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先を知るのは神様だけ

「ーーーー」



 微睡(まどろ)みのなか、ヒトの気配を感じてケンタウレのミネルヴァは目を覚ました。懐かしい夢を見たと欠伸(あくび)する。テントの外から愚弟(ぐてい)と誰かーーー恐らくあの拾った子供だーーーの声が聞こえた。バサリ、と少しくすみ、すっかり伸びきってしまった赤毛を後ろへと追いやる。

 ミネルヴァは黙ったまま姿勢を正し、拾った子供が入ってくるのを待った。(ひづめ)の音がどんどん近づいてくる。



「ここに俺の恩人にあたる人が…?」


「そうなるな! お前さんを助けたのは私の身内ーーまあ、姉にあたるケンタウレでな、お前さんのことを色々聞きたいらしい。変わり者の姉だが悪いものではないのだ。どうか、甘く見てやってほしい」


「……俺が出来る範囲でなら応えよう。俺はそうとしか言えない」


「ハッハッハ! それだけでも充分だ。さあレガン。姉上が首を長ぁくして待っている」



 おしゃべりで声も図体もでかい愚弟(ぐてい)がなにやら言っている。誰が変わり者か。私からしたらこの愚弟(ぐてい)の方がだいぶ変わり者であった。

 いや、そんな事よりも、だ。あの拾った少年の名前は”レガン”というらしい。冷え切っていた体には暖かい毛皮をかけ、そこかしこについていた(あざ)や傷には治癒(ちゆ)魔法を施しておいた。声を聞く限り元気そうだった。



「失礼します」



 何事もないようで何よりと息を吐けば入り口に赤毛の多いケンタウロスには見ない毛色、青みがかった髪を後ろ一つに結んだ青年ーーーレガンが姿を表す。思っていたよりもその目つきは鋭い。森の賢者はニヤリとその口元を(ゆが)めた。



「ーーーやあ、待っていたよ”レガン”。愚弟に迎えに行かせてすまないね、私自身が迎えに行ければ良かったのだが…生憎(あいにく)と暇がなかったんだ。…ああ、私の名前はミネルヴァ。バーガンディーの実の姉でありこの森の賢者と呼ばれている。しかし私自身そんな大層なものでもない。楽にしてくれ」



 笑顔で迎え入れれば緊張した面持ちのレガンの表情が少しだけ(ゆる)んだ気がした。差し出した右手は角張った手に握り返される。

 彼の体温は生ある者にしては冷たく感じた。



「……いえ、構いません。命を救って頂いたこと、誠にーーー」


「ああ、ああ、レガン。そんなに大したことはしていない。まだるっこしい事は止めにしよう。私は君の事が知りたくてここに呼んだのだ。礼ならそれで良いさ」


「……はい」



 目を伏せたレガンに、そこに座るといい、と私の目の前にある茣蓙ござを指差せば彼は一礼してそこに座る。暗い色をした目がこちらを見てゆっくりと瞬きをした。



「思っていたよりも随分と暗く、荒んだ目をしているのだね、君は」


「…そうでしょうか」


「ああ、そうだとも。まあ、君のことだ。きっと気付いているけれどソレには見ていないフリを続けるんだろう?」



 怪訝(けげん)そうな顔をしたレガンは私の言葉に少しだけ目を伏せた。意地悪く笑う私はきっと世間一般で言う性格の悪い嫌味な女だった。



「さてレガン」


「はい」


「君に問おう。ここは青の森。近いと言っても馬の足を使って一週間そこらのところに大国”シェアン”が存在する。普通に考えてみればありえない話だが君が流されてきた日の丁度前日に大雨が降ってね。川の流れが尋常(じんじょう)じゃなく速かった。……考えるに君はシェアンの住民かな? 魔の力が弱まる雨、なぜ君はそんな雨の中外にいたのか私は不思議で仕様がない。普通のヒトなら黙って家に(こも)っていればいい……違うかい?」



