いらっしゃいませ、縁結びの神様
「準備は良いですか、志乃さん。志乃さんが負けたら今日のトイレ掃除だからね」
「分かった。じゃあ、そっちが負けたら出勤した日は必ず店長にアイアンクローかけてからのローキックね?」
当たり前のように出された罰ゲームの内容に一瞬普通に頷きそうになってしまった俺は言葉を頭の中で反芻させて首を傾げた。
アイアンクローからのローキック?……アイアンクローからのローキックぅぅぅぅ!?
「……あれ?俺の方がリスク高くね?しかも毎日とか」
「よーい、ドン!」
「うえぇぇ、マジか!マジか!負けられない戦いが此処にある!」
あまりにも暇すぎて二人はどちらが早く商品の並び替えを終えるか競争をしていた。
……のが一時間ほど前だろうか。
コテンパンに敗北を喫した俺は渾身の土下座をかまして期間限定スイーツを三日間献上するに変更していただいた。
薄給でいつでもうっすい俺の財布から約4千円程飛んで行ってしまう事が確定した。
志乃さん、マジで容赦ない。
なんでも、最近雑誌で見て気になっていたとおっしゃる。
一個1400円って何?え、黄金でも入っての?そもそもソレってスイーツ?菓子?菓子なの?山吹色のお菓子なの?
そんなこんなで時刻は1時。そんな悲しみに満ちている俺をキラッキラした目で見ているレジ前のツインテール幼女。
俺、幼女の呪にかかってんのかな?
先週はアンタ明日休みでしょ、と突如現れた叔母に面倒見ててとあずけられた従妹(双子)のW幼女に突撃されて腹に重傷を負ったのだ。
ノンストップの弾丸は親譲りですか。そうですか。
何か幼女遭遇率が高すぎて困惑している俺を傍目に幼女めっちゃ笑ってる。にっこにこである。
店内の省エネ使用の電気の明るさとは比較にならない百万ボルトの笑顔だ。
夜中にこの笑顔と対面するはツラいッスわぁ……。
「俺、今日なんか悪いことしたかなぁ」
「キャハッ!」
「うわー」
志乃さんが見て見ぬふりをしつつもボソッと「面倒くさいの来た」と呟く。
真っ直ぐ前を向いて一瞥もしない。いつも通り関わる気ゼロである。
安定の志乃さん。……お願いだから助けて下さい。
俺を、俺を……俺を1人にしないで!
志乃さんの独り言が聞こえたのか、唇を尖らせながら長いまつげに縁どられた大きな目で訴えてくるツインテール幼女。将来的には美少女になるだろうなって分かる幼女だ。
その背中に背負っているのがクマのリュックでも、履いている靴が歩く度にぷきゅぷきゅ音が鳴っても、レジカウンターによじ登ろうとしていても美少女だ。見た目の年齢が5歳児の。
「ねーねー!志乃も明に言ってよー!」
「明さん、デートしてあげたら?ロリコンなんでしょ?」
「断じて違う。その誤解は早々に解いてください!」
「?」
「って、なんでそんな不思議そうな顔してんの!?いつそんな誤解が生まれた?」
「ちぃーがぁーうーのぉー!」
志乃さんの嫌がらせと言う名の誤解に突っ込んでいると、小さな体で登り切ったカウンターに仁王立ちしたツインテール幼女がつま先立ちをして俺の頭をバシバシ叩きだした。
止めてくれ、志乃さんの俺を見る目が変質者を見る様な蔑んだ眼差しに変わっているから!繋がりもしない携帯で警察に連絡しようとしてるから!
ふんすふんすと鼻息荒く興奮している幼女の手から逃れる為にスッと体を後ろに退くと目の前に小さな手が振り下ろされた。
ちょっとドヤ顔でニヤッてしてしまった。
スカッと目の前で空をきった小さな手の主は、ほっぺたをぷくぅ~と言う擬音が聞こえそうなくらいに膨らませる。
「約束した!」
「え、俺?いつ?」
「学校卒業する前までにカノジョ作るって言った!」
「言ってませんけど!?」
「わたしとカノジョ探しするって言った!」
「全く身に覚え有りませんけど!?」
「したもん!したもん!」
「えー……」
ついに地団駄踏み始めた。ぷきゅぷきゅ鳴る靴の音を聞きながら俺は助けを求めて志乃さんを見る。
スッと目を逸らして、ガン無視である。俺、泣いちゃうよ?ドン引きされるくらい泣いちゃうよ?
そんでついでに言えば、嫌味になるだろうがそんなに彼女を作るって事に困ったことがない。
まぁ、付き合ったは良いが何故かフラれるってパターンだがな!ちなみに今、俺、フリー。
「明って誰に対しても同じだよね」と2週間でフラれた。ちなみにちなみに昨日の出来事である。
……ハハッ!ウケるぅ!
