿題へ取り組まなければならない苦痛と様々な心境を胸にようやく月曜日の授業をすべて受け切った。
気怠さを残したまま安寿香と部室へ行くと、千紗都と亘希さんが揃っていた。
千紗都は腕を組んで踏ん反り返っている。
「ご機嫌な斜めだな」
「今日、ニーナが不参加だって」
「風邪でも引いたのか?」
「井上さんと遊ぶんだって」
「……へえ」
今頃、万代にでも行って楽しんでいるのだろう。
「よかったじゃん。先輩として一安心だな」
「そうなんだけどね。NDDの活動に参加しないのはどうかと思うけど、新潟を楽しんでくれると思うと……複雑ね」
「んな固いことばかり。いいじゃねえか、大した活動しないだろ」
「ちょっと、蒼介! そこに直りなさい」
千紗都の言うことを無視して、席に着くと、この間ナギちゃんが座っていた予備のパイプ椅子が目についた。
偶然だろうけど、ナギちゃんのおかげで仁菜ちゃんに友だちができた。手柄にされるのは癪だけど、今日だけは後輩に代わってお礼を言おう。
「ところでさ、ふと思ったんだけど」
千紗都は俺の前に仁王立ちをしている。
「なによ」
「千紗都ってさ、上杉謙信がイケメンになって登場するゲーム、やってるだろ?」
顔を赤くして横を向いた千紗都。
「ちょ、ちょっとだけよ」
俺は口を大きく開けて笑った。




