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ひまわり ~地球防衛艦隊での職場恋愛~  作者: おだ しのぶ
第3章 ひまわりが芽吹く前 ~最前線の回想(1)~
16/102

3-3.


 艦隊マークの陽介は、最大積載量80トンの8軸32輪特大型トレーラー用のトレーラー・ヘッド、特大型トラックなどと言う車両にはこれまで触れたことはなかったのだが、輸送科陸曹の簡単な説明と10分ほどの練習だけで、まるで何年もコイツのハンドル握ってますよ、なんて言いたくなるくらいに直ぐに慣れた。

 まあそれは、運転するこの地が、地球上の整備された交通環境ではなく、砂漠の惑星だから、ということもあるだろう。例えば日本の街中でこんな大型牽引車両を陽介が運転すれば、それは破壊活動と呼ばれても仕方のない惨状を呈するだろうから。

 それでも、シャバにいた頃、実家のSUVを日常的に乗り回していた経験に引き比べて、それよりもずっと簡単で、しかも長距離ドライブもこれなら楽だろうと思わせるような、快適な乗り心地には感心してしまった。

 艦隊マークの陽介には今まで殆ど縁がなかったが、陸上総群の軍用車両というのは、その厳ついイメージに反して、どの車両も乗り心地はよく、また操縦性も快適だと、陸上勤務で知った。

 パワステ、オートマと戦闘で負傷しても運転できる簡易な操作性、加えて乗っている兵員も乗り心地の悪さで戦闘力が低下する、等と言うことがないような仕様が採用されているらしい、と言うのは、この撤収ヤードで知り合った輸送科の陸曹長から聞かされて、なるほどと感心したものだ。

 ついでに言えば、潜空艦や駆逐艦、護衛艦と言った艦隊の中小型艦艇にも、そんな乗員に優しい設計思想を持ってほしいものだとも思ったのだが、それはさておき。

 アドルフの言った通り、地図に示されたA地点まで、敵と遭遇することなく~味方とも、だが~予定通り15時間で到着した。

 A地点に放棄されていたトレーラー・ヘッドは、粘着榴弾(HESH)にでもやられたのか、何もかも焼け爛れてぐしゃぐしゃに潰れていて戦死者の姿は確認できなかったが、非牽引車両(トレーラー)は積み荷のコンテナと共に無事で、ともかく陽介はトレーラー・ヘッドをバックでトレーラーに連結し~自動連結器がなければ苦戦しただろう~、早速帰路についた。

「後20時間で最後の艦の出発か……」

 ゴールのB地点までは、18時間の行程だ。2時間の猶予しかない。

 だが、最後の積載予定艦は偶然、陽介が航務士として籍をおく雪潮であり、雪潮が回航されると判ると 『コンテナと一緒に原隊へ復帰してよろしい、2ヶ月間ご苦労だった』とレナードが許可してくれた事もあって、この熱砂の星での慣れぬ陸上勤務とも、あと半日余りでオサラバ出来ると思うと、気分は出発前より余程軽くなっていた。

 そろそろ眠気に襲われ始めた、帰路10時間目。

 B地点での垂直離着陸機(VTOL)との合流予定時間までのバッファは2時間程度、うかうか仮眠もとれないのが辛かった。

 出発前に売店(PX)でダース買いしたカフェイン飲料を2本、一気に飲み干し、強制的に眠気を排除しつつ、陽介はひたすらトレーラーを転がした。

 地球時間単位系で自転周期が22.5時間のミハランに、昨日の日照時間で地上が孕んだ熱気も冷めやらぬまま、空が白み始めた頃。

 生欠伸を噛み殺し、涙で滲んだ視界を、突然黒い影が横切った。

「な、何だっ? 」

 いや、横切ったのではなかった。

 その『影』は、陽介の運転するトレーラーの進路を塞ぐように立っていた。

「敵かっ? 」

 半ばパニックブレーキに近い乱暴なブレーキペダルのベタ踏みにも、加速がついた重量トレーラーはなかなか停車してくれない。

 バシュッ、バシュッ、とエアブレーキが姦しく空気を吐き出し、その間に陽介は助手席に立て掛けておいたアサルトライフル(AK4700)~最後の輸送艦で転戦するのだ、と嬉しそうに語ったヤード警備のケニヤ出身の女性二曹が、武器科の曹長には内緒ですよと渡してくれた~を右手に構える。

