人と神とWTuber
闇が具現化したような二メートルほどにもなる純黒の身体。その姿は人のそれに近く、それでいて龍のようでもあり、髑髏のようにも見える。
背には巨大な黒い翼を携え、天を衝く巨大な角が王冠を有すその神貌は、金色の瞳を抱く漆黒の瞳が世界を睥睨していた。
悍ましいほどに恐ろしく、しかし神々しく畏敬の念を抱いてしまうその姿、その存在感は、確かに今目の前にいるものが「神」と呼ばれるものであることを確かに感じさせる。
『カミナギの巫女』
「御前に失礼いたします、魔神様」
その金色の瞳に見据えられ、ただの一言で押しつぶされてしまいそうな重圧を感じながら、エルフィナは恭しい所作で一礼する。
『まさか、貴様が我を復活させる手引きをするとはな。もしや、我の信者に改宗でもする気になったか?』
「それこそまさかです。ですが、魔神様の御意思をお尋ねさせていただきたく存じます」
『我の意思、か』
「はい。復活をなさっても、どうか今ある世界の安寧と秩序を守っていただきたいのです」
神と対話する巫女として最大級の敬意を払うエルフィナの言葉に、魔神はわずかな沈黙を置いて言葉を紡ぐ。
「神々の争いは遥か古に終わりを告げました。今、この世界は神に創造されし者達が生きる場所です。どうか心静かに、未熟で愚かな命のありようを見守っていただきたく存じます」
『それは無理な相談だ。世界を闇に塗り潰すことこそ我が存在意義。平穏を打ち崩し、停滞と永遠をこの世にもたらすために、我はこの世界へと還ってきたのだ』
「……残念です」
魔神から返された答えに、その内容が分かり切っていたにも関わらず、一縷の希望を抱いていたエルフィナは、心底落胆した様子で応える。
神は嘘をつかない。なぜならば神の言葉には言霊が宿り、嘘を現実にすることすら可能とすることができるからだ。
例え力を失っているからと言って、ここで適当な偽りを述べて復活を約束させることは、神という己の存在を偽ることになってしまう。
何より、人を騙すなど神としての矜持が許さない。人が虫や動物に嘘を吐く必要がないように、神が人に己を偽ることはない。
『我の復活を予期し、完全に力を取り戻す前に我を斃そうとは、中々に大胆で愉快なことを考えるものだな。
まさか、復活のために世界に散らした力の欠片を利用するとは見事であった。褒めて遣わす』
「お褒めに預かり光栄でございます」
これから戦うとは思えないやり取りをしているエルフィナと魔神を見ながら、夜光は拳を強く握りしめて震えそうになる己を奮い立たせる。
『だが、いかに不完全とはいえ、我を斃せると思っているのか?』
「全霊を尽くさせていただきます」
揶揄するような口調で言う魔神に深い礼を以て応じたエルフィナが顔を上げると、その一瞥を受けて夜光が前へと歩み出る。
「DXXXFORCE!」
自身の中に宿った力を解放し、その身に漆黒の王冠と装甲を纏った夜光が凶々しい大剣を構えると、魔神は瞬時にその意味を理解する。
『我が力の一端――なるほど。クク、我の復活を妨げるものが、我の力そのものとは。中々に皮肉が効いている』
目の前にいるエルフィナと力を解放した夜光だけで何が起きているのかを正しく理解した魔神は、喉を鳴らす。
『いいだろう。その一抹の希望が我が力に及びうるか試してみるが良い!』
自身の力の一端を宿した夜光を前にその状況すら楽しんでいるかのように言い放った魔神は、両腕を広げて高らかに言い放つ。
瞬間、その存在から放たれる圧倒的な神気が嵐のように吹き荒れ、DXXXFORCEを発現した夜光とエルフィナを呑み込み、周囲の木々を薙ぎ払う。
「創世の神よ、我に力を――はあっ!」
祝詞によって神の加護を借り受けたエルフィナは、魔法によって具現化した矢を弓に番え、流れるような動きで放つ。
『フン』
風を貫き、影を追い越して天を射るような速さで流星のように天を翔ける光の矢は、魔神が生み出した暗黒の壁に遮られ、その闇に呑み込まれる。
「っ」
『忌々しい神の力か……だが、いかに不完全な復活でしかないとはいえ、この程度で我を斃せるとは思わないことだ!』
神の力を借りた矢を破壊した魔神は、反撃とばかりに黒翼を羽ばたかせ、闇色の嵐を生み出す。
「……っ」
その闇風が空中に舞っていた木の葉に触れた瞬間、それを完全に消滅させるのを見て取ったエルフィナは、思わず息を呑む。
咄嗟にその闇風を回避したエルフィナが背後を振り向くと、周囲数百メートルにわたって木々と大地が消滅したかのようにかき消え、景色が一変していた。
(なんて力……!)
