神と人間
「俺は世界を守るヒーローなんかじゃない! 俺はWTuber! ――この世界を皆に見せて、この世界の人達と交流するだけのちっぽけな人間だ!」
「夜光さん……」
自身の中にある恐怖を認め、受け入れながらも、己を奮い立たせるように言い聞かせる夜光の言葉に、エルフィナは小さな声で呟く。
今まさに世界を守るための戦いに身を投じながら、WTuberという異世界を来訪する者としての生き方に誇りを持つ人の言葉に、エルフの巫女は心打たれていた。
「……夜光くん。負けないで」
それと同様に、魔神との戦いを見守っているスティーリアも祈るように胸の前で拳を握りしめる。
「だから、たとえ神だろうと、それを壊させるわけにはいかない! 今日も明日もこれからも! この世界とあっちの世界は、これまでと同じように毎日を過ごしていくんだ!」
その視線の先では、魔神に漆黒の大剣の切っ先を向けた夜光が、身体に奔る痛みを感じながら、強い想いの込められた声で言う。
同時に夜光は地を蹴り、闇の力を纏った大剣を携えて魔神へと向かっていく。
『クク……』
そんな夜光の姿を見て小さく喉を鳴らした魔神は、闇を具現化した三又の槍で斬撃を受け止める。
「何がおかしい?」
自分と魔神――同じ闇の力が火花を散らすのを見ながら、夜光は抑制した声で尋ねる。
『いや。遠い昔、我を滅ぼした勇者も似たようなことを言っていたと思ってな。懐かしい気持ちになっただけだ』
「そうかよ!」
遠い昔のことを思い返して懐かし気に語る魔神に、そんな人物のことなど知る由もない夜光は、ただ渾身の力で大剣を振り抜く。
『ああ。お前は我が復活するために戦うにふさわしい人間だ』
夜光を賞賛する言葉を述べた魔神は、三又の槍を携えるとその刀身を振るう。
「オオッ!」
魔神が振るった槍の一撃を夜光が大剣で受け止めると、二人の身に宿る神の闇が天を引き裂くような衝撃を走らせる。
「ぐ……っ」
「夜光さん!」
大地が砕け、魔神の膂力に推される夜光が歯噛みすると、背後からエルフィナが光の矢を放つ。
自らが信仰する創世の神から聖なる祝福を得た矢は、無数の光の流星へと変化し、まるでそれぞれが生きているかのように複雑な軌道を描いて魔神へと向かっていく。
『無駄だ!』
魔神の翼から放たれた無数の黒い流星がエルフィナの放った光の流星をかき消し、地上へと降り注ぐと天を衝く暗黒色の爆発を引き起こす。
「――っ」
咄嗟に聖なる神の力で身を守ったエルフィナは、闇の爆発の圧倒的な力によって吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
まるで激流に弄ばれる木の葉のように成す術もなく強大な力に呑まれたエルフィナは、声を上げることもできずに、その美貌を苦悶に歪めるしかなかった。
「ぐああっ!」
それと同時に、魔神の膂力に押し負けた夜光は、三又の槍の一閃と共に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
まるでボールのように地面を跳ね、数十メートルも吹き飛ばされた夜光は、身体を起こして自らの左腕が肘の上辺りから失われていることに気づく。
「――っ!? ぐ、あああああッ!」
そのことに気づいた瞬間、遅れて全身に奔った信じ難い激痛に、夜光はその場にうずくまるようにして呻く。
痛みと共に戦意が折れ、魔神の圧倒的な強さに心の中に諦めの文字がよぎってしまう。
(くそ、情けねぇ……っ! 偉そうなこと言っておいて、もう諦めてもいいって思っちまった)
歯を食いしばり、あまりの痛み溢れ出す涙で歪む視界の中で、夜光は己の弱さを振り払う。
感じたことのない痛みに耐えながら、ゆっくりと身体を起こした夜光の目に映るのは、とどめを刺すわけでもなく、夜天を見上げる魔神の姿だった。
『間もなく日が変わる。その時こそ、我が完全に復活し、二つの世界を――否、全ての世界を闇に染め上げる』
