69 Side.アナスタシア 6
それは一方的だった…。
彼奴は完全武装で…、魔法等の力も全て使用していた…。
だけど彼は…、身を護るのはクロークのみ…、武器も持たず、魔法すら使わない…。
ただ拳でのみ攻撃していた…。
なのに彼奴を圧倒している…。
別に特別なことをしている訳ではない…。
ただ彼奴に近づいて…、大気や大地が揺れる程の拳の一撃を見舞っているだけだ…。
彼奴の攻撃を半身で避け…、手の甲で逸らし…、彼奴の顔面に拳を叩き込む…。
それを何度も繰り返していた…。
特別なことは何もしていない…。
ただ彼奴に近づいて殴っているだけ…。
それだけなのに…、彼奴は攻撃を当てることができず…、彼の攻撃を避けることもできないでいた…。
彼奴の端整な顔は見る影もなく膨れ上がり…、血と涙を流しながら…、必死に彼に許しを請うていた…。
「ま゛、ま゛っでぐだざい…。 も、もうじまぜんがら…。 許じてくだざゲボォっ!!」
……あれ程までに恐れていた彼奴が…、あんなにも恐ろしかった彼奴が…、どうしようもないほど哀れに見えた…。
同情する気は欠片も湧いてこない…。
ただただ哀れで…、彼奴に対する怒りも憎しみも…、霧散していった…。
私はそんなことを考えつつも…、彼に見惚れていた…。
彼は彼奴との戦いで…、天性の力だけを使用していた…。
武器を用いずに…、生まれ持った能力と肉体だけで彼奴を圧倒していた…。
彼が戦いに武器を用いないと聞いた時…、私は自分でも驚くほどにすんなりと納得した…。
必要がないのだ…。
彼には…、弱者の特権が必要がないのだ…。
生まれ持った力だけで…、相手を圧倒してしまえるから…。
ただ距離を詰めて…、相手に拳を叩き込むだけで…、彼は勝つことが出来るのだ…。
今回の事もそうだ…。
彼奴の心が折れるまで…、拳を叩き込むのを繰り返すだけでいいのだ…。
彼にはそれ以外の手段が必要ないから…。
……それをどれほど繰り返しただろう…。
彼奴が涙声で、彼に問いかけた…。
「ど…、どうじだら…、許じてくれまずか…」
声色から…、彼奴の心が折れたのを感じた…。
そんな彼奴に対して…、彼は変わらぬ声色で答える…。
『お前には二つの選択肢がある…。 記憶を全て捨ててこの世界で一からやり直すか…、この世界に来てからの記憶を全て捨てて、元の世界でここに来る前からやり直すかだ…』
彼が言うことは…、この世界で最初から生まれ直すか…、ここに来る前までの時まで戻り、元の世界で再び暮らすかということだろう…。
怒りを宿しつつも…、彼は何処までも優しかった…。
「も…、元の世界に…、帰らせてください…」
『……いいだろう…。 これから忘れるお前に言ってもあまり意味はないが…、変な力を持たずに、元の世界で真っ当に生きてみろ…。 身の丈を超えたことは…、今回のように必ずしっぺ返しが来るものだ… 』
「は…、はい……」
以前までの彼奴を知っている身としては…、彼奴があそこまで殊勝に言葉を聞き…、素直に受け入れていることに僅かな違和感を覚える…。
そんなことを考えてる間に…、彼奴は光に包まれて姿を消した…。




