21 親から子への授与
21 親から子への授与
お爺さんは、岩切りの太刀を見下ろしながら、長い沈黙に沈んだ。その胸中には色んな思いが去就しているのだろう。自分自身の若い日の時代を思い出しているのかも知れなかった。
やがて、お爺さんは気持ちを鎮めるように、一つ大きな息を吐くと、
「本日、わしは桃太郎にこの太刀を授ける」
と高らかに宣言した。この発言は極めて重要だった。名実ともに鬼ヶ島討伐を認めたことになるわけである。
それを理解したお婆さんの顔からは、サッと血の気が引いて青白くなったが、家長の決断に口を挟むことは慎まねばならなかった。
お爺さんはゆったりとした手付きで、布袋を外し、太刀を取り出した。年季の入った黒い鞘が現れた。桃太郎は姿勢を正した。
「桃太郎、この太刀を受け取れ。そして、見事、鬼共を打ち取って参れ」
「ははっ」
桃太郎は拝跪して、両手を頭上に掲げた。
太刀はお爺さんの手から、桃太郎の手へと移された。
桃太郎は両の掌の上に載せられた太刀の重さをズシリと感じた。それは自分に課された責務の重さなのだと思うと、何とも言えない感動が全身を貫いた。
「この太刀、謹んで受け賜りましてございます。この桃太郎、お約束は決して違えませぬ」
桃太郎は太刀を拝領したままの姿勢で、頼もしく答えた。
お婆さんは二人の間の太刀の授与をそばで見ていて、その荘厳さに感動を覚えたのは事実だった。しかし、それと同時に
(ああ、やんぬるかな)
と慨嘆の声を上げたいと思ったのも事実だった。もうこれで、桃太郎の鬼ヶ島行きが決定してしまった。そう思うと、腑抜けたように力が抜けて、その場にヘナヘナと崩れて倒れてしまいそうだった
お爺さんは、自分が独り決めをしたせいで、お婆さんが気重そうな顔をしているのを見て、やはり気の毒に感じざるを得なかった。お爺さんと桃太郎は声を揃えて、お婆さんを励まし始めた。
「婆さんや。何もそう心配することはあるまい。桃太郎はきっとやってくれるはずだ」
「はあ……」
「お婆様。お爺様のおっしゃる通りでございます。この太刀があれば百人力です。向かうところ敵なしです。鬼共には、この桃太郎が目に物を見せてくれましょうぞ」
「ええ……」
お婆さんの本音としては、言いたいことはたくさんあった。しかし、お爺さんと桃太郎が大真面目な顔で熱く盛り上がっていたので、そこへ水を差すようなことはし兼ねた。
(なぜ男というのは、いくつになっても、そんな危うい橋を嬉々として渡りたがるのだろう……)
お婆さんは感心したような、呆れたような気持ちで、溜息をついた。
(それは、男という生き物のえらさと言うべきなのか、それとも愚かさというべきなのだろうか?)
今のお婆さんは、二人の勢いに圧倒されて、この場では、その判断はつき兼ねた。
もっとも、後刻、お婆さんはお爺さんと二人きりになった時、思いの丈をぶつけた。
あの時は、その場の雰囲気に流されて、諦めた気持ちに傾いていたのだが、やはり、桃太郎の命が掛かっている以上、そう簡単に納得するわけにはいかなかった。また、心配で心配で、お爺さんに何か一言言わないと気が済まなかった。
「お爺様。今更、話を蒸し返すようではありますが……」
とお婆さんは言いかけた。しかし、お爺さんは手を振って、
「分かっている、分かっている。婆さんの言いたいことは分かる」
と、全てを言わさなかった。
「で、でも、お爺様……」
「婆さんが桃太郎のことを心配しているのは、十分知っておる。その気持ちはわしも全く同じじゃ」
「じゃあ、なぜ桃太郎を鬼退治などに行かせるのですか」
「……」
「ねえ、お爺様」
「うむ。おそらく、あれは神の子だ」
「あれとは、桃太郎がですか?」
「そうだ。わしは、あの子は、天が遣わしたのだと思う。婆さんは桃太郎の立ち居振る舞いを見て、そんな風には思わないか」
「まあ、確かに、桃太郎は、神ががって、人並外れて所がありますわね」
「そうだろう。だから、桃太郎がしたいと言うことを、我々が止めてはいけないような気がするのだ」
「……」
「そうじゃないか」
「しかし、私は桃太郎を死なせたくないのです」
「……」
「お爺様も、それは、同じ思いなのでしょう?」
「もちろん、そうだ」
「なら、今からでも、中止を」
「いや、わしは信じておる。あの子はきっとやるはずだ」
お爺さんは自分自身に言い聞かせるように、その言葉を繰り返して、遠い目をして窓の外を見つめた。お婆さんは、もうこれ以上は何も言えなかった。




