鶏さんからお手紙ついた
早馬便が置いていった手紙の書き出しは、あやつらしく、時候の挨拶などは無かった。
近況の報告がざっくり二行。そして、すぐに本題が書かれてあった。それは手紙というより分厚い嘆願書の様な束。
3ヶ月前、湖畔の森でスイ・フカツという、女性をジョゼフ・ルーサンベルトは保護したらしい。
その容姿は凡そサルバドの容姿とは異なり、かなり遠方からの異国民だと推測された。
彼女とどうしても結ばれたいのだが、何分身分を守る手盾がない。
サルバドの貴族の者たちに口出しを受けるのではと危惧していた。
ゼルダクエストゆかりのもので、年老いた男爵位の親戚が居たはず。そこの養子にしてもらえないか?と言った内容だった。
一息にそこまで読むと、巻きタバコに火を点ける。
私はジョゼフが変な女に騙されているのでは……と、一瞬手紙を推敲した。
森で行き倒れたフリをして、脳筋を揶揄ったり、資産を狙う女狐では?と、疑いを持ったのだ。
何せあやつは私の考えが正しければ、30過ぎの妖精。慰問の娼婦でさえ断っていた馬鹿である。
見目の良い女狐なら簡単に手玉にとるのでは………と、思ったのだ。
しかし、手紙を読み進めるにつれ、女は非常に高い学位を持ち、見識もかなりの者と見られた。
金銭の知識はあるがこの国のレートは未だ理解していない。歌を嗜み質素で慎ましやかな生活を、送っているそうだ。
そしてジョゼフの身分を『木こり』だと思い込んでいる。
『木こり……』
ブワァッハッハッハッハッハッ
私は久しぶりに声を上げて笑った。
手をついたテーブルもガタガタと揺れるほど笑ってしまった。
ジョゼフは厳つい騎士団の中でも眉目秀麗な男だったが、一体どんな貧しい服を着て彼女と会っていたのか……
こんな勘違いは聞いたことがない………
ジョゼフは領地に小さな屋敷は建てているのだが、彼女を他の者の目に晒したくないという理由から、湖畔の森の小屋に閉じ込めているらしい。
驚くほどの粘着質な気持ちを書き綴っていたので、年寄りの私でも所々、冷や汗が出た。
しかし、あの朴念仁男が遂に恋に落ちたのだ……と、喜びも隠せない。
私は妻を呼び、ジョゼフに春が訪れたぞ、と手紙を見せる。
サラは手紙を読むと嬉しそうに笑い、私の手を取った。
『私たちの家族になって頂きましょう』
元よりそのつもりだ、と頷くと同封されていた書類にサインを始める。
執事が持ってきた紅茶に一口、口をつけ娘の来訪に向けて準備をしようと、語り合う。
プラチナの髪をきっちり結い上げた妻は60を超えて尚美しい。だが、久し振りに満面の笑みを称えるその姿はまた、いくつか若返った様だ。
お祖母さんになる夢がもう一度見れそうだわ……と嬉しそうに微笑み書斎からゆっくりと出て行った。
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3日前の夜、結婚を申し込まれ
いや、結婚していたんだけど……………
初めてマトモに好きな人がが出来た!と、思ったら、ストーカーみたいに張り付かれていた事実を知り、でも、彼のこと好きだし、私も家捜ししてたし、と、気持ちに折り合い付けたら、今度は私の許可無く入籍してると言われた。
いっぱいいっぱいになって、睨みつけたら
『そんな、熱い視線で見つめないでくれないか……』
と、赤面しながら悶えられた。
我慢できる自信が……
って、呟くな。
その日は何とかジョゼフを寝室に押し込め、私も興奮しながらも無理やり目を閉じる。
明日になったら、全部夢オチとか無いかなあ………
無かった。
それどころか、起きたら、寝室のドアが開かない…………
え?
慌ててドアを拳で叩く。
ドンドンドンドン……
ガンガンッ!
すると、ガチンと鈍い音がして、ドアが開いた。
ジョゼフが大斧を片手に
「おはよう。」と言う……
「すまない。スイが怒っていたから出て行ったらどうしようって、思った。」
大切な大斧で、つっかえ棒とかしないで欲しい。
カルナトの職人たち泣くよ?
私に向けてくれている愛情が違うところに向いてる気がするっ!
