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小説・桃から生まれた桃太郎  作者: 江戸山乱理
四章 議論百出
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21 親から子への授与

21 親から子への授与

 お爺さんは、岩切りの太刀を見下ろしながら、長い沈黙に沈んだ。その胸中には色んな思いが去就しているのだろう。自分自身の若い日の時代を思い出しているのかも知れなかった。

 やがて、お爺さんは気持ちを鎮めるように、一つ大きな息を吐くと、

「本日、わしは桃太郎にこの太刀を授ける」

 と高らかに宣言した。この発言は極めて重要だった。名実ともに鬼ヶ島討伐を認めたことになるわけである。

 それを理解したお婆さんの顔からは、サッと血の気が引いて青白くなったが、家長の決断に口を挟むことは慎まねばならなかった。

 お爺さんはゆったりとした手付きで、布袋を外し、太刀を取り出した。年季の入った黒い鞘が現れた。桃太郎は姿勢を正した。

「桃太郎、この太刀を受け取れ。そして、見事、鬼共を打ち取って参れ」

「ははっ」

 桃太郎は拝跪して、両手を頭上に掲げた。

 太刀はお爺さんの手から、桃太郎の手へと移された。

 桃太郎は両の掌の上に載せられた太刀の重さをズシリと感じた。それは自分に課された責務の重さなのだと思うと、何とも言えない感動が全身を貫いた。

「この太刀、謹んで受け賜りましてございます。この桃太郎、お約束は決して違えませぬ」

 桃太郎は太刀を拝領したままの姿勢で、頼もしく答えた。

 お婆さんは二人の間の太刀の授与をそばで見ていて、その荘厳さに感動を覚えたのは事実だった。しかし、それと同時に

(ああ、やんぬるかな)

 と慨嘆の声を上げたいと思ったのも事実だった。もうこれで、桃太郎の鬼ヶ島行きが決定してしまった。そう思うと、腑抜けたように力が抜けて、その場にヘナヘナと崩れて倒れてしまいそうだった

 お爺さんは、自分が独り決めをしたせいで、お婆さんが気重そうな顔をしているのを見て、やはり気の毒に感じざるを得なかった。お爺さんと桃太郎は声を揃えて、お婆さんを励まし始めた。

「婆さんや。何もそう心配することはあるまい。桃太郎はきっとやってくれるはずだ」

「はあ……」

「お婆様。お爺様のおっしゃる通りでございます。この太刀があれば百人力です。向かうところ敵なしです。鬼共には、この桃太郎が目に物を見せてくれましょうぞ」

「ええ……」

 お婆さんの本音としては、言いたいことはたくさんあった。しかし、お爺さんと桃太郎が大真面目な顔で熱く盛り上がっていたので、そこへ水を差すようなことはし兼ねた。

(なぜ男というのは、いくつになっても、そんな危うい橋を嬉々として渡りたがるのだろう……)

 お婆さんは感心したような、呆れたような気持ちで、溜息をついた。

(それは、男という生き物のえらさと言うべきなのか、それとも愚かさというべきなのだろうか?)

 今のお婆さんは、二人の勢いに圧倒されて、この場では、その判断はつき兼ねた。

 もっとも、後刻、お婆さんはお爺さんと二人きりになった時、思いの丈をぶつけた。

 あの時は、その場の雰囲気に流されて、諦めた気持ちに傾いていたのだが、やはり、桃太郎の命が掛かっている以上、そう簡単に納得するわけにはいかなかった。また、心配で心配で、お爺さんに何か一言言わないと気が済まなかった。

「お爺様。今更、話を蒸し返すようではありますが……」

 とお婆さんは言いかけた。しかし、お爺さんは手を振って、

「分かっている、分かっている。婆さんの言いたいことは分かる」

 と、全てを言わさなかった。

「で、でも、お爺様……」

「婆さんが桃太郎のことを心配しているのは、十分知っておる。その気持ちはわしも全く同じじゃ」

「じゃあ、なぜ桃太郎を鬼退治などに行かせるのですか」

「……」

「ねえ、お爺様」

「うむ。おそらく、あれは神の子だ」

「あれとは、桃太郎がですか?」

「そうだ。わしは、あの子は、天が遣わしたのだと思う。婆さんは桃太郎の立ち居振る舞いを見て、そんな風には思わないか」

「まあ、確かに、桃太郎は、神ががって、人並外れて所がありますわね」

「そうだろう。だから、桃太郎がしたいと言うことを、我々が止めてはいけないような気がするのだ」

「……」

「そうじゃないか」

「しかし、私は桃太郎を死なせたくないのです」

「……」

「お爺様も、それは、同じ思いなのでしょう?」

「もちろん、そうだ」

「なら、今からでも、中止を」

「いや、わしは信じておる。あの子はきっとやるはずだ」

 お爺さんは自分自身に言い聞かせるように、その言葉を繰り返して、遠い目をして窓の外を見つめた。お婆さんは、もうこれ以上は何も言えなかった。


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