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アンコール・サーガ  作者: 天乃律
第三章 あなたの剣
22/29

5 「ニアとデートする」

「……伯爵家の跡取り!」

「はずれ」

「踊り子!」

「はずれ」

「じゃああれだ、どっかの侯爵夫人の若いツバメ!」

「はずれ」


 メイヴェーラ号がヒルドレに碇泊してから今日で三日を数える。


 町に出ることもなく船に引きこもっていたウィルゴは、ジオやアレンと交代で剣の稽古をしたり、ニアと一緒にかくれんぼをしたり、絵本を読み聞かせたり、クルーたちのカードゲームに誘われたりと、のんびり過ごしていた。


 そして船に残って暇を持て余すクルーたちの間で流行っているのが「ウィルゴの身分当てゲーム」。


「えーっとじゃあ、どこぞの領主の息子?」

「はずれ」

「ヒントもなしじゃわかんねぇよ! 当てさせる気あんのかよ!」

「はずれ」

「こんにゃろう」


 隠されると暴きたくなるのが性なのか、ウォンが地団駄を踏んで悔しがっている。


 苦笑しながら空を見上げると遠い西の空に灰色の雲がかかっていた。夕方頃には雨が降るだろう。アレンは雨具も持たずに出かけていったはずだった。


「でもなんだかんだで政治には詳しいもんな。他はとんと世間知らずだけどよ。奴隷とか農民の出じゃねえよなあ……」

「ジオはどえらい貴族に買われた奴隷だったんじゃねぇかって言ってたぞ」

「ジオが?」


 こてりと首を傾げると、ウォンが肯く。


「そう。貴族の屋敷で教育された上品な奴隷だって」

「残念だがはずれだ。奴隷でもない」

「あーっちくしょう。いや奴隷じゃなくてよかったんだけどちくしょう」


 床の上をごろごろ転がるウォンを蹴り蹴り、ジオと同い年の航海士長であるサザが「でも」と瞬いた。


「色々と教育を受けているのは事実だよね。帝国の事情には詳しい。ヒルドレの事情もずいぶん詳細に喋ったって?」

「必要に迫られて勉強した」

「オルラルド城襲撃の話は聞いてる?」

「この間、買い出しで町に下りたときに小耳に挟んだ程度だ」


 海賊らしからぬ優しげな風貌のサザは、見た目通りとても穏やかな気性の好青年だ。お節介でいちいち力が強いクルーたちにウィルゴがもみくちゃにされていると、苦笑いしながら助けに来てくれる。


「あれどう思う? アラムの戴冠って、かなりまずいよね」

「まあ……まずいな」


 帝都の政治に疎いおじさん連中が揃ってはてなを浮かべながら聴く体勢に入った。


 まるで授業をしている教師のような気分になってくる。


「そもそも今上の皇帝自体、アラムの戴冠を防ぐために捜し出されたユルグス帝の落胤だ。一部の貴族連中の考えでは、今上にとっとと世継ぎを作らせてその子に帝位を継がせる算段だった。全ては、暴虐な皇帝の誕生を封じるためだ」

「だけどライヒアルドには妃も愛妾もなく世継ぎがいない。男色なのかって囁く市民もいたらしいけど?」

「それは知らん。……婚約者はいた」


 なんて噂だと口の端を引き攣らせつつ、ウィルゴは続けた。


「オルラルド城襲撃の真相がどうであれ、このままライヒアルドの遺体が見つからなければアラムが即位することになるだろうな……。息子はまだ五歳で、娘は外国に留学中だ」


「嫌だよねぇ、ただでさえいまの帝国は水際なのに」


「アラムが即位して軍の統帥権を得れば、恐らくはライヒアルドが在位中に停戦協定を結んだ南の国境線で開戦になるだろう。アラムはそれが帝国の歴史だと、他国の併呑とともに栄えてきた国だからと国土拡大を主張する。だが南は雨が少なく作物も育ちにくい土地で、少なくともいまの時点では血を流してまで得るべき土地ではない……。戦力も拮抗していた。だから長年ダラダラと戦が続いたんだ。その余波で疲弊している南部国境をこれ以上すり減らすのは賢くないどころか歴史的な愚王となること間違いない」


