単独探索と違和感
全能感溢れる無能の迷宮 1F
迷宮の入口は、いつもと変わらない。
それなのに――
「……違うな」
エクスペリエンスは小さく呟いた。
視界の広さ。
足の運び。
呼吸のリズム。
すべてが、わずかに違う。
「軽い……?」
身体が動く。
それも、“少し動きやすい”なんてレベルじゃない。
明確に。
――前より強い。
「……行くか」
短く息を吐き、迷宮へと足を踏み入れる。
低層。
本来なら、パーティで安全に回る階層。
だが今のエクスペリエンスは、一人だ。
「……索敵」
足を止め、意識を研ぎ澄ます。
気配を捉えた。
左奥、距離は近い。
「来るな……」
直後、物陰からゴブリンが姿を現す。
単体。
「よし……!」
剣を構える。
以前なら、この距離、この状況。
心臓が嫌にうるさくなっていた。
だが今は違う。
冷静だった。
ゴブリンが飛びかかる。
「遅い!」
踏み込む。
振り抜いた一撃が、ゴブリンの胴を断ち切った。
「……っ」
一撃。
それだけで、終わった。
「今の……」
手応えが違う。
以前なら、浅く裂く程度だった。
なのに今は、迷いなく通った。
「……強い」
呟く。
そのときだった。
――もう一体。
「っ!」
背後から気配。
振り返るより早く、身体が動いた。
横へ回避。
ゴブリンの爪が空を切る。
「ヒール!」
反射的に発動する。
淡い光が身体を包む。
傷はない。
だが、それでも発動できたことが重要だった。
「……使える」
剣だけじゃない。
回復も、問題なく扱える。
ゴブリンが再び突っ込んでくる。
「クイックスラッシュ!」
高速の一撃。
首が飛んだ。
「……はぁ……」
戦闘終了。
だが、息は乱れていない。
「おかしいだろ……これ」
Lv1の動きじゃない。
それどころか、
――前より明らかに強い。
「これが……継承……」
思い出す。
あの男の言葉。
『低レベル転職を繰り返せ。積み上がる。』
「マジだったのかよ……」
苦笑が漏れる。
そして、ふと気づく。
「……見えてたな」
敵の動き。
タイミング。
間合い。
全部、“分かっていた”。
いや、前から分かっていた。
ただ――
「動けなかっただけか……」
身体が追いついていなかった。
だが今は違う。
経験と能力が、噛み合い始めている。
その後も、何度か戦闘を行った。
二体同時。
三体。
以前なら逃げていた状況でも、
「……いける」
処理できた。
ヒールで継戦し、
剣で削り、
距離を管理する。
「全部、自分でやるのか……」
呟く。
だが、不思議と不安はなかった。
むしろ――
「……楽だな」
誰にも合わせなくていい。
自分の判断で動ける。
最適な行動を、そのまま実行できる。
「これが……ソロか」
思っていたより、悪くない。
迷宮の出口へ向かう。
「……次は」
考える。
このまま神官剣士を伸ばすか。
それとも――
「いや、違うな」
首を振る。
あの男は言った。
“色々と経験しろ”と。
「次も転職だな」
まだ、始まったばかりだ。
この力は、“積み上げる”もの。
一つじゃ足りない。
もっとだ。
もっと経験を。
もっと職を。
もっと――
「強くなる」
その目に、迷いはなかった。
――エクスペリエンスの“積み上げ”が、ここから始まる。