『この程度か。我ながらみっともないことだ』
予想していた通りの結果が想像を超えて発揮されたことに肝を冷やすエルフィナとは対照的に、魔神は不完全な自身の力を見て嘆息する。
そんな魔神の様子に歯噛みするエルフィナの反対から、強大な闇の力を纏った夜光が大剣を携えて肉薄する。
「うおおおッ!」
その身に宿った力を漆黒の大剣に注ぎ込み、渾身の力を以て刀身を叩きつける。
しかしその一撃は魔神が具現化した槍によって防がれ、全く同じ二つの力がぶつかり合って荒れ狂う。
「く……ッ!」
『どうした、この程度か!?』
全霊の力を込めて刀身を振り抜かんとする夜光だったが、魔神はそれを嘲笑するように言うと、黒翼から放つ闇の波動を叩きつける。
「夜光さん!」
咄嗟にカミナギの巫女としての力を行使したエルフィナによって、夜光と魔神を遮るように光の障壁が展開されるが、それは闇の風によって軽々と破壊されてしまう。
「ぐ……ッ」
それによって生じた衝撃波を全身に叩きつけられた夜光は、その激痛に苦悶の表情を浮かべる。
(い、痛え!)
DXXXFORCEの影響によって正しく痛覚を感じる夜光にとって、その痛みはこれまで生きてきた人生で経験したことがないほどのもの。
不完全な復活でしかないというのに、魔神の力は圧倒的の一言に尽き、全く同じ力を持つ夜光を圧倒していた。
『口ほどにもない。この程度で我を斃すことはできないぞ』
大剣を地面に突き立てて体勢を整えた夜光に、魔神は手中に創り出した闇の球体を放つ。
「くそ……ッ」
眼前に迫る暗黒球体に反応した夜光は、先程の痛みからくる怒りを発散するように、力任せに漆黒の大剣を叩きつける。
天地を揺らすような衝撃と共に相殺され、砕け散った神の闇の欠片は、触れるもの全てをこの世界から消し去り、地形すらも軽々と書き換えてしまう。
「っ、この力がなかったら、これで消しとんでるな」
その破壊力、圧倒的な力を目の当たりにした夜光は、同じ魔神の力があったからこそかろうじて先の攻撃を相殺できたことを実感する。
魔神と同じDXXXFORCEがなければ戦いにもならない。――夜光は、魔神と呼ばれる存在の強さに身震いする。
『どうした? 恐れが見えるぞ』
「っ」
まるで心を見透かしているかのように向けられる魔神からの言葉に、図星を突かれた夜光は思わず歯噛みする。
この戦いに赴く前に魔神と戦う覚悟は固めてきたつもりだった。だが、実際に魔神を前にして、その力を目の当たりにした夜光は、己の覚悟が揺らいでいることを自覚していた。
『お前の恐れは、我とその力に対するものだけではない。お前の恐れはお前自身の命が失われることからくる生命としての根源的なものだ。
仮初の肉体を使い、本当の意味での死の恐怖も知らずに戦ってきたお前達異界人には拭い難いものだろう――誤魔化す必要はない』
「……っ」
そんな夜光の姿を見て取った魔神は、そう言って軽く腕を振るうと、先程相殺したものと同じ力を持つであろう闇の球体を無数に放つ。
「夜光さん。耳を傾けないでください!」
その闇をかいくぐりながらエルフィナが放った光の矢も、魔神の闇の前には完全に消滅させられてしまう。
神の言葉は言霊。人が使うそれ以上に力を持ち、世界を書き換え、事象を改変し、心に響く。
魔神の言葉が現実に感じている恐怖や怖れと混じり合い、夜光の心を揺さぶっているのは明らかだった。
『いつでも諦めて構わないぞ。誰もお前を責める者はいない。神の力を前に心が折れるなど当然のことだ。むしろ、一時でも我と戦う意思を持てたことを誇るがよい』
蔑んでいるわけでもなければ、嘲笑しているわけでもない。ただ淡々と夜光の怖れと弱さを見透かす魔神が抑制のきいた声で言う。
「そんなことできるか!」
自分の弱さを肯定し、諦めることを許容するような甘言に、夜光はそれを振り払わんとするかのように強い語気で言い放つ。
『〝そんなことできるか〟か。まるで己を呪うかのような言葉だな。脅迫観念か責任感か――いずれにせよ、無理しているように聞こえるぞ』
「俺はそれでいいんだよ」
決して見下してはいないが、脅威とも感じていないような魔神からの言葉に、夜光はそう言って大剣を握る手に力を込める。
「俺は世界を守るヒーローなんかじゃない! 俺はWTuber! ――この世界を皆に見せて、この世界の人達と交流するだけのちっぽけな人間だ!」




