魔神の復活
魔神と戦うことを決めた悠星――夜光は、その翌日から配信を休んで異世界でエルフィナとの特訓を行うこととなった。
悠星の要望を受け入れた冒険者ギルドは、「DXXXFORCEは、魔動体の不正な改造によるものではなく、異世界インバースで何らかの要因によって発生した異常であり、その解決のため」と表向きの理由を発表した。
それは悠星の思いが伝わったというよりも、異世界が危険な場所であると世間に思われることを可能な限り避けたいという思惑が多数だったからだ。
いずれにせよ、冒険者ギルドが発表したその建前はおおむね世間に受け入れられ、一部では炎上の名残が残っているものの、すでにネット上では夜光がみせたあの力を既存の魔動体に取り入れることができれば、よりWTuberの配信が面白くなるかもしれないという意見や好奇心が大勢を占めるようになっていた。
「ありがとうございます。せめて、私にもできる限りのことをさせてもらいますね」
「よろしくお願いします」
感謝の言葉を述べたエルフィナに頭を下げて応じた夜光は、それから訓練に明け暮れた。
DXXXFORCEの力を十全に使いこなして戦うための訓練を行い、少しでも魔神の本体に対して勝率を上げられるようにしていく。
それと並行して魔神復活の日――解放祭ことワールドフェスの準備も着々と進み、そして瞬く間に時間は流れて、その日が訪れる。
「夜か」
夜の月が昇り始めた異世界の空を見上げ、夜光は神に祈るような神妙な面持ちで呟く。
これから異世界の神の一柱と戦おうというのに心のどこかで神に祈っているなど一見矛盾しているように思えるが、夜光にとってはどんな些細なことであっても、勝率がわずかにでも上がるならば縋らずにはいられないほど深刻な事柄だ。
「夜が最も深まった時……つまり、日付が明日に変わった瞬間、魔神はこの世界に完全に復活します。ですから、その前に私達で魔神を再び倒すしか方法はありません」
そんな夜光の隣に寄り添い、金色の髪を夜風に揺らすエルフィナもまた、緊張を隠せない様子でその美貌を強張らせていた。
「ああ」
「魔神の復活を阻止することはできません。ですから、私達はあえて魔神を不完全な状態で復活させ、再び倒すことで完全な復活を阻止します」
今から魔神の復活を阻止することはできない。そして、復活した魔神を倒すことは不可能。
だからこそ、カミナギの巫女であるエルフィナは、あえて魔神の復活を早め、完全な復活を遂げる前に魔神を倒すという手段を取ることにした。
かなり無謀で無茶な手段ではあるが、それが現状で取りうる最も世界を救う確率が高い手段だった。
「ここに、夜光さんを中心として魔神を召喚するための魔法陣が用意してあります。これを用い、意図的にこの場に魔神の本体を召喚します。
夜光さんは、不完全な復活を遂げた魔神が完全に復活するまでに、神の力で魔神を討伐してください。里に協力を仰ぎ、魔神の封印儀式を行ってもらいますが、それでもさほど長い時間復活を阻止することはできないでしょう。
そのほんのわずかな時間で、世界の命運が決まることになります。よろしいですね?」
「……っ」
魔神の復活を阻止するための手段を再確認する説明と共に、エルフィナの視線が示す先に用意されている魔法陣を見た夜光は、緊張から無意識に息を呑む。
複雑な紋様が描かれたその魔法陣は、まさに神が降臨するためにふさわしい――いうなれば、神々しさすら感じられるものだった。
「準備はいいですか?」
「待って」
エルフィナに問いかけられた夜光が頷こうとしたその時、背後から澄んだ凛声が聞こえてくる。
「あ」
「あなたは……」
その声に釣られるように背後を振り向いた夜光は、そこに佇んでいる青銀色の髪の美女――「ラヴィーネ・スティーリア」の姿を見止める。
「どうして? ワールドフェスの準備があるんじゃ……」
「聞いたわよ。随分と格好をつけたのね」
困惑する夜光の反応を意にも介さず、スティーリアは穏やかな声音で語りかける。
「そのことですか」
「私も、この戦いを見届けさせてもらうわ。邪魔はしないし、私のことは気にしなくていいから」
桂香から魔神と戦う決意をした夜光がそのことを誰にも知らせないでほしいと頼んだことを聞いたスティーリアは、真剣な面持ちで語りかける。
「でも……」
「分かりました」
そうは言っても危険なのではないかと考え、スティーリアの申し出を受けることに渋っていた自分の言葉を遮るようにエルフィナが許可を出すと、夜光は思わず目を丸くする。
「いいんですか?」
「はい。スティーリアさんには魔神との適合性もありませんから問題ないと思います」
「ありがとう」
エルフィナの言葉に感謝を述べたスティーリアは、改めて夜光に向き合う。
「私には見ていることしかできないけれど、もしあなたが勝ったなら――いえ、勝って二つの世界を守ってくれたなら、何かお礼をさせて。もちろん、あっちの世界で」
「え?」
普段は氷のように怜悧な表情を柔らかく綻ばせて紡がれたその言葉に、夜光は思わず息を呑んでしまう。
「それって……」
「なんでも。私にできることなら、なんでもしてあげる」
その言葉の意味するところに様々な可能性を思い描く夜光の反応を楽しむように、スティーリアが悪戯気に微笑む。
そんなスティーリアの態度を見ていた夜光は、それがWTuberとしてのロールプレイをしていないスティーリア自身の本当の姿のように感じられた。
そう言って青銀色の髪を靡かせ、離れていったスティーリアの後ろ姿を見送ったエルフィナは、夜光に真剣な眼差しを向けて言う。
「では始めましょう。準備はいいですか?」
「ああ」
エルフィナの言葉に、夜光は自らに勝利を誓うように強く拳を握り占める。
そして、異世界でスティーリアが、そしてモニター越しに桂香が見守る中、エルフィナによる魔神召喚の儀式が始められた。
エルフィナの花唇から紡がれる祝詞と共に荘厳な魔法陣が光を帯び、その中に置かれた魔神の力の欠片が宿った遺物がその因果を手繰り寄せていく。
復活を間近に控えるほどに力を蓄えていた魔神の力は、まるで呼び水を注がれた井戸のようにその最奥にいた核ともいえる本体をこの場へと導き、召喚する。
「――っ、なんて力だ……」
儀式が進む度、世界に満ちる闇の圧力が高まり、森の木々がざわめき、天と地が恐れているかのように震える。
それは、まるで神と名を冠するもの、その再誕に世界そのものが畏怖しているかのようだった。
そして次の瞬間。世界の夜は闇に塗り潰される。
一条の光すら存在しない無明の闇が溢れ出し、輝いていた魔法陣の光を喰らい尽くして、その形を成していく。
「これが……魔神!」




