異世界転移
「……う、頭が割れそうだ」
カイトは激しい頭痛とともに目を覚ました。
視界に飛び込んできたのは、見渡す限りの赤茶けた大地と、どこまでも広がる不気味なほど青い空。
遮るものの何もない、完全なる荒野のど真ん中だった。
「ここは……どこだ? 俺は確か、部屋で本を読んでいて……」
そこまで考えて、カイトは自分の状況を理解し始めた。
記憶の最後にあるのは、心臓を掴まれたような唐突な激痛。
そして気がつけば、見知らぬ土地に寝転がっている。
「なるほど、これが巷で流行りの異世界転移ってやつか」
ライトノベルをはじめあらゆるジャンルの本を網羅していたカイトにとって、このシチュエーションを理解するのは容易だった。
「テンプレ通りなら、まずはこれだな」
カイトはふっと不敵な笑みを浮かべ、お約束の言葉を口にする。
「ステータス・オープン!」
……静寂。
風が虚しく荒野を吹き抜けるだけで、目の前に半透明のウィンドウが現れる気配は微塵もない。
声のトーンを変えてみたり、心の中で念じてみたりしたが、結果は同じだった。
「……チッ。じゃあ次は初期装備の確認だ」
身につけているのは、赤と白のメッシュが入った自分の髪色によく似合う、白と赤のジャケットと黒いパンツ。腰にはいくつかのポーチがついている。
期待を込めてポーチの中身をひっくり返したが、出てきたのは空気だけだった。
手ぶら、かつ、見事なまでに無一文。
それどころか、頭の中に響くはずの「ガイド音声」もなければ、親切に世界観を説明してくれる「女神様」との面談すらなかった。
唯一、自分の脳裏に焼き付いているのは、『イリュージョン』という名の妙にピーキーな魔法の詳細情報だけ。
対象一人の視覚情報を完全に操れるらしいが、同時に複数人には使えず、同じ相手には一日一回という、制限の多い能力のようだ。
そしてそれ以外に魔法と呼べそうなものは、今の自分には使える気配がない。
「おいおい、案内人の神様よぉ。いくらなんでも不親切が過ぎやしねえか?」
カイトは誰もいない空に向かって、盛大に毒突いた。
戦闘能力は皆無。
魔法もまともに使えない。
金もなければ、水すらない荒野のど真ん中。
普通なら絶望して泣き叫ぶような状況だ。
しかし、カイトの目は死んでいなかった。
彼は腰に手を当て、髪をかき上げると、ピンチの時ほど釣り上がるその口元をニヤリと歪めた。
「――まぁ、いいさ。おもしれぇ、やってやらぁ!」
持たざる者が、口八丁手八丁と一つのトリッキーな魔法だけで、この世界をどう歩いていくか。
その挑戦権を得たのだと思えば、むしろ胸が躍る。
カイトは不敵に笑いながら、最初の一歩を踏み出した。
だが、現実は非情だった。
「……水、まじで、ねぇ……」
どれだけ本を読んで知識を蓄えていようが、人間の肉体には限界がある。
喉はカラカラ、足はガクガク。
虚勢を張る余裕すらなくなり、ただただ本能だけで歩き続けること数時間。
遠くに、ぽつりと小さな集落の影が見えた。
「街……いや、村か……? たすか、っ……」
最初の村に辿り着いた、まさにその瞬間。
カイトの限界を迎えた身体は、糸が切れた人形のように、地面へと盛大に倒れた。意識が急速に遠ざかっていく。
(クソ、ここまで来て野垂れ死にかよ……)
薄れゆく意識の視界の端に、誰かが駆け寄ってくる気配が映った。
上品な深いネイビーのシスター服。
そして、ライトブルーの美しい髪。
「あの――大丈夫ですか!?」
とても優しく心に染み渡る声が聞こえた。
カイトの意識は、その声を最後に、深い闇へと落ちていった。
突然現れた行き倒れの不審者に戸惑う村人たちだったが、俺に声をかけてくれたシスターの必死の呼びかけに協力し、俺を近くのデュミナス教の教会へと運び込んでくれた。
「……ん」