カミナギの秘術によって復活を早めることで不完全に覚醒させられた魔神は、日が変われば完全な復活を遂げることができる。
自らの復活の時が間近に迫っている喜びを噛みしめて天を仰いだ魔神から立ち昇る闇の力が、夜天に輝く月を黒く染めていく。
「あれは……」
『お前の世界へと続く扉だ』
「!」
激痛に耐えながら呆然と呟く夜光に、魔神は厳かな声音で告げる。
『お前の世界に持ち込まれた我が欠片が共鳴し、二つの世界を繋ぐ扉となるのだ。我が復活すると同時にあの扉は開き、二つの世界は一つに繋がる』
「そんな……そんなことになれば、二つの世界が滅びてしまいます』
「っ!? そんな……」
それを聞いたエルフィナの言葉に、夜光は思わず瞠目する。
『仮初の肉体を持たなければ、こちらの世界でお前達が生きられないのと同じことだ。異なる理を持つ二つの世界を無理に繋げば、互いに相殺されるのは必定。
案ぜずとも、繋がった二つの世界は、我が神として新しく作り直してやろう。
お前達はよく戦った。褒美に、この世界の新たな始まりと終わりを見届ける栄誉を授ける。そのまま伏して我が再臨を見届けるがよい』
夜光の呟きに答えた魔神は、そう言って倒れ伏す二人へ一瞥を向けると、その身体から世界を呑み込む暗黒の力を解き放つ。
『闇とは世界そのもの。光が失われればこの場所が闇に呑まれるように、闇は世界の全てである。ならば、我が闇の力で、二つの世界を一つにするなど造作もない』
「そんなこと、させるか……」
高らかに言い放つ魔神の言葉に、夜光は呻くように呟く。
『さあ、来たれ』
しかし、そんな夜光の言葉など耳にも入っていない様子の魔神がまるで世界を手中にせんとばかりに両手を広げると、エルフィナによって生み出された光の召喚陣が反転し、漆黒に染まる。
それは、魔神が自分自身を完全に召喚するための正式な魔法陣。それによって世界に散っていた魔神の欠片が繋がり、本体である魔神に収束していく。
「いけません。このままでは……」
漆黒の魔法陣によって復活の時を待つ魔神の力が増大し、死と滅びを内包した闇が広がっていくのを見て、エルフィナが声を上げる。
『見える。見えるぞ――我が欠片を介して、世界が見える。我が滅ぼされて幾星霜――世界はこんなにも変わらず、これほどに変わったのだな』
欠片の力を取り込むと同時に、その情報を蓄積する魔神の双眸は、この地にありながら世界を見通して歓喜をもたらす。
これから、この全てを破壊し、支配する高揚に胸を躍らせる魔神から溢れ出す力の暴風に身を晒す夜光は、不意に視界の端に点ったメールの着信に意識を向ける。
(スティーリアさんから……)
その差出人に書かれている名前を見て取った夜光がメールを開くと、そこにはただ一言「負けないで」というスティーリアの言葉が書かれていた。
この戦いを遠くで見ているスティーリアから送られてきたその一言に、強く唇を噛んだ夜光は、一つの決意を瞳に宿す。
「エルフィナさん。お願いがあります」
「……?」
その声に柳眉を顰めたエルフィナに、夜光はこの時が来たからこそ閃いた可能性を告げる。
「――」
「そんな、無茶です! 確かに、それはできるかもしれませんが……」
夜光からその考えを聞かされたエルフィナは、カミナギの巫女としての自らの知識で、それに可能性があることを認めつつも、躊躇いを隠せない。
「お願いします! もう他に方法はない! 今ここで奴を止めないと、俺達の世界とこの世界がどうなるか分からないんだ!」
焦燥をみせるエルフィナに、夜光はまっすぐにその想いを伝える。
いずれにせよ、自ら復活の儀式を始めた魔神の力は増大を続けている。もはや自分達だけでは勝利できないことを理解しているエルフィナは、ほんのわずかでも勝算のある可能性に賭けるしかなかった。
「――っ、分かりました。でも、死なないでください」
懊悩の末、絞り出すような声音で応じたエルフィナは、夜光を双眸に映して、その願いを告げる。
『時は来たれり! 今こそ、復活の時だ!』




