卑屈な2人
間が空いちゃいました
その日の宿屋は私の予想を遥かに超えてる豪華なものだった。
モリスバッグの中でも、オイギリスという町は観光地の趣もあるのだろう。
貴族や豪商も、通過点として利用しているのではない。フランセとは違い、明らかに買い物や観光を楽しんでいる。
宿もそのニーズに合わせており、私たちの宿泊先はAランクだと庶民の私でも理解できた。
先ず受付が美しい。入口広間の大きな花瓶には、絢爛なる花がたっぷりと飾られて、ガラスで出来た動物の飾りは壁面の飾り棚に丁寧に並べられている。
数々の調度品に飾られたそこには日本で言うところの受付嬢が存在し、勿論お値段も一級品と見た。
カウンターには眼を見張るようなモデル体型の女性が豊かな金髪をハーフアップに仕上げて微笑んでいた。
背は180センチはあるだろう。私は完全に見下ろされる。
そして、同じく金髪碧眼の長身の男性がハンスたちから荷物を受け取ると台車に積み上げていった。
彼も短く刈り上げた硬めの髪が美しく、背は受付嬢より更に高かった。筋肉質な体型に白いシャツをキッチリと着込んでループタイを結んでいる。
金髪碧眼の長身美女の華やかさに見とれている間に、ジョゼフは係の人たちと色々話し込んであっという間に手続きを済ましてしまう。
記帳された内容を受付嬢は確かめると、美しい所作で簡単な案内を始めた。
ん?
何故か私を後ろに追いやるように受付嬢は立ち、サクッと上から下まで値踏みするように見つめた。
その顔に笑顔は無く、碧眼は半目になっている。
何だか不愉快な感じ・・・・
美女はジョゼフにはにっこり微笑むと『ごゆっくりお過ごしください』と鼻にかかる甘い声で一礼した。
上階に上がる階段に向かうジョゼフの背後に対して、長めに視線を送っていたような?????
胃の上がグッと押し上げられる様な不快感につい口をへの字に曲げてしまった。
不穏な空気を醸し出す受付美女に間違いのない嫉妬をしてしまった。
ふと視線を落とすと、ジョゼフが持つ用紙にはフランセの宿屋の倍に当たる価格の金貨が支払われている。
こんな贅沢しなくても・・・と思うが、貴族であるジョゼフには必要のある贅沢なのだ。
宝石工房でのモンベリーの話を心の中で反芻する。
貴族はその家の名を背負っていかなければならない。
慎ましくあったとしても、最低限の礼儀を周囲が払えるように、その立場をわかりやすくしておかなければならないのだ。
庶民出身の私としてはこれに慣れていかなければならない。
森に2人で住んでいるときは感じなかった無力感と、自分のジョゼフに対する金銭的依存度に段々と落ち込む。
日本で過ごしていた間、自分は自活していたのにこの世界に来て私は何にも出来ないのだ。
しかもそれを良しとされていることに違和感が募る。
ジョゼフは私の話も聞いてくれるが、自活のことに関しては苦笑いでスルーだ。
虚しい・・・・・・
『奢られる』ということに慣れていない自分の元々の女子力の低さを痛感してしまう。
世の中には貢がれることを当たり前として生きているキラキラ女子が横行しているというのに、全くプレゼントを素直に喜べていないし、旅行自体を楽しめていない気がしてきた・・・・・・・・
そんなキラキラ女子の代表がさっきの受付嬢にイメージが被り、嫌な思考が頭を埋めてしまう。
ジョゼフの背後で気付かれないように頭を振る。
ネガティブな思考を追い出したくて、ぶんぶんと。
その時、大きな手が私の前にスッと伸びてきた。
顔を上げると、ジョゼフが私に階段で手を差伸べる。
え、エスコート????
頭を振りまくっていたの見られた???
