無知という侵略
無知は罪だと誰かが言った。
ガタガタ ガタガタ
大国シェアンへと続く道。周りを護衛のものに囲まれた一台の馬車が音をたてながら走り抜けていく。
中には一人の少女と一人の付き人。少女はそわそわと落ち着きなく外の景色を見てはしきりに付き人へと声をかけている。少し呆れながらもそれに付き合う付き人は優しい目でその少女を見ていた。
「ハリマ! シェアンへはあとどれくらい!?」
「お嬢様、それには先ほどまだまだですよとお答えしたばかりではありませんか」
「そうだったわ! ごめんなさいハリマ。私、遠出はあんまりしたことがなくってついはしゃいでしまったわ」
恥ずかしそうに下を向く彼女は贔屓なしにしても酷く愛らしい。少女が嬉しそうに笑う度にその大きな黒目がちの目は蕩けるよう。ハリマはそんな少女を心の底から愛していた。もちろん親愛という意味で、だ。
「ずっとこの日を楽しみにしていたのよ私」
「ええ、ええ、お嬢様のお気持ち、このハリマよぉく存じ上げておりますよ」
「ふふ! シェアンにはどんな素敵な出会いが待っているのかしら。お友達も欲しいわ、お茶会を開いて服や装飾、あと、素敵な殿方のお話もしたいわ!」
「大丈夫です。お嬢様ならすぐにお友達が出来ますよ」
「本当? ふふ、嬉しいわ!」
上気した頬を両手で抑え笑みを深める少女と付き人。
この愛らしい少女の名前を”シャルロッテ・ブーゲンビリア”といい、田舎貴族の生まれの者である。真面目なシャルロッテの両親が王であるジェネラスにその働きを買われ、王国への移動を認めて貰った結果が此度の移動の目的であった。シャルロッテの両親は一足先に王国へと旅立ち、今はその後を娘であるシャルロッテとそのお付きの者が追っている形である。
「お嬢様、シェアンへはまだまだ時間がございます。長旅でお疲れでしょう、シェアンが見えましたらお声をお掛けします。さあ、今は少しでも休んでおかなければ」
「あら、それはハリマも同じではなくって? 私はこの通り元気よ?」
「おや、このハリマにはお嬢様の目の下の隈がハッキリと映っているのですが、気のせいにございましょうか?」
「う、」
「お嬢様の顔色が優れないとなれば旦那様や奥方様が悲しみます。どうぞご自愛下さいませ」
「みんな心配性だわ! ……でも、そうね。お父様たちに余計な心配はかけたくないもの」
シャルロッテはその大きな目を少しだけ伏せるともう一度外の景色に目を走らせ、そしてハリマへと向き直った。
「ハリマ」
「はいお嬢様」
「シェアンが見えたらちゃぁんと起こしてね。目が覚めたらベッドの中だった、なんて笑えないわ」
「お任せくださいお嬢様」
シャルロッテは一つ頷くと静かに目を閉じた。ガタガタと馬車の揺れる音に周りを囲む護衛たちの軽口が聞こえる。嗚呼、なんて心躍る遠出だろうとぼんやりと思い、そうしてシャルロッテの意識はすぐに夢の中へと旅立った。
それは穏やかなある日の話である。
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「!!?」
またもどこかの大陸の、どこかの国の、どこかの街の、どこかの施設にて。
何やらごちゃごちゃした機械と資料をにらめっこし続けていた艶やかな女。それが急に物凄い勢いで一際大きなテーブルに広げてあった地図を振り返る。
「……あ、ァア、」
地図に駆けよった彼女はわなわなとその体を震わせ、力無く資料を床へと落とした。
なんで、とグロスの塗られた唇が小さく動く。
「センセェ、センセェ…!!」
呆然とその地図を見ていた彼女だったが急にハッと顔を上げるとある一室へ向かってまた駆け出す。彼女の目線の先には頑丈そうな扉が一つ。少しも勢いを殺さないまま彼女は跳躍し、そしてその扉へ蹴りを放った。
ガァアンッ
「ハァッッッ!?」
鈍い音を響かせながらその扉は開いた。中にはこれまたごちゃごちゃした機械とその近くでなぜかひっくり返っている男が一人。艶やかな女は首を傾げると
「センセェ、お昼寝ですカ?」
「ッッバァッッッか!! お前は何度いッたラ分かるンだこの怪力女!! ノックは足じゃナく手でやるモンだって毎回いッてンだろ!?」
「だァッてこの扉とってモ重いンですヨォ?」
「怪力女がナにいッてンだ。そンなの余裕で開けレるダロう!?」
未だに顔を真っ赤にさせて怒り狂う男を見て女はまた首を傾げた。はて、センセェはなぜこんなに激怒していて、私は一体何をしに来たのだったか。
この女、研究熱心でそして技術もある腕の確かな者ではあるのだが、いかんせん研究の事以外となるとからっきしなのが玉に瑕であった。
「デ? お前は一体ナにしに来たンだ。マダ"アレ"の調整は終わッてないンだろウ?」
「エットー確かに終わってないンですケドォ……」
