第1話 おっさん、冒険者を引退する
「ジェイク先輩、今までありがとうございました!」
どこにでもあるような酒場の一角だった。俺は数人の若者と共に卓を囲んで座っていた。テーブルの上には脂身のついた骨付き肉や川魚のすり身団子、葉物と果実のサラダなどが所狭しと並べられ、酒の入ったブリキのジョッキが五人分置かれている。
ジェイク先輩──そう呼ばれている通り、俺は彼らよりずっと年上だ。およそ倍近く違う。今日、四〇歳の誕生日を迎えた俺は同時に冒険者を引退することになったのだが、彼らは俺のためにささやかな引退式を開いてくれたのだ。
「大げさじゃないか? 俺はそこまで惜しまれるほどじゃ」
「たくさんお世話になりましたから、せめてこれくらいさせてくださいよ」
「そうっすよ、水臭いっす。なんだかんだ十年前からの付き合いじゃないっすか」
「俺たちにとっちゃ親みたいな存在なんですから」
「右も左も分からなかった僕らを助けてくれたのはジェイクさんですからね」
「そ、そこまで言われると……ちょっと照れるな」
常にパーティーの牽引役だが実は誰よりも傷つきやすい剣士のルーク。
聡明な兄への劣等感のために夢を諦めようとしていた魔術師のジェミリー。
才能に恵まれず故郷から出てくるしかなかった白魔道士のレイモンド。
昔は臆病だったが今ではパーティーの盾役を一手に引き受ける重戦士のブライン。
彼らは冒険者パーティー「蒼き風」のメンバーだ。歳は二〇代前半。まだ冒険者としては若輩でありながらも、それぞれがDランクの実力を持っている。この調子で続けていければ、近いうちにCランクへの昇格も見込めるだろう。
俺は彼らが駆け出しだった頃──つまり彼らがまだ一〇代前半の少年だった頃にいくつかの手ほどきをしたことがある。それ以来、不定期に顔を合わせては情報の交換や悩み事の相談に乗ってきたのだが、いつのまにか彼らの事情に深く首を突っ込んでしまうことがあった。彼らには感謝されたのだが、俺としてはお節介を焼きすぎたと毎回反省していた。
「とはいえ最後がD級だぞ」
「ランクだけじゃ人は測れないって言ってたのは先輩じゃないっすか」
「まあ言ったな。でも当の本人が使ったら言い訳みたいになるだろ」
俺は結局、冒険者としては中の下か中の中あたりで落ち着いてしまった。それ以上を目指すことも考えたが、生活にある程度の安定が見えた時点で夢を追うことを諦めてしまったのだ。現状維持を選んだ結果のD級だ。
我ながら自分らしい。冒険者でありながら冒険しない。冒険者という生き方のなかで堅実さを優先した男。だが、それでもいいじゃないか。おかげで今日まで生きてこられたし、こうやって少ないながらも自分を慕ってくれる人間もいる。
「先輩が思っている以上に先輩にお世話になった人は多いんですよ」
「そうかねえ」
半信半疑に言葉を聞きながら酒を呷る。彼らは俺を慕ってくれているが、ほかの人間はどうだろうか。そもそも交友関係もさほど広いわけではない。若かりし頃を共にしたパーティーメンバーはもういないし、ギルドの職員とも会話が多いわけでもない。せいぜい換金所の待機室で適当な冒険者たちと世間話を交わす程度だ。
「引退後はどうするんすか? 新米の指導役とか?」
「ははは、俺に務まるとは思えないな。指導役って言ったら鬼教官が相場だろ」
「いやジェイクさん、キレると怖いっすよ」
「うんうん」
「え? 俺ってそんな風に見えてたのか……」
自分でも想像しなかった進路に苦笑する。指導役か。他人に世話を焼きすぎる人間は果して指導役に向いているのだろうか。似合わない教官姿の自分を想像しながら骨付き肉を食んだ。
「で、引退した先の話だったか。実家が店を開いてるからな。そこを手伝いながらのんびり暮らすよ」
「なんのお店ですか?」
「ただの古装備屋だ。銅貨通りの鉄錆屋って店」
「あ、そこ行ったことある。真っ赤な魔法石を扉に飾ってる店ですね」
「それ防犯用のやつだな。まあでも、今のお前たちが見ても面白いものはないだろうよ」
古装備屋に来るのは概して金に困った新人や訳ありの人間ばかりだ。買取や査定もおこなっているので中堅が古い装備を売りに来ることもないわけではないが。今の彼らに需要があるかと問われると難しい。
剣士のルークが俺の脇に置かれた剣を見て言った。
「もしかして、それも売るんですか?」
「ん? ああ、こいつか」
柄に手を触れる。この剣は俺が二〇歳の頃、つまり今の彼らと同じくらいの頃に偶然の成り行きで手に入れたものだ。当初はすぐに買い替える予定だったのだが、妙に馴染んで使っているうちにここまで来てしまった。
驚くほど頑丈なので、もしかしたら魔術的な効果が秘められているのかもと思ったこともあった。実際に親父や鍛冶屋に鑑定してもらったこともあるが、結局はただの出所不明の剣だと言われてそれっきりだ。
「思い入れもあるし……どうするかな。でも倉庫で腐らせておくのも可哀想だから、もしかしたら売りに出すかもしれん」
「俺、買っていいすか?」
「お前は魔術師だろうが。使わないだろ」
魔術師のジェミリーは冗談っすよ、冗談、と笑って返した。
「まあ俺は引退するが、お前たちのことは陰ながら応援してるよ。夢、叶うと良いな」
「へへ、あざす。まあぼちぼち頑張っていきますよ」
「蒼き風」の四人にはダンジョンの最深記録、45階層の攻略という大願があった。壮大な夢ではあったが、彼らのひたむきな努力を見ていると純粋な気持ちで応援したくなってしまう。冒険者になった理由はそれぞれ異なるものの、今では同じ目的に向かって邁進し続けているのだ。
俺が冒険者になった理由は何だったか。実家の古装備屋は繁盛しているわけではなかったが、かといって貧乏というわけでもなかった。そのまま親父の手伝いだけして、跡継ぎとして生活していくこともできたはずだ。
だが俺は冒険者を選んだ。夢はあったはずだ。しかし途中でリスクを取ることが嫌になり、堅実さを取り、そして大成することなく引退した。これで良かったのだろうか。
「どうしました?」
「ん? いや、なんでもない。この肉うまいな」
不安が顔に出ていたのか。この歳になると自分の人生が正しかったのか否が応でも考えてしまう。正否がどうであろうと過去は変わらないのに。
今は楽しい、それでいいと考えよう。自分を慕う後輩たちに見送られて、俺は三〇年弱続けてきた冒険者の仕事にピリオドを打つことができた。十分、恵まれている。
楽しい時間はやがて過ぎ去り、別れ際の彼らは心からの言葉をくれた。
「あらためて、本当にお疲れ様でした!」
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