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13 結界

 結婚式の翌週、エマとエドワードは屋敷のみんなに見送られ新婚旅行へと旅立った。


「エドワード、エマちゃん。気をつけて楽しんできてね」

「マーカス様、みんな、行ってきます」

「エマ様、やっぱり私もついて行った方が……」

「アメリア、エド様もルイスもナタリーもついているから心配いらないわ」


 旅の護衛は2人。ルイスはエドワードの右腕の火魔法使いだ。火魔法は攻撃力に優れている。氷と火は相容れないが、2人は幼馴染で仲が良い。「エド」「ルイス」と呼び合う仲で最強コンビだ。

 エドワードがルイスに「エド」と呼ばれているので、エマも様付けではなく「エマちゃん」と呼んでもらっている。ルイスはコミュニケーション力が高く、頼れるお兄さん的存在だ。


 ナタリーはエマが領地を出歩く時に護衛についてもらった経験があり、簡単な身支度の手伝いもできる。今回の旅行に護衛兼侍女として抜擢された。

 ナタリーは土魔法使いなので、植物の成長を促す魔法が使える。エマの水魔法と相性も良く、薬草作りが趣味のエマと話も合う。


 エマたち一行は元スロアニア国とエヴァンス国の国境があった場所を越えた。

 進むにつれ、次第に小型の魔物がちらほら出現するようになった。


「エマ、魔物退治してみる?」


 エマは魔物を倒せる魔法能力を習得しているものの、まだ実践で試したことはなかった。


 エマが馬車から魔物を見ると、野うさぎのような可愛らしい魔物が遠くにいた。野うさぎとの違いは色が黒く、額から1本の角が生えているところだ。


 魔物は致命傷を与えるか体内の魔石を壊すことで倒せる。

 

 エマは角うさぎの可愛らしい見た目に罪悪感を抱きつつ、敵に気付かれないように慎重に近づく。そして水鉄砲を飛ばして1発で仕留めようと、右腕を上げて身構えた。


 しかし角うさぎはエマを認識した途端、一目散に逃げ去ってしまった。


「逃げられちゃいました」


 エドワードは無言で角うさぎの去った方を見て考え込んでいた。


 その後もエマは何度かチャレンジしたが、戦闘が始まることはなかった。エマは才能がないと1人落ち込んでいたが、他の3人は異変を感じていた。


「エド、魔物の様子がおかしいな」

「あぁ」

「黒輝石が減ったからか?」

「いや……魔物は聖女を嫌う性質があるのかもしれない」

「魔物が聖女を!?」


 小型の魔物はあまり知性が高くない。強い人間相手でも構わず攻撃してくるらしい。角うさぎも敵を見つけたら、可愛らしい態度を豹変させ威嚇しながら飛び掛かってくるそうだ。


「王都が今まで魔物に襲われなかったのは、黒輝石がないだけではなく、聖女がいたからかもしれないな」


 エマたちは相談して、まだ確証はないがこのことは他言しないよう約束した。

 エドワードは危惧したのだ。聖女は治癒能力だけでも人気があり狙われることがある。さらに魔物を寄せ付けないことが判明すれば、エマを力づくでも奪おうとする者が現れるかもしれないと――。


「エド様、私が魔物に嫌われているなら、聖魔法が魔物に有効ということでしょうか?」


 エマはエドワードに水魔法で魔物に攻撃する方法を習っていたが、聖魔法は試したことがなかった。


「聖魔法で魔物に攻撃か。どんな魔法ができるか考えてみようか」

「はい」


 聖魔法使いは数が少なく、まだ不明な点が多い。エマとエドワードは好きな魔法談義をしながら道中過ごした。



 その後もエマのおかげか一行は魔物に襲われることなくクラマフに辿り着いた。



「変わった匂い!」

「温泉の匂いだね」

 

 エマとエドワードは和気あいあいと、馬車の窓から眺める初めての光景を楽しんだ。街は夜なのに人通りが多く、露店も並んでいた。


「あれ美味しそう! あっちは何かしら?」


 エマの楽しそうな様子にエドワードの頬も自然とゆるんだ。

 