「けど?」
「センセェ、アタシ、何しに来たンですっけェ?」
「知らネぇヨッッッッ!!!!!」
男は埒があかないとばかりにため息をつき、体を起こした。おおよそ人体から鳴るべき音ではないベキだのゴキだの音を鳴らし、男は先程まで女が作業していたスペースへと足を向けた。
「センセェ?」
「お前は馬鹿だが阿呆ジャない。"何かあった"から僕に知らセニ来たんダロ」
まあ、内容を忘れる点は評価できないどころかマイナスだがなと吐き捨てるように男は言う。その後ろで不思議そうにしていた女は、そんな男を見てキラキラと目を輝かせていた。
「あぁん、センセェやっぱリ超ステキ!!」
「喘ぐナ、あと阿呆みたイな喋り方モ即刻ヤメロ。僕は好かなイ」
「ハァイ、センセェ」
素直に首を縦に振った女に男は呆れたように溜め息をついた。少しだけ凹んだ扉をぞっとしながら見、部屋から出る。
相も変わらずごちゃごちゃしていて汚い研究室ではあったがそこは男にとっても女にとっても夢のような場所であった。
「…………んン?」
研究室を見てうっとりとしていた男の目が大きなテーブルの上で止まる。地図にはなにやら赤い文字が付け足されていた。
「不具合? ……おイ、」
「ハァイ? どうカしまシタか、センセェ?」
「あの不具合、ナニ」
男の指さすテーブルの上の地図を見て女はその笑顔を凍り付かせた。
「センセェ!! そうでシタソうでしタ!!」
「は? なンだよ」
女の様子がおかしいのはいつもの事だと、テーブルまで見送った先、センセェ大変なんですよと声をかけられる。
のろのろと近付く男に痺れを切らしたように女は声を荒げた。
「センセェ!! この不具合例の"少女"ですワァ!!」
「ハァッッッッ!?」
男は即座に地図へと駆けよると赤文字をのぞき込んだ。よくよく見たらそれは未だに移動を続けているのか、少しずつ位置が変わっている。
"侵略者"と赤文字で書かれたソレに男はフザケルナとテーブルを拳で殴った。
「こノ不具合はアノ時に"直した"ダロう!!? ナんでまた発生してヤがる!!??」
「ゴメンなさいセンセェ……原因もヨク分からナイシ、例の如く"突然現レた"ンでいつものヤツかなぁッテ…」
「イツものヤつで片付けラれちャあ困ンだよ!! この不具合が"ヤツら"にバレたらマァタくっだらねェ事手伝わサれル羽目になる……」
「新しい行動モ視認デキましたシィ……"リセット"するのハ正直言って勿体なイ気がシますワァ」
二人は考え込むように顎に手を当てた。しばらくの沈黙のあと、男が顔を上げないまま女に問いかける。
「ナァ、」
「ハァイ?」
「僕ニ考えガアると言ッたらドウする?」
「勿論センセェに従イますワァ! ……デモ、アタシにも考えがアるんですケドォ……」
男も女もほぼ同じタイミングで顔を上げ、そしてお互いの顔を見合った。男がニヤリと口の端をあげ、女に言う。
「僕たち、同じコトを考えテると思わなイカい、怪力女」
「エェ、奇遇デスね、センセェ」
「「この過程は不具合ではなく、必要な行程である」」
女が資料に書き込み、男はスルリと地図の上で指を滑らせた。指についた埃に息を吹きかけどこかへ飛ばす。
「ソウダ、お前が現れル事ニよッテ死ぬ人間はソコには居やしナいヨ。彼はヨウヤク若くしテ命を落とすナンテ可哀想な運命カラ"自分の力で"抗い始めタんだから」
何度直しても出てくるお前みたいな不具合は初めてだけれど、と男は言い、小さく息を吐いた。
「"天才"デあルこの僕ヲ悩まセルなんテ、大したモノだよ。お前のせいデ予定が少シズレてシマった。ナンテ不愉快な存在」
不機嫌そうに吐き捨てた男はくるりと女へ視線を移した。女はすでに資料に書き込み終わっていたのか暇そうにクルクルと自分の髪を指で巻いては解くを繰り返していた。それを視界に留め目を眇める男。
「修正は?」
「終わりマシタ、ヨ?」
「終わッタんなラ作業ニ戻れ。"アイツら"に勘付かレる訳ニハいかナいからナ」
「ハァイ、センセェ。センセェこそヘマしナいで下さいヨォ?」
「この僕がソンナヘマスるトデモ?」
軽口をたたき合った二人はもう一度ニヤリと笑いあうとそれぞれの作業へと戻っていく。大きな機械と向き合う女に先程女が蹴り開けた扉を全力で開ける男。
ギィィ、
大きなテーブルに残されていた地図。先程まで赤字で書かれていた筈の文字の羅列は黒文字へ変化していた。その黒文字は未だに少しずつ動いている。
「アア、オモい、オモい」
ガチャン
扉の閉まる音が大きく響いた。
その場に残るのは機械の動く軋んだ音だけである。
ここまでの読了ありがとうございました!
誤字など修正箇所がございましたら報告していただけると幸いです。
余談ですが私はこの男女が結構お気に入りの二人だったりします。




