9 Side.エクスタシス
女が一人、暗闇の回廊を歩いている。
頭の左右から山羊のような角を生やし、尾骨のあたりからはよくある悪魔の尻尾が伸びている。
その身体はとても肉付きがよく、男好きしそうな肢体をしている。
着ている布も、大事な部分を辛うじて隠しているだけの、とても際どい装いだ。
その姿は、雄であればその色気に中てられて、等しく魅了されてしまうだろう。
雌であったとしても、その淫気に中てられて、腰砕けになってしまうだろう。
それほどの色気と淫気を纏った彼女は、悠然とその回廊を歩く。
ここには彼女以外に誰も存在しない。
何故ならこの回廊は…、
淫魔達が各世界へ移動するための、専用回廊なのだから…。
※ ※ ※
回廊を足早に歩き、我が主様の元へと急ぐ。
今連絡がつく配下の淫魔達にも、我が主様の命令を伝え終わった。
これで心置きなく、我が主様に甘えられるというものだ。
「さぁてぇ、我が主様の母星が夜の内に帰らないとねぇ」
向こうが朝になってしまっては、思う存分甘えられない。
ここ最近は忙しく、欲求不満が溜まりっぱなしだったのだ。
グーロ達も巻き込んで、久々に思う存分解消しよう。
「~~♪って、あらぁ?」
上機嫌で歩いていると、何やら回廊に侵入してきた気配がある。
無視するべきか…、片付けるべきか…。
前回は無視して帰還し、そのせいで我が主様と仲間達の手を煩わせてしまった…。
ならば今回は、手短に片付けるとしよう。
「またお預けにされたらぁ、嫌だものねぇ」
気配を辿り、回廊を進んでゆく…。
歩いて数分、目的の場所に辿り着くと、神官のような装いをした少女が倒れていた。
気を失っている上に顔色が悪く、酷く消耗している…。
着ている服をよく見れば、蒼と灰色の世界の教会に所属する司祭のようだ。
何やら特別な聖印を首から提げているし、普通の司祭以上の力を感じる。
あの世界で噂になっていた聖女で、間違いないだろう。
ということは、生贄として捧げられ、何らかの不測の事態によって、ここに流れ着いたのだろうか?
あそこでは、生贄を捧げることによって神託が行われると、娘達に聞いた。
私の可愛い娘達の多数が、あそこで世話になっているが…。
「ん~…あそこの神官達にはしょっちゅう娘達を追い返されてるけどぉ、娘達にも人気の場所だしぃ、連れ帰ってお話を聞いてみましょうかぁ」
(どうやら私の気配に引っ張られちゃったみたいだし、私にも責任の一端があるわよねぇ……)
それにしても、聖女を生贄にするということは、余程後がない状況のようだ。
我が主様も、既に異変を察知しているだろう。
「それにしても清純そうな娘ねぇ。 こういう娘を堕落させるのがぁ……」
って、いやいやいやいやいや。
それは不味い。
とても不味い。
下手をすれば我が主様から魂が砕けかねない程の御仕置をされかねない…!
ふぅ~、あぶないあぶない。
我が主様と契約してから大分経つが、淫魔の性は微塵も矯正されないようだ…。
「まぁそれもこれもぉ♥ 我が主様が淫魔であることを忘れさせてくれないせいなのだけどぉ…♥」
我が主様とのとても熱い夜を思い出そうとして、思い出しきる前に頭から振り払う。
ふぅ~、危ないあぶない。
「うっかり思い出しちゃうとぉ、身体が火照っちゃって身動きできなくなりそうだしねぇ…♥」
娘を担ぎ上げ、足早に移動する。
さぁ、急いで戻ろう。
愛しの我が主様の元へ…!
※用語解説:淫魔
あらゆる世界を渡り歩き、人の夢からこっそりと…、あるいは人から直接ごっそりと精気を吸い取る存在。
生まれながらに世界を渡り歩くことが出来るため、全ての淫魔には別世界の自分が存在せず、運命にも縛られていない。