「え? あれ? 」

 砂煙を上げて近付く大型トレーラーに怯む事なく立ち続けている『影』が、右手を真っ直ぐ横に突き出しているのに気付いたのだ。

 その右手の先は、拳を握り親指を天に向かって突き立てた、いわゆるサムズアップのポーズを取っている。

 ミクニー星人がUNDASNの車両に向かって、銃を構えるのならともかくサムズアップして見せるなど、聞いたこともない。となれば、あれは地球人だ。とすると……。

 グッジョブ。

 違う。

 極秘の命令だ、誰も自分がどんな任務についているか知らない筈だ。褒めてくれるひとなどいないだろう。

 ええと。

 普通、サムズアップして見せるのは地球人で~大抵は英語圏らしいが~、地球人が走る車に見せるサムズアップは、グッジョブではなく、ヒッチハイクの時というのが常識だ~本来は、タクシーを停めるときのポーズで、ヒッチハイクはその派生形らしい~。 

 非常識なのは、普通ヒッチハイクは道端でするもので、道の真ん中ではやらない。

 命が、危ない。

 相手の。

 AKを放り出して、陽介は漸くサイドブレーキを引きながら急ハンドルを切った。

 ガクン、と激しいショックに続いて、サスペンションが軋む不快な音と視界ゼロの砂煙。

「ふあ……。停まった……」

 左腕で額のイヤな汗を拭い、陽介は殆ど真横を向いた運転席の窓ガラスに顔を付けて、進行方向に目を凝らす。

 舞い上がった砂埃が0.9気圧の速度で地上へと戻り始めた。

 まず、サムズアップしたままの右手が見えてきた。

「……生きてた」

 安堵の溜息を落として、陽介はドアを開いて恐る恐る地上へと降り立った。念の為、腰のグロック17を抜いてセイフティは外しておく。

「大丈……、夫……、か? 」

 陽介の言葉は、激しく吹き付けてくる砂混じりの風が~ミハランでは珍しい、肌に心地よい涼風だった~急激に視界をクリアにしていくにつれて、だんだんと途切れがちになっていった。

 それほど、『彼女』は美しかった。

 白み始めた夜の底で、艶やかに輝く豊かな黒髪が風に弄られて生き物のようにうねる。

 それが、アマンダとの出会いだった。

 ミハラン専用のデザートパターンを描く第3種軍装の上着を腰に巻き付けた上半身は黒い七分袖のタンクトップ、その上から直に58式ボディアーマーを羽織っているが、ジッパーを閉めていないだらしのない着用の仕方で、それじゃ役に立たんだろうと思えるのだが、それでも何故かその姿はとても恰好良く陽介の眼には映った。

 そのだらしない着用のおかげで、盛り上がる胸の双丘が昇り始めた朝陽を受けて、陽介の目を突き刺す程に光を反射させている。

 カフェオレ色の肌は、ネイティブ・アフリカンの鞣革のような強靭さを思わせる質感とはまた違い、健康的な、そして柔軟な、野生の黒豹にも似たエロティシズムに溢れている。

 その黒豹の切れ長の瞳が、今にも謎の怪光線を発射しそうな勢いで陽介を睨みつけているのに気付いた時、彼は恐怖と同時に、一種の性的快感を感じて、構えていたグロッグをブラン、と地面に向けて下げていた。

