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沈む皇室  作者: 弓張 月
3/3

帝を品定め

今回もお読みいただきありがとうございます。

質問などがありましたらコメント欄に書いて頂ければ、わかる範囲でお答えしようと思っています。

今回の出演者は

雲井宮妃彩子さま

大瑠璃宮妃節子さま

高砂宮妃菊子さま

春日宮妃千代子さま

です。

雲井宮は帝の弟、大瑠璃・高砂・春日宮は先帝の弟になります。

高砂宮邸は、御用地の外にある瀟洒な洋館で、宮邸というには少し狭いような気がする。

あたりは住宅地でそこから隔絶するようにうっそうとした林に囲まれ、駐車場も広めにとってあるが、それでも狭く見えるのは、宮が亡くなられた2年前から高層マンションに囲まれてしまったから。

彩君は灰色のワンピースに黒曜石のネックレスとイヤリングをつけ、小さなバッグを持って宮邸を訪れた。

宮務官に案内されてリビングに入るとすでに、大瑠璃宮妃(先帝の一の弟宮)が車椅子に乗り、眼鏡をかけながら週刊誌を読んでいた。

「ご機嫌よう」

と、高砂宮妃菊子さま、つまり菊君は笑顔で迎えてくれた。

菊君は濃いグレーのゆったりしたワンピースを身に着けていた。

いつもしっかりお化粧をなさり、70代だというのに本当に綺麗なお姿だ。

そして。御歳78歳で、昨年心筋梗塞を起こしてからは車椅子生活の大瑠璃宮妃節子妃殿下は、背筋が曲がってしまっていたけれど、上品な黒のドレスをお召しになり、必死に何かを読んでいらした。

「あら、彩君。ごきげんよう」節君は老眼鏡を外して少し笑った。

「会えてうれしいわね」

「私もですわ。何を読んでいらしたのですか?」

彩君が節君が読んでいる雑誌に目を止めると、節君は不機嫌そうに雑誌をぽっとテーブルの上に放り出した。

そこには「千田ふきさんの衝撃告白」と大げさな見出しが打ってあった。

「つまらないから読む必要もない」

節君の履いて捨てるようなセリフにご機嫌ななめを感じた彩君はそれ以上何もいわなかった。

「さあさあ、春日宮(かすがのみや)妃がまだだけど始めましょう。薔薇のお茶を持ってきて」

菊君は侍女にアフタヌーンティーを用意させていた。

一番上にはスコーンや果物が、二番目には生ハムやソーセージを使った小料理、3段目にはケーキが並ぶ本格的なものだった。

そしてローズヒップを使用した鮮やかな色の紅茶の薫りが鼻をくすぐる。

「その雑誌の話はあとにしましょう。千代君がいらしてから。さあ、節君のお姉さま、大好きな紅茶ですよ。召し上がれ」

「あなたはいつも私の好みをしってらっしゃるのね」

節君はご機嫌を直し、美味しそうに紅茶を召し上がる。

菊君はどこからか彩君専用の灰皿を出してきた。

「これがないとダメでしょ?」

「叔母様・・・」

彩君はさすがに憚られて遠慮していると、菊君は微笑みながら

「ここはあなたの第二の実家と思ってと言っているわ。遠慮しないのよ」

「ありがとうございます」

さっそく彩君は灰皿とたばこを持って窓際に移り、少しその窓を開け、涼しい風が入る中、ゆっくりと外国産の煙草をくゆらせる。

そ、その時、リンがなり、宮務官の案内で小太りで背が小さい女性が走るように入ってきた。

「お・・お姉さま方。遅れて申し訳ございません。彩君もごきげんよう」

「まあまあ、千代君。そんなに慌てて。ネックスレスの留め金が前にきていてよ」

「ま、私ったら」

汗って千代君は椅子にどんと腰を下ろすとネックレスを整え始める。

「何かあったのかえ?」

節君の問いに千代君は「え?ええ・・まあ・・色々」

はっきりしない態度に節君は少し拗ねて「私には言えないことね」とおっしゃった。

すると千代君は慌てて大きく首を振り

「いえ。うちの次男がまた大殿下と喧嘩になっただけですわ」

春日宮家の2男と言えば、先帝がまだお元気な時に独身のまま宮家を創設した紅葉宮(もみじのみや)

の事だろうか。

春日宮家には3人の男子が生まれたが長男の淳仁(あつひと)親王家は結婚して2女王を得るも男子に恵まれず。

3男の韓駒宮(からこまのみや)家も男子に恵まれていない。

紅葉宮は修学院時代に学校でいじめにあってから自らの身分を呪い、絶対に結婚はしないと決意し、父宮を説得して独身のまま宮家をたてたのだが、女性を寄せ付けないその態度が大殿下の気に触り、何かと言えば喧嘩になっていた。

「私も菊君も彩君も子供がいないから、その幸せはしらないわ。あなたほど子福者はいないと思ったけどね」

節君のズケズケとした物言いに千代君はすっかり落ちこんで、

「子供がいたらいたで大変なんですよ・・・理想通りに育ちません」

と泣きそうになっておっしゃった。

「こままでは我が家も皆さまと同じ断絶の憂き目に」

どうしてこうも、先帝の弟君達に男子が生まれないのか。

「韓駒家はまだ若いでしょうに」

「八百万の神様に祈るだけです」


「帝には2人の男子がいらっしゃるから当面は心配ないわ。そういう意味ではあのような出自の女性でも側室程度の役割は出来たというわけね。先々帝の生母様のように側室に甘んじていれば称賛されたというのに、傲慢にも東宮妃になりついに最高の地位を手にいれた」