柔らかいベッドの感触と、どこか懐かしいお香のような落ち着く匂いに包まれて、俺はゆっくりと目を覚ました。
「あ、気がつかれましたか?」
枕元から聞こえた声に視線を向けると、そこには意識を失う直前に見た、ライトブルーの髪を持つシスターが立っていた。
彼女は穏やかな笑顔を浮かべ、心底ほっとしたように胸に手を当てている。
「ここは教会の病室です。無理に動こうとしないでくださいね。本当に、無事でよかったです」
「……あんたが助けてくれたのか。ありがとな」
俺が体を起こしながら礼を言うと、シスターは小さく一礼した。
「お礼なんて結構ですよ。私は旅のシスターをしております、セイラと申します。
……あの、差し支えなければ、どうして村の入り口で行き倒れていたのか、事情を伺ってもよろしいですか?」
その純粋で濁りのない瞳に見つめられ、俺は少し困ったように頭を掻いた。
さて、どう説明したものか。
記憶喪失とでも嘘をつくのが無難だろう。だが、俺の読書経験上、こういう時に下手に嘘をつくと後々ボロが出る。
それに、どうせ信じてもらえないなら、いっそ本当のことを言って反応を見るのも悪くない。
俺はフッと飄々とした笑みを浮かべ、正直に切り出してみることにした。
「驚くかもしれないし、信じられないだろうけどさ……。俺、別の世界からこの世界に転移してきたばかりなんだ。右も左もわからないままあの荒野に放り出されて、水も持ってなくてな。完全にただの遭難者だよ」
普通なら「頭でも打ったのか」と笑い飛ばされるか、哀れみの目を向けられるような荒唐無稽な話だ。
俺自身、相手が困惑するだろうと身構えていた。
しかし、セイラは「――そう、だったんですね」と、何の疑いも持たず、あっさりと深く頷いたのだ。
「大変でしたね……。神様がどうしてそんな酷いことをされたのかは分かりませんが、異世界から来られたばかりで過酷な荒野に投げ出されたのなら、行き倒れてしまうのも無理はありません」
「……え? いや、信じるの早くない?」
俺は思わず素でツッコミを入れてしまった。
何なんだこのシスター。
あまりにも純真無垢というか、他人の言うことを簡単に信じすぎだ。
はたから見ていて、あまりにも危なっかしくて心配になってくる。
「あんたさ、そんな簡単に他人の言うこと信じてたら、そのうち悪い奴にコロッと騙されるぞ?」
「ふふ、大丈夫ですよ。私、これでも人を見る目には自信があるんです」
セイラはふんわりと微笑んだ。
どこからそんな自信が湧いてくるのか、俺にはさっぱりわからない。
完全に騙されやすいチョロいタイプにしか見えないのだが、本人があそこまで堂々としていると、これ以上突っ込むのも野暮に思えてくる。
少し調子を狂わされながらも、俺は気を取り直して、この世界で生き抜くための知識を得るべく本題を切り出した。
「まぁ、信じてくれたなら助かるよ。ところでセイラさん、情報収集をしたいんだけど……この世界に『魔法』ってあるのか教えてくれないか? 俺、異世界の人間だから、存在するのかもわからなくてな」
「魔法、ですか?」
セイラは人差し指を顎に当て、丁寧に説明してくれた。
「カイトさんがどのようなものを想定しているかはわかりませんが、結論から言えば魔法はあります。例えば。」と言って、セイラは指の先の空中から水を出しコップに注ぐ
「この世界では、基本的には水を出したり火を起こしたり、生活を少し便利にするものを魔法と呼んで使っています。ただ、魔法はその程度のものでして……例えば、魔法で火を点けても、木などの燃えるものに引火させないと、熱くて維持出来ないんですよ」
なるほど、と俺はあごを擦る。
彼女は「そういうもの」として受け入れているようだが、要するに科学的に可能な現象しか起こせないというわけだ。空気中から水が出せるのはまぁ当然として、火を点ければ温度も上がる。