 私のソレは確信に似た何かだった。きっと彼がこの狂ってしまった世界に終止符(ピリオド)をうつ。私はそんなぽっと出の考えを易々と受け入れた。

 きっとあの日は偶然ではなかったのだ。

 彼が濁流の中を"運良くケンタウロスたちの住まう青の森の奥地の近くを流れる川縁に流れ着き、運良く拾われ助けてもらう"など。




ーーーそんな上手いことが偶然であって良いはずがないのだ。




「……この世界が繰り返している、と言ったら貴方は笑うだろうか。別に俺はそれでも構わないのだが、今から話すことは全て本当のことであると前置きしよう」


「……ほう。

 まあ、君の問いに関する答えだが、私たちは気づいている。だいぶ前から気づいていたよ、レガン」



 私がそう答えればレガンは大して驚いた様子もなくそうか、と呟いた。視線を一度床に向け、そうしてしばらくの逡巡(しゅんじゅん)ののちレガンはもう一度私の方へと向き直った。



「いつから可笑しくなったのか、それを思い出すのはもう難しい。でも、今まで俺に起きたことを話すことはできる」


「ああ」


「簡単に言うと、恐らくこの世界はある一定の時間軸をずっと繰り返している。それがいつ終わるのか、何が目的なのかは当然のことながら俺には理解できない。理解できないが、一つだけ言えることがある」


「聞かせてくれ」


「ーーー繰り返している時間があまりにもタイミングが良すぎることだ」



 曰く、始まりはレガンの誕生の催し物に現れる少女に関係していること。

 曰く、その少女は異質であること。

 曰く、レガンにとっての世界の終焉はいつも血に濡れていること。

 曰く、世界はレガンが死ぬと同時にまた”変わりない”世界を再構築していること。



「俺はもう数え切れないほど何度も死んだ。死んで死んで、わかったことはこの世界は理不尽であること、ただそれだけだった。俺はもうあんな(みじ)めな思いも、無様な姿も晒したくなかった。だから俺は”こと”が起きてしまうその前に国から離れることにした」



 離れることには成功した。まあ、ボロボロになって無様な姿であるのには変わりないようだけれど。と肩を竦めたレガンは確かにボロボロではあったものの、ミネルヴァの目にはなぜか楽しそうに見えてしまった。生き生きしている、とでも言うのだろうか。



「……ふむ、君の言い分は理解した。きっとそれは真実だろう。私たちも気づいていながら同じ世界と同じ行動を繰り返す毎日だ。何か行動を起こせれば良かったのだろうが、不思議な力が働いているようでね。君を救い、こうして話をしている。この行動は奇跡に等しい」


「やはりこの世界は狂っている」


「ふっ、はは、同意しよう。しかしそうだな……今までにない行動ができている今、これは好機と言えるぞ、レガン」



 ちょいちょいとレガンを軽く手招いたミネルヴァは内緒話をするように声を潜めた。



「ーーーどこまでお前自身が逃げきれるのか、賭けてみるがいい、レガン。掛け金はお前のその命ただ一つ。どこまでそのサダメから逃げられるのか、変えられるのか。我らはお前を支援しよう。新しい”展開”に我らは喜びを感じているのだ。何か困ったことがあったら言うがいい。我らにできることなら力の及ぶ限り協力しよう」



 丁度レガンの心の臓辺り、そこを人差し指でトンとつけば目の前の彼は少し怯んだように私を見た。



「俺自身を、賭ける…?」


「嗚呼、そうとも」


「……危険なゲームだ」


「だからこそ面白い。そうは思わない?」


「………」



 ニヤリと笑いかければニヤリと笑い返される。(すさ)んだその目が少しだけ生気を放つのをミネルヴァは見逃さなかった。



「レガン。お前が逃げ切ればこのゲームは君の勝利さ」


「少しでも長く、生きれるのなら俺はその賭けにのるしか、ないんだろうな…」


「分かっているなら答えは一つしかあるまいな?」


「意地が悪い、と言われないか?」


「さあ? 初めて言われた」



 ミネルヴァは笑いながらそう言い、君に渡すものがあると背後に置いてあったものを(つか)んでレガンの方へと軽く放った。


「これは、」


「ああ、君の荷物だ。少しだけ借りていたよ。剣や少しの持ち物はなんとかなったのだがあれだな、君が鞄に入れていた携帯食料なんかは川の水を吸って大惨事だったからこちらで処分しておいた。代わりになにか日保ちのするものを渡そう。君には要り用だ」


