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彼女は、そこにいた。
どこまでも続くかと思われるその丘陵、汗に塗れた彼の肌に限りなく優しく感じられる夏の風が、鮮やかな黄金の漣の足跡を残して駆け抜けてゆく、黄色と深緑の原色の海の真ん中に。
彼女は、笑っていた。
成層圏まで突き抜けるかのような蒼空の高い位置、目も眩む程輝く太陽に真っ直ぐその美しい顔を向け、何万本、何十万本もの大輪のひまわりを従えて、確かに彼女は、笑っていた。
けっしてオフィスでは見せることのない、心の底から沸き上がったような、一杯の笑顔で。
この国では、嫌でも目立つ褐色の彼女の肌は~健康的な輝きを放つ肌理細やかな『それ』は、ひとめ見て単なる日焼けとは違う、まるで野生の黒豹にも似た、気高い美しさを感じさせる、初めて出逢った時からそう感じていたことを、彼は不意に思い出した~、陽光を一杯に受けて一層美しく煌き、周囲を鮮やかなハレーションで彩り、黄金の海の中、一際鮮やかに、艶やかに、まるで彼女の周囲を埋め尽くすひまわりの群れを臣下として従える『ひまわりの女王』のようにも思えるのだった。
艶のある豊かな黒髪を後ろで束ねて被る粗末な麦藁帽でさえ、女王に相応しいティアラの煌きを放ち、額に輝く汗が眩しい陽光を活き活きと跳ね返し、それはまるで彼女の美しさと気高さを際立たせるスパンコールにも見える。
そう。
実際、今、彼の眼に映る彼女は、普段都会の夜の闇に静かに佇み、黒い瞳を冷たく輝かせる『黒豹』などではなく、世界中のどの花よりも鮮やかに咲き誇る、大輪の『褐色のひまわり』だった。
それは、周囲のどのひまわりよりも気高く、美しく、そして華々しく。
そして周囲の全てのひまわりは、その種族に連綿と受け継がれる『太陽に向かって花開く』と言うDNA情報などかなぐり捨てて、ひまわりの女王たる彼女に倣うかのように、ひまわりの女王の名に相応しい彼女を讃え、太陽に向かって誇らしげに、そして美しい彼女に見惚れ、微笑んでいるかのように思えた。
その意味では、この見渡す限りのひまわり畑~この瞬間、彼は初めて、漢字で『向日葵』と書くこの花の和名が如何にぴったりか、心の底から納得した~の中で、彼女こそが、唯一絶対の神聖さえ勝ち得た、本当のひまわりの花のように思えた。