 八頭身の人間を初めてナマで見た、と陽介がボンヤリ考えた刹那、無骨なジャングルブーツで足元を固めた長い脚が一歩彼に向かって踏み出され、同時にぎゅっと引き結ばれていた形の良い薄い唇が開いた。

空気を震わせたその声は、ハスキーだけれど低過ぎず、年季の入ったレキント・ギターの音色のように、甘く感じられた。

 が、その声が紡いだ言葉は、最悪だった。

「……テメエ、喧嘩売ってんのか? 」

 今にして思うと、彼女とのファースト・コンタクトは、ワースト・コンタクトだったと陽介はつくづく思う。

「……いやあのそのええとつまり」

 彼女はペッ、ペッと口に入ったらしい砂を吐き出しながら言った。

「何訳わかんねえ事言ってんだ、脳沸いてんのか? 」

「ごめんなさい」

 思わず謝ってしまったのが悪かったのかなと、地球へ戻った今でも陽介は時折思う事がある。

 しかし、この瞬間は謝るに限ると本能的に判断し、即座に実行に移したのだ。

 そして、それは正解だったようだった。

 彼女は、少しだけ驚いた表情を見せて、右手で頭をポリポリ掻いて見せた。

「……や、ま、いいけどよ」

 そして気分転換するかのように、少しだけ口調を明るくして、言った。

「丁度良かった。もう暑くて暑くて、死にそうだったんだ。悪ぃ、乗せてくれ」

 そう言うと、まるで天秤棒のように両肩に渡らせて担いでいた重量18kgに及ぶ7.72m/m分隊支援重機関銃(BAR)をドス、と地面に下ろした。

「もう、昨日から20時間程歩き詰めでよぉ、無線は通じねえし暑いし寒いし腹は減るし頭は痒いし肩は凝るし脚は痛えし、参ったぜ」

 地面に突き立てられたBARにはご丁寧に2,000発弾帯の収納されたボックスマガジン、7kgが取り付けられている。

「そりゃ、肩も凝るだろうけど……」

 よく見ると、ボディアーマーの上からつけたショルダーホルスターにはイングラムM11、装備ベルトには48式大型手榴弾が8個、腰の周りにはまるでハリネズミの棘のように突き出したM11のマガジンが、レンジャー式と呼ばれる手を使わずにワンタッチで交換できるよう外側へ角度をつけて8本、左腰には刃渡り20cm程のコンバットナイフ、2連装グレネード付きのライフルM4A2、腹部にM4交換マガジン6本と15cmほどのアーミーナイフ、右太腿のレッグ・ホルスターにはチェコの名銃、希少価値も高いと言われるCz75初期型、ご丁寧に右肩には3連装の33式個人携帯型対戦車ミサイルのキャニスターボックスを引っ掛けている。

 ひとり特科連隊か、と突っ込みたくなる、しかし紛れもない雄姿だった。

「ま、そんな訳でよ。なあ、早く乗せろよ。クーラー効いてんだろ? 」

 そこまで言うと軽々とBARを持ち上げて肩に担ぎ、微かに唇の端を上げて~今思えば、それは彼女なりの微笑だった~言葉を継いだ。

「な、二尉ドノ? 」

 我に返った陽介は、溜まっていた疑問を一気に吐き出した。

「つか、判ってんならその言葉使いはなんだ! だいたいそんな重装備でしかも撤退完了10時間前にこんなとこを20時間も歩き詰めなんて何があった、それよりお前まず官姓名所属部隊名乗れ! 」

 アマンダは陽介が怒鳴りまくっている間、ぼへら、と視線をそこらへ彷徨わせつつ無言で突っ立っていたが、やがて言葉が途切れた事に気付かなかったとでも言うように、ワザとらしくハッとかなんとか呟いて、落ち着いた声で言った。

「気ぃ済んだか? 」

 思わずカクンと首肯する陽介に、彼女は満足げに言った。

「んじゃ、行こか」



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