科学的には過程がすっ飛ばされてはいるが、そこに魔法が作用するのだろう。
つまり魔法とはいえ物理法則が無視できないなら、俺が転生前の読書で蓄えた科学知識を組み合わせれば、この世界の魔法を補う余地はいくらでもある。
「それと、普通の魔法とは別に、人それぞれが生まれつき持っている『固有魔法』というものもあります。こちらは特殊な効果がある代わりに、制限や使いにくい欠点があることが多くて……皆さん、切り札として隠されていることが多いですね」
「固有魔法、ねぇ……」
俺自身の持つ『イリュージョン』を思い浮かべる。確かに制限だらけで使いにくい。やはり、この世界の固有魔法というのはどれも一癖あるものらしい。
そこで、俺は少し悪戯っぽくニヤリと笑い、目の前のシスターに問いかけてみた。
「へえ、面白いな。じゃあさ、セイラさんにも、その固有魔法ってやつは使えるのかい?」
すると、セイラは少しだけ頬を染め、いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべて、人差し指を唇に当てた。
「ふふっ、それは――内緒です♪」
彼女が見せた、年相応の可愛らしい仕草。
まぁ、切り札を簡単に教えないのは当然か、と苦笑しつつも、妙にその笑顔が印象に残るのだった。
それにしても、旅のシスターである彼女をこうしてすんなり受け入れているあたり、このデュミナス教の教会というのは、ずいぶんと懐が深くて甘い教えが行き届いているらしい。
そんなことを考えていると、俺の腹が盛大に鳴り響いた。
セイラはクスクスと嬉しそうに笑い、「お食事を持ってきますね」と部屋を出て行った。
運ばれてきた温かいスープとパンをあっという間に平らげ、俺はようやく一息ついていた。
手ぶらで無一文の行き倒れをここまで手厚くもてなしてくれるとは、デュミナス教の懐の深さ、恐れ入る。
だが、人心地ついたのも束の間。教会の外から、何やら穏やかじゃない怒鳴り声が響いてきた。
「あ、あの、外が騒がしいみたいですね。少し様子を見てきます」
セイラが心配そうに眉をひよこ型に下げて部屋を出ていく。
俺も「ちょっと腹ごなしにな」と、彼女の後を追って表へと向かった。
教会の外、広場の一角にある露店の前に人だかりができていた。
中心にいるのは、絵に描いたような薄汚い身なりのゴロツキが三人。
彼らは果物が入ったカゴを蹴り飛ばし、怯える露店のお婆さんに容赦なく因縁をつけていた。
「おい、ババァ! 頼んでおいたショバ代が足りねえって言ってんだよ!」
「そんな……今月はこれ以上お支払いしたら、生活が……」
周りの村人たちは巻き添えを恐れて遠巻きに見ているだけ。
俺は教会の柱に身を隠しながら、心の中で盛大にため息をついた。
(おいおい、異世界治安悪ぃ〜。テンプレとはいえ、初日からこれかよ)
俺が唖然としていると、隣にいたはずのセイラの姿が消えていた。
ハッとして視線を戻すと、彼女は驚くべき速度で人だかりを掻き分け、ゴロツキとお婆さんの間に割って入っていた。
お婆さんを背中で庇うように、凛とした姿で立ち塞がる。
「そこまでにしてください! 罪のない方を脅すなんて、神がお許しになりません!」
「あぁ? なんだァ、このアマ。シスター様が俺たちに説教たれようってか?」
リーダー格の男が顔を真っ赤にして拳を振り上げる。
いくらなんでも無茶しすぎだ、 助けてもらった恩もある。
戦闘力皆無の俺だが、体が勝手に動いていた。
「危ねぇ、どけっ!」
俺はセイラの前に飛び込み、彼女を突き飛ばすようにして庇った。
直後、男の重い拳が俺の顔面にクリーンヒットする。
「ぶふぇっ!?」
ものすごい衝撃とともに、俺の体は無様に地面へと吹っ飛ばされた。