「何から何まですまない」


「気にせずとも良い」



 レガンは戻って来た荷物の中から自分の剣を取り出すと安心したように息をついた。自分が幼い頃に父から貰った扱いやすい剣。華美(かび)な装飾も何もないあくまで練習用の剣。しかしそれをレガンは気に入っていたし、その剣は練習用にしては切れ味が良かった。



「有意義な時間だったよレガン。愚弟に送らせよう、テントに戻り十分な休息を取ってくれ。そうだ、最後に一つ」


「?」


「君はここを出たらどこに向かうつもりなのか、それを聞きたくてね」



 ミネルヴァの問いにレガンは少し考えるような素振りを見せ、少しの逡巡(しゅんじゅん)ののちに口を開いた。



「……恐らくシェアンからは捜索隊が出ている。戻る気なんてさらさらないが、いつ見つかるとも限らない。俺は明日の朝ここを発ち、大国”イェラ”に向かう。確かあそこには冒険者ギルドがあったはず…。そこで当面の資金を稼ごうと思っている」


「腕に自信は?」


「そこそこ」


「そこそこって答えるやつは自分の力量をきちんと把握した者が使う言葉だ。……君ならまあ大丈夫だろう。ここからイェラはそう遠くない」



 ミネルヴァの言葉に黙って頷いたレガンは立ち上がると静かに入口の方へと足を向けた。入口付近で振り返り、未だに茣蓙ござに座り込んだままのミネルヴァに会釈する。笑って見送るだけに留めたミネルヴァから視線を外し、レガンは外に出た。



「……ふう」


「ん? おお、早かったなレガン」


「バーガンディー」


「お前さんのテントまで送ろう。姉上に任されているのでな」


「ああ、頼む」



 乗れ、と(かが)むバーガンディーの背にレガンはヒラリと(またが)った。グンと高くなる視界にカポカポという蹄の音。風に揺られる木々の音にさえずる鳥たちの声。レガンの心中は今までにないくらいに穏やかだった。シェアンではこんな気持ち味わえなかった。いつも何かに怯えながら生きていた、あの時と今は違うのだ。



「レガン、お前さんはこれからどうするつもりでいるのだ?」


「急な話ではあるが明日ここを発ち、イェラに向かおうと思っている」


「明日!? それはまた、本当に急な話であるな。いやなに、行き先がイェラなれば私がそこまで乗せていってやろう。お前さんにはあまりのんびりしている暇がないのだろう?」


「ああ、そうだな…。俺にはあまり時間がない。きっと賢いやつらには俺がシェアン周辺にはいないのではないか、という話が出ているはずだ。もし、の考えを捨てない奴らだ。探す視野を広げるに違いない」



 この森も例外ではないな。とレガンが呟けばバーガンディーはうむと頷いた。



「森にヒトの手が伸びるか。眷属たちに喚起(かんき)(うなが)さねばならん。無駄な戦闘は避け、なるべく被害を減らさねば」


「人は暗闇を恐れる。行動するなら夜中がいいだろう」


「助言に感謝しよう。」



 それきり二人の間に会話はない。一人はこれからの行動を考え、そしてもう一人は守るべきもののためを思った。

 旅立ちは明日。深く息を吸って静かに止める。瞼を閉じて鼓動する心臓に耳をすませた。死んでたまるものか。心の中で呟き、目を開いた。

もう少し早く更新できるように精進します…!

ここまでの読了ありがとうございました!

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