私はイライラが止まらず、その日始めて声を荒げた。
そして2日間必要最低限の会話しかジョゼフとしなかった。
正確には話し合おうにも、自分でも言葉が上手く紡げない。
哀しそうなジョゼフを見ると自分の胸も苦しい。
そんな2日目の夜
『ゼルダクエスト侯爵に明日会いに行く。スイ、一緒に来てくれないだろうか?』
ジョゼフが大きな包みを抱えて寝室のドアの前に立っていた。
翌朝起きると、村人2人が四頭引きの大きな馬車で現れた。
薄い金茶の髪色が印象的な青年たちは兄弟で、今回の侯爵領地の旅についてきてくれるようだ。
「ハンスです。」
「ケインです。」
体の線は細く、身長は180センチは無いだろう。なのに、荷物は俺たちに任せてください。と、トランク3つを軽々と担ぎ、馬車の中に納めてしまった。
私は初めて、この世界で馬車に乗り、モリスバッグのピクセルという場所を目指している。
馬車でだと、大体、3日の旅になるそうだ。
ジョゼフは横に座り、地図を広げて説明してくれる。
こんな近くに彼が来たのは、マクモス騒動の時以来。
柑橘系のいい匂いがするし、逞しい腕が馬車が揺れるたび私に当たるので、男子に免疫の無い腐女子としては動悸が止まらない。
これではピクセルまで持たない…………
3日間全力疾走続ける様なものだ。
話を一生懸命聞いて、意識を地図に向けた。
要約すると、サルバド連合国は大きく分けて三つの国から成る。
フランセ、サラス、モリスバッグだ。
一つ一つの国はあまり大きく無く、地図で見ていても境界線は少しあやふやだ。
先の戦争相手のリスケ王国にそれぞれ国力の弱さから長年干渉を受け続けていたらしい。
ジョゼフが住まう湖畔の森はフランセとモリスバッグの丁度境にあたりフランセに属する。そして私を養子にしてくれた貴族は境を越えたモリスバッグに住んでいるそうだ。
今は国が統一されたから、私の中の解釈としては
モリスバッグ州 ピクセル市侯爵領地のゼルダクエストさん……と、いったところだと思われる
私のことを養子に迎えてくれたのはネイサン・ゼルダクエスト侯爵。
2人は歳の離れた戦友で、伯爵家の次男だったジョゼフを養子に迎えたいという話もあったそうだ。
金鶏騎士団より更に大きな騎士団を纏め上げ、年齢も今は60歳を超えてて尚、連合国評議会の相談役として活躍なさっているそう。
『元気の良い爺さんだが、頭もキレる。未だに鍛え上げていて、俺でも剣技は敵わないんだぞ。
正に、生ける伝説だな。』
ゼルダクエスト侯爵………………
伝説………………
ゼルダ
ゼル○の伝○………………
はっ!?
意識そっちにとばしてしまいました…………一回くらい…………良いよね。
「そんな素晴らしい方が、よく村人一の私を養女にしましたね???しかも爵位も驚くほど上ですよね。」
「俺は爺さんの遠縁の男爵家に養子の根回しを頼んだのだが、爺さんが譲らなくてな。
それに婚姻に条件も付けられた。」
「条件?それは?」
「俺が婿養子に入ることだ。」
「?!」
「兄がルーサンベルトの伯爵位を継いだら、俺は元騎士団しか肩書きの無い男だ。なので爺さんがお前を養女に迎えて婚姻を結べば自動的に俺はジョゼフ・ゼルダクエストだ。」
うーん成る程。
私の素性より、ジョゼフが後継者の居ない侯爵家に入る形になればゼルダクエスト侯爵は納得ということですね。
では、形式上の家族関係?
と、質問すると
「爺さんは一人息子を亡くしているんだ。
恐らく、奥方と2人で寂しい事もあるだろうし、スイを歓迎すると思うぞ。」と微笑んだ。
揺れる馬車で私たちは久しぶりに穏やかな会話をする。
今日の朝。ジョゼフは、やはり貴族なのだと実感した。
褐色の肌に生成りのシルクシャツ。クラヴァットも同色で揃えていた。スラックスは、光沢のあるジャストフィットサイズの黒。
どこから見ても王子様のように見えた。
洗いざらしのシャツに木綿の緩いスラックス姿しか見たことのなかった私はこの姿に驚いた。
私も旅行ということで、昨晩渡されたワンピースに着替える。
ジョゼフが抱えていた包みは、私への洋服だった。
今回もサイズはピッタリ。
柔らかな素材は深い青で、彼の瞳と同色。
襟周りにビジューがあしらわれ、胸下が切り替えになった高級そうなワンピースだ。
漆黒のサテンベルトは太めなリボンで、ウエスト部分に華やかさを足している。
なんだか、私の髪色も意識されたもののように感じる。
鏡の前で自分の姿をジッと見つめた。
大切にされているって、こういうことなのかな……
ふと、2日間の自分の行いを振り返った。
もっと話の展開が進むはずが、力量無くて……まだ出発地点