砂埃を上げながら転がり、口の中に広がる鉄の味に顔をしかめる。殴られた頬が信じられないくらい熱い。……うん、やっぱり俺の身体能力はごく標準的、格闘のセンスはゼロだ。
「カイトさん!?」
セイラが悲鳴のような声を上げる。ゴロツキどもは「ハッ、口ほどにもねえ弱虫が!」とゲラゲラ笑っていた。
だが、俺はゆっくりと、泥を払いながら立ち上がった。
そして、元の世界からずっとやってきたお気に入りの仕草――ピンチの時ほど釣り上がる口元を不敵に歪めてニヤリと笑う。
「……てぇなぁ。まぁでも、おかげで腹は決まったわ」
俺は親指と中指を合わせ、パチン、と大きな音を立てて指を鳴らした。
「あんたらさぁ、調子に乗ってっと痛い目見るぜ? 悪いけど、あんたらを追い返すくらい、今の俺が本気を出しゃあ簡単なんだわ」
「あぁ!? 何格好つけてんだ、ぶっ殺すぞ!」
激昂したゴロツキのリーダー(以下、ゴロツキA)と、その隣の男(ゴロツキB)が同時に俺へ殴りかかろうとした――その瞬間。
三人目、後ろでニヤついていたゴロツキCの『視界』が、俺の固有魔法『イリュージョン』によって完全に上書きされた。
ゴロツキCの目には、突如として自分のすぐ目の前にカイト(俺)が現れたように見えたはずだ。
「うおっ!? いつの間に!」
慌てたゴロツキCは、目の前の「カイト」に向かって全力の拳を叩き込んだ。
ドゴォッ! と確かな肉の手応え。
殴られた「カイト」はそのまま地面に崩れ落ち、動かなくなる。
「へっ、ざまあみやがれ!」
ゴロツキCは鼻で笑った。だが、ふと足元を見ると、さっきまで倒れていたはずの「カイト」の姿が消えている。
「あ? なんだ……?」
困惑して顔を上げると、数メートル先、さっきと全く同じ場所で、まだ不敵に笑っているカイトが立っていた。
「おい、何ボサッとしてんだ! さっさとそいつを片付けろ!」
ゴロツキCの耳には、仲間の声が聞こえている。だが、彼の『視覚』は完全に狂っている。彼が見ている世界では、ゴロツキAとBの姿が消え、代わりに二人のカイトがニヤニヤ笑いながら迫ってきているのだ。
「化け物め、何使い魔みたいに増えてやがる!」
パニックに陥ったゴロツキCは、さらに迫り来る「カイト」の一人を激しく殴り飛ばした。
ベキッ、と鈍い音がして、もう一人の「カイト」も吹き飛ぶ。
確かな手応えがあった。「やったか!」と彼が確信した、その時。
トントン、と後ろから静かに肩を叩かれた。
「――お疲れさん」
耳元で、カイトの声が聞こえる。
「なっ――!?」
ゴロツキCが恐怖に顔を引きつらせて振り返ろうとした瞬間、彼の視界が、猛烈な勢いで上下真っ逆さまに回転した。
「うわああああっ!?」
三半規管を完全に破壊されたような錯覚に襲われ、ゴロツキCは無様に地面へすっ転び、そのまま激しく頭を打ち付けて悶絶した。
「……よし、確保」
俺はぐったりとしたゴロツキCの背中に乗りかかり、その腕をひねり上げてがっちりと取り押さえた。
「まあ、急に視界の天地がひっくり返って見えりゃあ、人間誰だってまともに立てずに転ぶわな」
俺は一人で納得しながら、フッと息を吐いた。
これが俺の固有魔法。
彼にだけ「天地が逆転した映像」を見せ、強制的に平衡感覚を失わせたのだ。
だが、この魔法にかかっていない周りのギャラリー、そしてセイラや他のゴロツキ二人の目には、全く違う光景が映っていた。
突然指を鳴らしたカイトに対し、なぜか背後にいたゴロツキCが急に発狂。
突然、隣にいた仲間(ゴロツキAとB)の顔面を全力で殴り倒して気絶させ、最後は誰もいない空間を殴った後、一人で勝手に足を縺れさせてマヌケに転んだのだ。
そして、すかさずそこにカイトが乗っかった。
「お、おい……あの野郎、急に裏切りやがった……!」