 淡々と知識を掘り起こしながら舌を回すウィルゴをおじさん連中はぽけっと見つめている。


 普段あまり喋らない方なのは自負しているので、語りを切ってふうと息を吐いた。


「アラムが国を壊すのを防ごうと思ったら?」

「ライヒアルドが生きて城に戻る。或いはアラムを討ち取って、別の誰かが即位する」

「そんなこと可能なのかよ? 冠ってのは血筋だろ」


 さっきまでごろごろ転がっていたウォンが起き上がって眉根を寄せる。


「可能だ。実際帝国一〇〇〇年の歴史の中で在位中に打倒された皇帝は少なくない。それでもやはりほとんどは帝室にほど近い貴族によって為されることが多いがな。皇帝は太陽神の子孫といわれてはいるが、実際の血筋を指すのではなく国を導く光の持ち主のことなのだと、いまはそういうことになっている」


「じゃあオレたちがアラムを倒して船長を皇帝にするなんてことも?」

「不可能ではない」


 おお、とどこからともなくどよめきが上がった。


 実際そのためには、恐らく「海賊に玉座を与えるなど言語道断」と已む無く結託するであろう貴族諸侯元老院、帝国陸軍、海軍、各騎士団や領主軍など全てを蹴散らす必要があるので、不可能でこそないが途方もない話ではあるのだが。


 それでも、いまの帝国にはそれくらいの衝撃があってもいいかもしれない。


 早速「イリヤを皇帝に即位させた後いかに国を立て直すか」という話題で盛り上がるクルーたちの、机上の空論未満の絵空事を楽しく聞いていると、ウィルゴの背中に小さな塊が突撃してきた。


「ニア。どうかしたのか」


 にっこり笑って隣に腰を下ろした彼女の、子どもらしい仕草に口元が緩む。


 海の荒くれ者どももこの子の笑顔に勝てる者はいないので、「あー今日もニアが可愛い」「あー世界平和」とでろでろ溶け始めた。


 自分よりも少し前に乗船したというこの小さな先輩クルーは、確かにアレンから紹介を受けたようにたいへん無口だったが、ウィルゴはニアのことが好きだった。他のクルーも勿論そうだ。


 喋ることはしないものの、少女らしい豊かな表情でたくさんのことを訴えてくれる。ウィルゴのことを気にかけてくれて、船内ですれ違えば手を振ってくれるし、よく傷の具合を気遣うような素振りもしていた。


 ここまで気にしてくれる理由がわからず最初は戸惑ったものの、手を振り返せば嬉しそうに笑ってくれるニアを見ているうちにそれもやがて霧散した。


 ニアはふくふくの小さな手でウィルゴの腕を掴み、持っていた傘を掲げて見せる。


「傘……町に下りたいのか?」


 とっても無口な彼女の言葉は、ウィルゴにはまだ正確に読み取れない。


 うむむ、と柔らかな眉を顰めたニアの表情を見るに、違わないが正解でもないといった様子だ。アレンがいれば解ってやれるのだが……。


 と、ひらめいた。


「アレンを迎えに行く?」


 正解のようだ。ぱあっと目を大きくさせたニアが立ち上がってぐいぐい腕を引っ張ってくる。


「おっ、ニアはウィルゴをご指名か。やっぱ若くてきれいなニーチャンがいいんだな」

「くさるなよウォン」


 めそめそ泣き真似を始めたおじさん連中にニアがわたわた駆け寄るが、彼らは可愛いニアをちょっと困らせて構ってほしいだけなので、ウィルゴは放置する。


「ニア、お誘い嬉しいのだが俺は……ヒルドレには」

「行っておいでよ。ジオはいまのところ追手の影はなさそうって言ってたよ、アレンも前みたいに間違えられていないみたいだし。ちゃんと変装してれば大丈夫、ニアと一緒にいると兄妹にしか見えないから」