思わず顔が赤く染まる。
後ろ向きな考えを読まれた気がして驚いてしまった。
しかしそんなことは全く気にしていないといった雰囲気のジョゼフに、差し出された手をゆっくりと握り返した。
ハンス、ケインも同じ宿に泊まるように手配されたが別棟に宿泊するのだと告げられた。
なのでハンスたちとはここで別れ、各々の部屋に入るのだそう。
ケインは昨日と変わらずニヤニヤ笑いを浮かべ
「お疲れになられたでしょう。
俺らは今日は飲みに出るんで、お二人で夕食は取られてください。また明日受付前で落ち合いましょう。」
と手を振った。
宿屋の敷地内には三棟の建物が並び、裏側には素晴らしい庭園が広がっている。
私たちの部屋からそれは見えるそうで、食事の際にも楽しめるようにバルコニーにテーブルを移してくれるという。ライトアップされる庭園はさぞかしロマンチックだろうとジョゼフは微笑む。
しかし微笑んだジョゼフに私は思考を切り替えれず、ちゃんと笑えていない歪んだ口元を手の平で庇ってしまった。
さっきは美人にやっかまれている気もしたが人生初めての経験なので、鳩が豆鉄砲を食ったような間抜け面を晒してしまった。
牽制さえも出来なくてボンヤリ思考を巡らすことで精一杯だったことが時間が経つにつれ心に重くのし掛かる。
整った顔立ちに濃い茶色の髪。『ジョゼフ』の名前で、もしかしたら長身美女も、かの英雄だと気付いたかもしれない。
奔放な人なら、私レベルの女くらい鼻で笑って、彼に迫ってくることもあるだろう・・・・
考えているとどんどん顔が曇ってくる。
そして部屋に到着する手前の廊下でツイツイ不安を素直に口にしてしまった。
「さっきの受付のお姉さん綺麗な人でしたね・・・」
ジョゼフの反応が気になり、表情を読もうと上目遣いに見上げる。
ジョゼフは不思議そうに私を見返した。
顎に手を当て、首を傾げる。
そしてやがて思い当たったように顔を上気させた。
「その・・・・・・・・・
俺の勘違いなら恥ずかしいのだがもしかしてスイはその・・・・・・・・・
さっきの受付の子に嫉妬してくれたのか?」
私はそのまんまを指摘されて今度こそ真っ赤だ。
何素直に気持ちぶつけちゃってんの?
私恥ずかしすぎるでしょう!!
恋愛経験の低さが露呈して自分でも嫌気がさす。
真っ赤な顔を見られたくなくて俯いているとジョゼフは私の顎にそっと手を添える。
海の色の瞳が私を真っ直ぐに捉える。
「スイ以外の女は俺から見るとどれも田んぼの藁人形にしか見えないんだ。スイは見目の麗しさもあるが、俺は中身にも惚れてる。ちょっと小綺麗な奴が前を横切ったところで俺は何も感じない。
だから何の心配も要らない。」
片腕で私を抱き寄せると、旋毛に優しくキスを落とした。
すっかり慣れてきたその一連のスキンシップに心が跳ねる。
私ジョゼフに好かれている・・・・
自信持たなくちゃ。
好きになってくれたジョゼフに卑屈な自分が申し訳ないもんね。
ジョゼフの腰にそっと手を回す。
「ありがとう。ジョゼフの優しさに私自信をもらったわ。」
抱きしめられた温かさにじんわりと自分の胸元の熱が上がる。
「俺とスイは似てると思うんだ。
少し卑屈になりやすいところや、素直で表情に現れやすいところがな。
スイの気持ちは俺は分かっているつもりだぞ。」
私はほんの少し鼻の奥が痛くなり、視界がボヤけた。
私はジョゼフに理解されていたのだ。
男慣れしていない自分の卑屈さや、嫉妬した自分を醜いとも思わず逆に喜んでくれてるなんて・・・・
守りの石を贈ってくれたのに、素直に受け取れなかった残念女子でも良いと言ってくれている。
ジョゼフの懐の深さに私は感心した。
私は素敵な人と婚姻したのだ。
そう思うと、回した腕にも力が入った。
ジョゼフは面白そうに笑うと、抱きしめ返してくれた。
その日の夜の食事は人生の中でも最高のものだった。
庭園の中央部はピンクと紫の花で統一され、ランタンに照らされた幻想的な情景に溜息が溢れた。
テラスの白いテーブルにはブルーの花が飾られ、ロウソクの灯がムードを高める。
宿の自慢という魚介をメインにした料理はメキシコ料理に近く、私の好みの味だった。
コース料理のように次々と運ばれてくる一品一品に私は舌鼓を打つ。