菊君は笑顔を絶やさずにそう言った。

「運命とはそうしたものでしょう。戦後、華族制度がなくなり身分制度もなくなったけど、私達は戦前からのお付き合いを大切にしているし、やはり家柄や血筋は大事と思うけど、帝はそういうものと全部縁をお切りになったから」

そうだ。

帝が東宮だった時、商家の娘である千田美紀子嬢に一目ぼれした為に「民間から初の東宮妃」と言われ、「恋愛結婚じゃなければ意味がない」と国民はどんどんん親に逆らい始めたのだ。

「きっとGHQに洗脳されて、学歴や知識が育ちよりも上と思うようになったのでしょう。氏より育ちと申しますけど、血筋より学歴が上とはね」

菊君は相変わらず微笑みながら明るく話しているけど、その内容は決して笑えるものではなかった。


后宮はカトリックの大学を優秀な成績で卒業していた。

戦争が終わって10年あまりの時代、女性の大学進学率はヒトケタくらい。そんな中でも美紀子嬢は学生自治会のリーダーになるなど才気煥発で趣味はテニスというお嬢様ぶり。

一方の帝は修学院大学に入学したものの、イギリスの女王陛下の戴冠式の為に欠席を余儀なくされ、結果的に退学になってしまった。

船で数か月もかかる時代であったから仕方ない。

先帝が戦後はひっそりと御文庫に暮らしているのに対して、東宮の露出ぶりは大きく、「名代」としての役割が常だった。

そんな東宮の妃選びの時に、テニスをした縁で千田美紀子嬢に一目ぼれし、頭を下げて入内させたというのは有名な話。

「結婚するまでは死ねない」と東宮はおっしゃった。

その時、美紀子嬢は世の中のどんな書物にもこんな悲しい言葉を聞いた事がないと思い、結婚を承諾したらしい。

「何が・・・孤独なの?世継ぎなのだから結婚しないで死なれちゃこまるでしょ」

節君はばっさりと切りすてた。

「恐らく東宮はそういう意味でおっしゃったのに、勝手に孤独の国の皇子様にしてしまうなんて、本当に馬鹿な子」

(きついわ==)と彩君は思いつつ、スコーンに手を伸ばした。


「でも悲劇のヒーローにされて気持ちよかったんでしょうよ。結婚なさってからは何でも妻の言う通りにしてやってね。教育係の女官を追い出すし、先帝の女一宮が若くして亡くなった時も、皇族は洋装の喪服と決まっていたのに一人で和服を着てね。おまけに后宮に女官の悪口をいいつのったとか」

(古い話を皆さま、よく覚えていらっしゃる)

もしかして、自分もそんな風に思われているのではないかとちらっと節君を見た彩君。

それに気づいたのか節君は

「ああ、后宮があなただったらこの国は本当に千代に八千代に続くわね」とおっしゃった。

「あら、千代は私ですわ」

ととんちんかんな事をおっしゃった千代君のセリフに、思わずみんな笑ってしまった。


「帝は先帝を戦争の加害者と思っている。それは私も知っている。だからこれからは何でも真逆の事をするでしょうよ」

「お姉さま、それは私も同感だわ。ねえ、千代君」

「そう・・でしょうか。帝は祭祀にもご熱心とお聞きしていますけど」

「正しい帝の在り方は、「自分」を出さない事、目立たないこと、しっかりともくもくとしきたりを護ることよ。けれど今帝は結婚からそのしきたりを破ったわ」

節君はまた厳しい事をおっしゃった。


「でも、私、羨ましいんです」

と彩君が自身なさそうな顔で言った。

「帝は后宮を愛していると顔に出されますもの。でも私は・・・殿下が私の事をどう思っているのか未だによくわかりません。恋愛結婚じゃないからそうなんでしょう」

菊君がお茶のおかわりを注ぎながら首を振る。

「私達は全員そうですよ。恋愛も知らず、結婚しても夫を早く失くしたりね。雲井宮は帝と違って素直でいい子でそれだけに魅力はないわね」

菊君ははっきりとおっしゃった。

「でもその分、自由にさせて貰えてると思えばいいの。あなたには私達がついているもの。私達がいなくなっても、上流階級の絆はそうそう切れないものですよ」

「もうあきらめてますわ。燃えるような感情を持つ事は」

「おやおや。私はまだ期待しているけどね」

節君が急に背筋を伸ばして手で天を仰ぐような仕草をされたのでみなびっくりした。

「いつか王子様が私を迎えに来てくれる日をね。私達の役目は国家の安寧を祈り国民に尽くす事ですよ。決して自分の欲にまみれてはいけないのです」

「はい」

宮妃方は大きく頷いた。

「という事で、帝は要注意人物。私達は無理でも彩君はちゃんと見張っていなさいよ」

見張るって・・・もうどうしようもないような気がするのだが。


「ところでこの雑誌はなんですの?」

千代君が興味深そうに雑誌を手にとった。

「后宮が皇室を潰す存在になるという証拠です」

節君は声を低くして言い放った。



少し読みやすくなっていますでしょうか?

次回は、后宮の過去が語られます。

なかなか即位の「今」に戻れないのですが、大事な部分なのでよろしくお願いします。

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