そんな事を考えながらボーっとしていると突然、頭にボスンッと何かが当たった。
幼女、物理的距離の差をクマのリュックで解決する。
思わず、「えー……」っと声が出てしまった。
「聞いて」
「あ、ハイ」
「わたし、あと1人の縁を結べば1人前になれう……なれるの!」
「大事なトコで噛んだよ……。えっと、つまり、その為に俺に縁結びされろと……お断りします!」
「昨日彼女と別れたって噂されてたから良いんじゃない?」
「志乃さん!?」
「女子の情報収集能力ってすごいよね」
「その能力コワイ。どうやって開花するの?俺もその能力欲しい。志乃流道場に入れば会得できますか?こんにちはこの度入会しました明です師匠」
「貴方のような弟子はいらないので破門します。二度とウチの敷居内に入って来ないでください」
「俺の柔らかなハートが傷ついた」
「キモイ」
「無視するなぁぁぁぁぁっ!」
俺と志乃さんのやりとりにブチ切れた幼女がレジ台から飛び降りてボフンッと煙を上げると、くりくりっとした目はそのままに成長した。中学生くらいに。
幼女はツインテール中学生に進化した。
なんか効果音が聞こえてきそうだ。
クルッと振り返ってリュックを床に叩き付けた少女は明らかにイラついた様子でコッチを見上げてくる。
やだ、最近の子、すごいキレやすい!
「小さい子供の言う事は正義なんでしょ!?」
「それ何情報!?明らかにロリコンからの情報だよね!」
「つまりは明さんって事ですね。近寄らないでください」
「何で!?」
「もーもー!無視するなって言ってんじゃんかぁぁぁぁ!」
もーもー言いながら音が鳴る靴が高速で鳴っている。地団駄まで進化しているらしい。
ぷきゅではなくぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ。なるほど、高速地団駄をするとこうなるのか。
この靴を履いている子供がこんなに素早く地団駄を踏む場面に遭遇した事がなかったから知らなかった。
俺、また一つ賢くなってしまった。全く人生の役には立たなそうだけど。
高速地団駄の音を明日の豆知識として友達に披露すべきか迷っていると、急にピタッと足が止まり音が止む。
「そっか」
「ん?」
「明と志乃をくっつければ良いんだ」
「はい?」
めっちゃいい事思いついたとキラッキラな笑顔を浮かべた縁結びの神はくふくふと笑い出し、終いにはどこぞのイカレタ神様の如く高笑いをし始めた。
何故だろう、神様ってめっちゃ高笑いすんのな。病気かな?
「決めた!決めた!」
「って、ちょっ、ちょっと待って!」
「ヤダもんね!決めたもんね!安心てよ明!志乃とガッチガッチの縁を私が結んであ・げ・る」
「びゃぁぁあ、志乃さん!ヤバイ、ヤバイですよ!強制的に縁結びされるぅ!」
さぁ、私の為に結ばれろとレジの向こう側から手を伸ばしてきた縁結びの神の手から逃れるためにヒィヒィ言いながら体をクネクネ動かして避けていると、突然、微動だにしなかった人物が動いてその手が叩き落とした。
「……どう言うつもりなの志乃」
「まずは動きがキモイ」
「え、え…………え?」
「そんで縁結びの神見習い、コレとはもう縁があるから余計な縁とか要らない」
「え?……えぇ!?」
縁結びの神が志乃さんの言葉に驚いて眉間にしわ寄せながら、俺と志乃さんの小指を凝視すると驚いたように目をかっ開いた。
「ホントだ……いつの間に?」
「え、マジ?マジで?」
「五月蠅い、黙って」
「はい、スンマセン。黙ってます」
「分かったら帰って他の探せば?」
「ぐぬぬぬぬぬ……っ!フンッだ!いいもんね!あと1人なんだもん!別に明じゃなくたっていいんだもんね!コンビニ見たら明がいたからちょうどいいやって思っただけだもんね!明ならコロッとイケそうだったから選んだだけなんだからね!バーカバーカ!何、私以外に縁結びされてんだバーカバーカ!今に見てろ!すぐに一人前になってやるんだから」
どさくさに紛れて俺を貶しながらも、見事な雑魚キャラの如きセリフを吐き、縁結びの神(見習い)がドスドスと不機嫌な歩き方で帰って行くと、時計の秒針が動き出した。
それと同時に、俺はこれまでにないドキドキを志乃さんに感じていた。
え、俺と志乃さん結ばれてんの?知らなかった。
やだ、コレがときめき?俺、恋、しちゃった?
「志乃さん………俺……」
「危うく私まで巻き込まれるところだった」
「ん?」
「だけど……チッ、はったりだったけど、やっぱり縁はあったのか」
「……」
「どう考えても悪縁やら腐れ縁みたいな感じの縁だよ。そこに更に―――うわっ!」
「……えーっと志乃さん?」
「ゾワッてした!ないないないない!マジで無い!男女の縁とかマジで無い!」
「あの、志乃さん、流石にそんなにないない言われると俺、泣いちゃう」
「は?」
「ナンデモナイデス。コワイ、オンナノコ、コワイ」
「ともかくセーフセーフ!」