受付嬢事件も解決し、テンションも上がった私はジョゼフの勧めたお酒を口に含める。
ジョゼフの家で出されていたワインとまた違った作りで女性向けの味だ。
芳醇でフルーティな香りのお酒は一杯では済まなくて、私も杯を進めてしまう。
部屋で食事を摂るのでベッドも近い。
この世界に来て1番リラックスした夜だ。
いくら酔ってもすぐに眠れる・・・・・
その安心感も杯を進める切っ掛けになる。
気がつくと、案の定朝を迎えていた。
ベッドで枕を足に挟み込み安定の安眠体勢だ。
あのお酒思ったより度数の高いお酒だったのかな?二日酔いも感じない爽やかな朝を迎えて満ち足りた気持ちだった。
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アクセサリーを贈った時、スイは他の女たちの様に喜んではくれなかった。
ケインたちもこれには驚いた様子だった。
しかしながら、自立心の強いスイの話と態度で、一方的な贈り物に申し訳なく思っているのだと分かった。
これは本当に予想外で、俺は落胆した。
守りの石を贈った事で(まだ届いてないが)ムードが盛り上がると思っていたからだ。
しかし、先輩ケインはそんなことではヘコタレナイ。
「ジョゼフ様、プランBです!!!」
そう言うと素早く宿屋の手配に入った。
ケインはこの旅が始まってから俺の奥手さ加減に業を煮やしたのかかなり積極的だ。
媚薬の件も既に耳に入っており昨日はすっかり呆れられた。
『こういう事に関しては俺の方が先輩です』そう言うとハンスと2人で俺の上をいく計画を次々と立てていく。
手配したそれは女性の好みそうなリゾートタイプだ。
野郎ばかりで泊まっていたいつもの宿屋は、老主人の営なむそれなりの調度品が並んだ上品な場所。
しかし、ケインがいつもの宿屋でも悪くないが、『一発キメるなら!』と下調べをしてくれたのだ。
いや、一発キメる・・・・など下品な・・・・・
と、言いながら言われた通りの所に素直に従う自分に未熟さを感じる。
嬉しい反面、複雑で、こんな手配も人任せなのか・・・・・と、不甲斐なさを表情に滲ませる。
ケインは俺の顔色を読んだのか
「何の為の付き添いだと思ってるんですか?
宿屋を予約するのは仕事です。貴方は貴族。こういう事は私たちに素直に任せて下さい。」
と、フォローを入れて俺の気持ちを宥めてくれる。
選びに選んだその宿屋は女性の好む、レースやガラス製の調度品に囲まれた素晴らしい宿屋だった。
スイも清潔感のある煌びやかさに目を輝かせた。
成功だ!!!!俺は心の中で拳を突き上げた。
ケインも俺に目配せする。
そして、ハンスが連絡した為かゼルダクエストの爺さんも手を回してくれたらしく、部屋は最高のものが準備された。
新婚仕様の素晴らしい景色が堪能できるハネムーンタイプ。
手土産が足りなくなったな・・・・と独り呟く。
あんな短い時間で爺さんにまで根回しをされるなん
て・・・・・別の礼を用意しておかねばなるまい。
部屋に向かう途中、表情が緩むのを止められずスイに悟られまいと一歩前を歩く。
「さっきの受付のお姉さん綺麗な人でしたね・・・」
スイが暗い表情で独り言の様に呟く。
???????
この宿屋に女性の従業員など居なかった筈だが・・・・・・・
そこまで考えて、受付の長髪の男をスイが女だと勘違いしている事に気付く。
モリスバッグは男色家が多く集まる場所でも 有名で、夫婦の形も様々だ。
男女関係なく愛する人間も多いと聞くし、自分の周りには居ないが女装を好む男もいる。
モリスバッグのオイギリスは、元々エルフという性別のはっきりしない人外の者の発祥の地とされている。
それ故か、周囲の環境は性に対して寛容だ。
この地の出身者は、顔立ちも整っており、女の様に髪を伸ばす男も多い。髪にそれぞれの第六感と言われる力が備わっていく事が理由らしい。
知らずにここの人々を見ていれば確かに男女の区別がつきにくいやも知れぬ。
さっきの受付は、女物に近い洋服を纏った男だった。
喉仏の辺りで俺は判断したが。
という事は・・・・・・・・・・
つまり・・・・・・・・・・・・
スイはヤキモチを妬いたのか???
