ケインは見た
ジョゼフ様は見た目は厳つい騎士様だが非常に村民思いの良い方だ。
190センチ近い身長は俺より頭一つ抜け、褐色の肌に馴染む赤茶色の緩やかな巻き毛が印象的だ。
晴れた青空の様な瞳は光によって濃く映り、血の濃い貴族である証が伺える。
戦後、俺たちの村を治めることになった方が金鶏騎士団長と聞いた時は、どんな荒くれた騎士様が来るのか、と騒然となったが、本人を知った今となってはそれも笑い話だ。
『ひとりの食事が寂しくてな。』
居を構えてすぐにジョゼフ様は食堂で毎日俺らと一緒にテーブルを囲み、温泉宿を作るときには力仕事は任せてくれ、と共に木槌をふるった。
まったくもって気取らず貴族様とは思えないほど優しいし誰からも慕われている。
寂しがりな可愛らしい一面を持つ方だが、騎士団長として大変な活躍をされたが故に対立国から未だ命を狙われている。
戦後すぐだった。ジョゼフ様の命を狙った人間が屋敷に忍び込んだことがある。
偶々留守を守っていた馬丁の女将が取り押さえて、事無きを得たのだがあの女将じゃなければそう簡単にはいかなかっただろう。
女将は村で唯一の武術家の娘で今は師範という豪傑オババだ。
嫌な事件ではあったがこの事が切っ掛けでジョゼフ様と俺たちとの絆も深まったと言えよう。
そんな風に良好な関係であったのにもかかわらず急に御触れを出された。
『森にはなるべく立ち入るな』
今まで御触れなど出された事が無いので村長は勿論皆んなも驚いた。
ジョゼフ様が森の家に戻られた後、代表者を集め話し合いが始まる。
『ジョゼフ様はまた暗殺者にお生命を狙われているやも知れぬ。森への侵入を制限されたのは暗殺者の形跡自らお調べになりたいとのことだ。』
村長の言葉に皆色めき立つ。
5年前の忘れかけた事件を一様に思い出し、話は深刻な方へと流れかけた。
しかし、話を聞いた仕立て屋が待ったをかける。
『私は違う理由で、御触れを出されたかと思います。どうでしょう?馬丁の息子達に調べさせてみませんか?恐らく悪い話ではなく、良い話であると私は思っているのですよ』
『ジョゼフ様が身辺をご自分でお調べするとおっしゃっていたが、我々が勝手に手を出して良いものか……』
仕立て屋は鷹揚に頷きながら続けた。
『私はジョゼフ様から頼まれものをしております故、その延長として多少は森へ出入り可能かと。私の付き添いとして馬丁の兄弟に警護させれば全て兼ねていますから、問題はありませんよ』
警護が必要ならですけど……
仕立て屋は穏やかだが食えない男で一目置かれている。
多くの意見は出たが、話し合いは仕立て屋の提案に乗っかる形で締めくくられ、馬丁の報告を待つことになった。
馬丁の息子とは実は俺ら兄弟のことだ。
翌日から俺らは女将に言われた通り、ジョゼフ様の警護と称して森を覗いた。
すると、見たこともない程黒い髪の異国のお姫さんが湖畔の森にいるではないか。
華奢な手足で年の頃は16くらいか……
肌の色はマクモスの乳のように白く、顔立ちは遠目にも整っていることが分かる。
その日は楽しそうに湖畔を連れ立って歩く姿が見られた。
2人は仲睦まじく、遠目からでもお互いを思い遣っているのは経験値の低い俺らにも直ぐに分かった。
女将に頼み、翌日からは双眸鏡を借り、かなりはっきり動向を警護し始める。
双眸鏡越しだがお姫さんは本当に綺麗だ。大きな瞳に赤い木の実のような唇。好奇心が表情に表れており愛らしかった。
幼い故か、マクモスを触ろうと近づいてみたりお転婆な印象も受けるが、家の掃除や料理もキチンとこなしている。
貴族のお姫さんがあんなに家事が出来るなんて……
ハンスも同様に驚いていたようだったが、それよりも驚いたのはジョゼフ様の行動だ。
お姫さんが気になって仕方ないのか、毎朝見送られ外に出た後、(何故毎日外に出されているかは不明)直ぐにコッソリと家に戻る。
そして家の壁穴から家を覗き込んではニヤニヤ。ガラス窓から覗いては、悶える。
パンらしき食べ物を片手に齧りながら、陽が傾くまでそんな事を繰り返すのだ。
気持ち悪…………いや、動揺した。
ある日は湖畔の散歩に出られた時、どうもジョゼフ様はお姫さんの肩を抱きたいようだった。
熱い目線がお姫さんの体を彷徨う。
行くのか?!
行かないのか?!
俺たちも何だかんだ、握り拳に汗が溜まり出した。
ジョゼフ様の長い腕がグッと伸びる!!
