人生の黒字化を目指して歩いているところです
国境を越え、隣国の街道を歩むノアの足取りは、驚くほど軽やかだった。
ふと、背後を振り返る。
あれほど巨大に見えた帝国の城壁が、今はもう地平線の彼方に小さく霞んで見える。
「さて、次はどこへ行こうか」
ノアはソロバンを懐にしまい、道すがら拾った地図を広げた。
当面の目標がある。
コンサルタントとしてではなく、一人の自由な人間として、世界の「数字」ではないものに触れてみたかった。
その時、街道の向こうに、商人の馬車が見えた。
御者が焦った様子で手綱を引いている。
積み荷が崩れ、馬が悲鳴を上げた。
どうやら車輪が泥濘に嵌り、身動きが取れないようだ。
「くそっ、これじゃあ納期に間に合わない! 積み荷が届かなければ、俺の商売は終わりだ!」
商人が天を仰いで嘆く。
ノアは立ち止まり、様子を観察した。
泥の深さ、馬の疲労度、積荷の重量、そして馬車の傾き。
すべてが脳内で計算され、最適解が弾き出される。
……職業病だな。
ノアはため息をつきつつも、商人に近づいた。
泥を掘り、てこの原理を利用するための鉄棒を借り、荷の重心を修正するよう指示を出した。
「そこを三センチだけずらして。……今だ!」
ノアの手助けで、馬車は容易く泥濘を脱出した。
商人は目を丸くし、何度も頭を下げた。
「あんた、ただの旅人じゃないな……! 一体、何者なんだ?」
問いかけに、ノアは少しだけ悪戯っぽく笑った。
「ただの……旅のコンサルタントですよ。
今は、人生の黒字化を目指して歩いているところです」
商人は不思議そうな顔をしながらも、礼として銀貨を差し出した。
ノアはそれを、掌の上で転がす。
帝国で弾いていた何億もの金貨よりも、ずっと純粋で心地よい重さだ。
ノアが去った後、帝国は頭を抱えていることだろう。
しかし、そんなことはもう、ノアの計算外の出来事だ。
次に歩む道が、どんな物語を紡ぐのか。
ノアは新しい風を感じながら、真っ白な地図の先へと歩みを進めた。
(完)
第6話までお読みいただき、ありがとうございました。
帝国の帳簿から解放されたノアは、ようやく自分自身の人生を歩み始めました。
その先は、皆様のご想像にお任せできればと思います。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