 いつの間にジオもアレンもそんなことを気にしてくれていたのか、そしてサザまで気を回してくれたということがなんだかむず痒く、ウィルゴは小さく息を吐いてうつむいた。


 ひとまずニアを甲板に待たせて船室に戻り、傷跡を隠して、スカーフを頭に巻く。


 ウォンたちに小舟を出してもらって、上機嫌のニアと一緒に再びヒルドレへと上陸した。


 町に出たアレンがどこにいるのかは解らないが、なにやら自信ありげな様子でずんずん歩いていくニアに手を引かれ、ウィルゴはゆっくりとその横を歩いた。


 左手の中に納まる小さなニアの手の感触になんだか落ち着かない気分になる。


 体温の高い、少し湿った掌。こんな風に自分より小さな子と手をつなぐなんて、何年ぶりか数えるのも億劫なほどだ。


 夕方も近い時間ゆえか、市場の辺りは前回ほどの賑わいはなかった。


 ニアは店先に並ぶ魚や野菜、果物をきょろきょろと見渡していたが、眺めるだけで買うつもりはないらしい。


 やがて市場の通りを抜けて町の中心部までやってきた。


 衣料品や雑貨店などが立ち並ぶヒルドレのメインストリートだ。こちらには少女や、主婦らしき女性客の姿が目立つ。


「アレンがどこにいるかは解るのか?」


 ざっと見ただけでもかなりの数の商店が並んでおり、客の往来も多い。特別背が高いわけでもないアレンを見つけるのは骨が折れそうだが、ニアはただにこりと笑っただけだった。


 そのまましばらく、大通りをのんびりと歩く。


 辿り着いた町の中心には石造りの立派な時計塔が聳えていた。周囲は開けた広場になっていて、食べ物の屋台や装飾品などの露店が開かれている。所々にベンチが設えられて、犬を連れた老人や女性の三人連れなど、ヒルドレの住民がそれぞれに寛いでいた。


 空いていた一つに腰かけて、ニアは笑っている。

 疲れたから休憩したいというわけでもなさそうだ。ここでアレンを待つつもりらしい。


「……飲み物を買ってくるからここにいろ」


 船からだいぶん歩いたし、小さな体にはけっこうな距離だっただろう。


 飲み物を売っている屋台に並び、桃とぶどうのジュースを購入した。前回のカンラで衣服や武器の調達用に船長から貰った金の残りがあり、ヒルドレではほとんど外出しなかったので余りに余っている。


「お、きれーな兄ちゃん。さっき妹さんと手ぇつないで入ってくんのが見えたぜ! おまけしといてやるよ」


 屋台の店主は日に焼けた気のいい男性で、大口を開けて笑いながらジュースを入れた容器に薄紫いろの花を添えてくれた。ヒルドレではよく飲み物やデザートにつけられる食用の花だという。


 礼を述べてニアを待たせたベンチまで戻ってみると、誰もいなかった。


「ニア……?」


 場所を間違えたかと周囲を見渡すが、隣のベンチには先程と同じ、新聞を広げた老爺が座っている。年のわりにしゃんとしているニアが勝手にどこかへ行くはずがない。それともアレンを見つけて彼と合流したのか――


 そう考えながら辺りを見渡していると、ニアの黒髪が視界に入った。


 腕をばたばたさせて全身で踏ん張っている。その細腕を掴んで無理やり連れ去ろうとする、見知らぬ男。


 かっと腹の奥に熱が広がった。

 気付いたときには大股で近寄り、先程買ったばかりのぶどうジュースを男に向かってぶちまけていた。


 被害をこうむった一般人がいなかったのは幸いだった。容器を投げ捨て、腰に吊っているスティレットを鞘ごと外し男の喉元に突きつける。


 男の手から解放されたニアがひしっと抱きついてきた。


 その柔らかな体が震えているのが伝わってくる。全く許し難い己の油断に盛大に舌打ちを洩らしながら、桃ジュースを持ったままの腕でニアの肩を抱いた。


「うちの妹に何か用か」

「クソ……」


 身を翻して逃げようとした男が次の瞬間地面にすっ転ぶ。


 アレンが伸ばした足に引っかかって見事に倒れた男を見下ろし、けろりとした顔で「何こいつ」と首を傾げた。


「知らん。ニアを拉致しようとしていた」

「へえ、そりゃ面白い。詳しく聞かせろよ」


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