手が後少しで肩を掴むか!!!!と思った刹那、お姫さんがしゃがみ込んだ……
『わ!バッタって異世界にもいるんだ!』
本当に騎士団長だったのか……
あの反射神経………………
ハンスまで舌打ちしている。
天気のいい日、お姫さんが大タライを外に出し洗濯をし始めた。
誰も見ていないと思ったのだろう。
いきなりスカートの裾を太腿まで捲り上げる。
俺は思わず大木の陰から身を乗り出した!
何かの歌を口ずさみながら、裸足でじゃぶじゃぶとタライの中で洗濯物を踏んでいる。
体に似合わぬ大きな胸がたゆんと揺れ、細い足首に乳色の腿が丸見えだ。
振り向くと双眸鏡を握りしめてハンスは鼻血を垂らしていた。
その双眸鏡の対角線上には、失血死しそうな程の鼻血を出されたジョゼフ様が見える。
「ハンス……俺にはジョゼフ様に警護が必要だとどうしても思えんのだがどうか?」
「同じくだな……。
ジョゼフ様はその……
俺の目から見ても、ご自身の身辺をお調べにはなられていないようだ……」
「あぁ。ご自身の身辺は調べず、あのお姫さんの身辺を調べているようだな。」
「楽しそうだ」
「楽しいだろうさ」
「これ以上、お邪魔をしては失礼だろう。
女将に報告しよう。」
そして、俺たちは見たままの状態を報告し、村長たちからお役を解かれた。
馬丁屋は、村では早馬便や馬車の手配が主だった仕事なのだが、女将が武術に長けているが故、従業員と呼ばれる俺たちは時として特別な任務を遂行する。
それは軍の仕事であったり、密書についてであったり内容は複雑だ。
今回の仕事もある意味複雑……
ジョゼフ様にちょっと憧れてたんだけどなぁ……
仕立て屋に立ち寄った際に独言ると、仕立て屋が笑いながらこう答えた。
『1人の大人の男が広いこの世界でたった1人の番を見つけたのです。奇行には見えましょうが、何より喜ばしい』
確かにそうかも知れない。
ジョゼフ様は、俺たちにも話せぬほどのご苦労があったと聞く。
素晴らしい伴侶を迎えられようとしている今、俺たちは素直に歓迎すべきであろう。
フランセの木々の葉が全て紫色に染まる秋。
ジョゼフ様が朝早くから村を訪れた。
婚姻が整った報告と、馬車の手配にいらしたのだ。
村長、仕立て屋、馬丁の女将が其々にお祝いの言葉を述べる。
しかし、それが終わると
『お忘れになられているかも知れませんが、御触れの件で少々わたくしたちも、御領主様に意見がございます。』
村長が切り出す。
『あたくしも、実は従業員たちから森の話をすでに聞いてますのよ。』
女将はニヤリと笑う。
仕立て屋は、静かに
『御領主様、御覚悟決められて全てお話なさった方がよろしいかと……』と、肩を叩いた。
ジョゼフ様にはその日、昼食を挟んでの長い長い会議が行われた。
仕立て屋の奥方がお姫さんのドレスを持って来なければもっと時間は伸びたに違いない。
馬丁の女将が旅の付き添いに選んだのは、俺とハンス。
明日になればお姫さんと直々に話したり出来るのだ。いつも無口なハンスも嬉しそうだ。
祝杯を挙げながらも翌日に備えて早くに寝台に上がった。
出発の朝。2人ともいつもより早く目が醒めた事に笑いあう。
森の家に着くと程なく、ジョゼフ様がお姫さんを
連れて来られた。
お名前はスイ・フカツ様。
スイ様は美しい容姿にして気さくな方で、簡単な自己紹介を自らなされた。
歳は俺たちが思っていたよりずっと上の24歳。
俺と同い年だった。
1つ下の弟のハンスは『どう見ても16歳以上に見えない……』と呟き、ジョゼフ様にひと睨みされた。
腰まである黒髪はクセがなく、近くにいると花のようないい香りが漂う。
俺たちにはスイ様の全てが輝いて見え、白い花の妖精のように感じた。
アクシュ!と言って、手を握られた時には、手のあまりの柔らかさに俺もハンスも耳まで真っ赤だ。
勿論ジョゼフ様は後ろで鬼の様な形相だったが……
馬車の旅は始まったばかり。
『あん○ことイイナ、出来たらイイナ〜』
スイ様が馬車の旅の途中で口づさむ歌に俺たちは激しく動揺する。
あんなことやこんな事って…………?
ハンスも同じように思っているのだろう。手綱を握りしめたまま細い目を更に細くして何かに耐えている。
ジョゼフ様は、歌にウットリしては我に帰り、俺ら2人を定期的に睨む。『お前たちは歌を聴くなよ!』と口パクで訴える。
だが、1番動揺しているのは間違いなく、ジョゼフ様だ。
あんな事もこんな事も全て達成できなかった事を俺たちは知っている。
拙い文章をお読みくださってありがとうございます。
この部分もっと早くに登場する筈だったんですけどね……進みが遅くてすみません。