か、可愛すぎるーーーーーーーーーーー!!!!
俺は悶える。
口にする瞬間も、嬉しすぎて声が震えそうだ。
「スイ以外の女は俺から見るとどれも田んぼの藁人形にしか見えないんだ。スイは見目の麗しさもあるが、俺は中身にも惚れてる。ちょっと小綺麗な奴が前を横切ったところで俺は何も感じない。
だから何の心配も要らない。」
それにさっきのは男だしな。
スイの嬉しそうな顔に俺は確信した。
今夜はキメる!!!!!!!
天蓋付きのベッドを横目に俺は不埒な妄想に頭は一杯だ。
部屋に入る前にスイと話した内容を思い出す。
2人は似た者同士。
卑屈なところも、率直で心が顔色に現れるところも。
涙潤んだ瞳を見た瞬間、スイも覚悟を決めただろうと俺は感じた。
トランクに潜ませた透け透けの寝着をもしかしたら着せることが出来るかも・・・・と奥歯を噛み締める。
ケインのアドバイス通り俺はスイに酒を勧める。
夕食の席はゆったりとした時間が流れ、段々顔を赤らめていくスイが色っぽい。
「ん、ん。何だかふわふわしちゃう・・・・」
スイが甘い声を出した。
「良かったら先に風呂に入ると良い。俺はもう少しこの酒を飲んでからにしたいからな。」
少しフラリとしスイを支える。
「良いんでしゅかぁ。じゃあぁお言葉に甘えるぅ。」
そう言うとスイは浴場に向かった。
部屋に備え付けの浴場はバラ湯が準備されておりスイの感嘆の声が上がる。
俺は着替えの置かれたカゴをコッソリと探し当てると、用意したベビードールを畳み入れる。
・・・・・・・頼む・・・・着てくれ!!!!
祈る様な気持ちで部屋を彷徨いているといるとやがて浴室のドアが開かれた。
「お待たせしましたぁぁぁ」
千鳥足のその人は期待通り透け透けの寝着に身を纏っていた。
頬を上気し、洋服の時から予想していた胸元は大きく盛り上がっている。
俺も別のところが盛り上がってきそうだ。
「スイ・・・・・・・・・・・」
スイも覚悟を決めてくれたか・・・・・・・・
俺の贈った艶かしい寝着の意味は勿論分ってくれているはず。
涙が出そうな程俺は感激していた。
「待っていてくれ。俺も風呂に入る。」
「はあぁいぃ。お布団で待ってゆねぇぇ。」
な、なんとベッドで待つだと!?!?
俺はその場で押し倒したい気持ちを必死で抑え浴室へと走った。
スイ!!!!!待っててくれ!!!!!
風呂から上がった俺は驚いた。
スイは股の間にフカフカの枕を挟み込みスヤスヤと寝息を立てているではないか・・・・・・
無駄だと思いながらベッドを揺らしてみる。
起きない・・・・・・・・・・・
酒を飲ませすぎたのか・・・・・・・
自らの失敗を悟ると俺はガクリと膝をついた。
ハアァと溜息が出る。
気分が高まった分落胆は大きかった。
経験不足の俺にはプランCは無い。
中々うまく進まないモノだな・・・・
しかし、手を握るのもやっとだった森での関係を考えれば、同じベッドで寝る様になった事自体大きな進歩か・・・・
そう考えると気持ちは徐々に落ち着いた。
可愛い寝顔を堪能するとしよう・・・・諦めの境地に達した俺は、スイの隣に体を滑り込ませる。
せめて感触だけでも・・・・・そっと背後から抱きしめるとバラの香りとスイの柔らかな匂いが鼻腔をくすぐった。
「じょぜふうぅ・・・・・・しゅきぃぃぃ」
スイが微笑みながら寝言を言う。
スイの気持ちを聞けて俺はつい笑ってしまう。
表情などこの5年、忘れたも同然だった俺がスイが来てから本当によく笑う様になった。
小さく子リスの様な姿に癒され、一挙手一投足に大の男が翻弄されるとは。
滑稽だが、そんな自分が好きになりつつあった。
「お休み良い夢を」
昨日の睡眠不足も手伝ってその夜は深い眠りに落ちていった。