ゴロツキCに不意打ちで殴り倒され、地面にのしているゴロツキAとBが、顔を腫らしながら絶望の声を漏らす。
「仲間割れとは見苦しいねぇ。ほら、そこの二人も早くそのマヌケを連れて失せな。次はお前らの番だぞ?」
俺が凄んでみせると、ゴロツキAとBは怯えきった表情で立ち上がり、気絶したゴロツキCを引きずりながら、一目散に逃げ去っていった。
「ふぅ……。初めて使ってみたが、なんとかなるもんだな」
俺は内心で冷や汗をかきながらも、再びお調子者の笑みを浮かべて立ち上がった。
振り返ると、セイラが口を半開きにしたまま、信じられないものを見るような目で俺を見つめていた。
その日の夜、昼間の喧騒が嘘のように静まり返った地主の屋敷の一室で、激しい怒鳴り声が響いていた。
「使えん奴らめ! 優男一人に凄まれたくらいで怯みおって! 泣こうが喚こうが構わん、何でもいいから明日にでもあのババァから金を毟り取ってこい!」
地主の男は、昼間カイトたちに無様に追い返されたゴロツキのリーダーを怒鳴り散らしていた。
無理難題な指示を一方的に飛ばすと、男は忌々しそうに首を振りながら自室へと戻っていく。
カチャン、と扉を閉め、男が深くため息をついた、その瞬間だった。
部屋の隅、暗がりの扉の影から、音もなく一人の人影が滑り出した。
地主の男が声を上げる暇すら与えない。
冷たい刃が男の胸元へと走り、その心臓を正確にひと突きにする。
「が、は……っ」
男は声にならない喘ぎを残し、床へと崩れ落ちて即死した。
返り血すら浴びずに刃を引いた暗殺者は、冷徹な一瞥を骸へと向けると、静かに、けれど確かな盲信を込めて呟いた。
「――これで、この村での仕事は完了ですね」
その声に迷いは一切ない。暗殺者は再び夜の闇へと溶け込むように、音もなく姿を消した。
翌朝、村は早朝からひっくり返ったような騒ぎになっていた。
広場のあちこちで「あの地主の旦那が殺されたらしい」「夜中に暗殺者が出たんだって」と、不穏な噂話が飛び交っている。
宿の食堂でその噂を耳にした俺――カイトは、思わずこめかみを押さえた。
(おいおい、一日目は行き倒れて、二日目は恐喝現場に遭遇、三日目の朝には殺人事件かよ……。いくらなんでもこの異世界、治安が悪すぎるだろ)
こんな物騒な世界を、あの見るからに純真無垢で危なっかしいシスターが一人で旅しているなんて、正気の沙汰じゃない。
いくら「人を見る目がある」と言い張ったところで、物理的な暴力や闇討ちの前にそんなものは無力だ。
昨日の今日ということもあって、俺の中で彼女の一人旅に対する心配はどんどん膨らんでいった。
ふと隣を見ると、セイラもショックを受けたように、心細げに俯いている。
「……恐ろしいですね。まさか、そんな残虐な事件が起きるなんて……」
その横顔を見て、俺の心配は確信に変わった。
やっぱり、この子を一人にするのはあまりにも危険だ。
やがて、セイラが村を発つ準備を終え、俺たちは教会の前で向かい合っていた。
旅のシスターである彼女は、ここでもう俺とはお別れだ。
そう思っていたのだが、セイラは少し躊躇うように衣服の裾をきゅっと掴むと、上目遣いで俺を見つめてきた。
「あの、カイトさん。もしカイトさんに、この先特に決まった目的がないのでしたら……私と一緒に旅をしませんか? あなたのいた異世界のお話も、もっとたくさん聞いてみたいですし……ダメ、でしょうか?」
(――願ったり叶ったりだ)
俺は内心で快哉を叫んだ。彼女の安全を心配していた俺にとって、同行を提案されるのは渡りに船。
ここで断る理由なんてどこにもない。
俺はフッといつものように飄々とした笑みを浮かべ、腰のポーチに手を当てて言った。
「ちょうど俺も、セイラさんの一人旅は心配だと思ってたところなんだ。よし、決まりだ。俺が頼れる『護衛』としてついて行ってやるよ!」