 そうして夜遅くに馬車は宿泊する宿に着いた。


「お城!?」


 エマは古城のような宿に驚きを隠せなかった。


「中も素敵! いつの時代の物かしら」


 テーブルや椅子、箪笥などアンティーク風の家具が使われているが、決して古臭くなく高級感がある。


 エマたちは宿のスタッフに出迎えられ、泊まる部屋へと案内された。エマとエドワードの2人部屋の右横がルイス、左横がナタリーの部屋の配置だ。

 エマとエドワードの部屋はキングベッドが1つ置かれ、5人掛けソファやダイニングテーブルとチェア、簡易キッチンもある広めの部屋なので、みんなで食事や歓談ができる。


 まず始めにエマとエドワードが泊まる部屋へ入ると、思わぬ人物に歓迎された。


「ようこそクラマフへ!」

「えっ! ミカエル様!? レオン様も!」

「旅は順調だったようだね。 魔物に遭遇しなかった?」

「えっと……」


 エドワードとの約束を思い出し口を噤んだエマの代わりにエドワードが答える。


「大した魔物は出ませんでした」

「それは良かった」

「第3王子って暇なんですか?」

「君たち2人は世界の救世主だからね! 滞在中のお世話を任命されて来たのさ」

「まさかずっと一緒にいるなんて言いませんよね?」

「そのまさかだよ!」


 朗らかに微笑む本物の王子と、正反対の冷酷な表情の氷のプリンスがまたバトルを始めようとしていた。

 見慣れた光景にもはや誰もがスルーしようとしていたが、エマの腹の音がグーっと鳴り響き中断した。


「すみません! お腹が空いてしまって……」


((可愛い))


 男2人は恥ずかしがるエマを見て同じことを思っていた。


 エマはみんなで遅い夕食を取りながら、ミカエルから今後の流れを聞くことになった。

 ミカエルが言っていた酸味の効いた料理が並ぶ。酸っぱいキャベツのソーセージ入りスープもありエマを喜ばせた。


「街の広場にある黒輝石が1番大きい。まずはそこを見て欲しい。それが浄化できたら、小さい物がいくつかあるので持って来させよう」

「はい」


 エマたち一行はクラマフの料理を存分に楽しみ、その日は移動疲れのため早めに就寝した。


 翌日はミカエルと共に馬車に乗り、広場へと向かった。時計台のある広場に噴水があり、その中心部に黒輝石が輝いていた。ホークウッド領にあった聖女像の黒輝石と比べれば小さく、半分ほどの大きさだ。


 エマたちが広場に着くと、男性の魔法使いが近づいて来た。


「ミカエル様」

「紹介するよ。聖女エマと夫のエドワードだ。エマ嬢、エドワード、こちらは噴水に結界を張っている魔法使いのジャンだ」

「噴水に結界を?」

「あぁ、今のところ黒輝石のいい対策が思いつかなくてね……。大きい黒輝石には結界を張って守っているんだ」

「それは大変ですね」


 ミカエルは苦笑いを浮かべる。


「……それで浄化できそうかな?」

「この大きさなら2-3日で浄化できると思います」


 エマとエドワードは浄化の準備をし、ジャンに結界を解いてもらった。

 エドワードの水魔法がエマの治癒魔法を黒輝石へと届ける。1回の浄化で黒輝石は半透明にまで色が変化した。


「かなり薄くなりましたね! 明日には浄化できそうです!」

「それは良かった」


 エマの魔力がほとんど失われたので、一行は馬車に乗り宿へと戻ることになった。

 エマの元気がないのは魔力が失われたせいだけではない。黒輝石1個に魔法使いが結界を張る。それはかなりの労力と人員を必要とする。

 黒輝石の大きさに比例してして、結界を張る魔法使いの人数も増えるらしい。


「ミカエル様、私にもっとお手伝いできることはありませんか?」


 ミカエルはその言葉を待っていたかのように微笑んだ。

 エドワードは焦り、すかさず口を挟んだ。


「エマ! ミカエル様、エマは充分やっています。これ以上求めないでください!」

「エドワード、エマ嬢。悪いがそうも言っていられなくなりそうだ」


 黒輝石に結界を張れば、一先ず魔物は惹き寄せられなくなると判明した。だが優秀な魔法使いを黒輝石の結界に充てられるほど、十分な人数の魔法使いがいる国ばかりではない。


 まだ黒輝石が魔物除けの効果があると言われていた時代ーー。国々は黒輝石を求め、魔物という1つの敵に立ち向かう同士だった。


 黒輝石が魔物を惹きつけるという本当の性質が判明し、スロアニア国を撃つ時も各国で協力できた。


 しかしその後、足並みが揃わなくなってきた。


 聖女が世界中を旅しながら黒輝石を浄化する。そうすれば魔物による被害が減るという希望の光が見えた。だが聖女の人数は限られている。

 聖女が最初に訪れる国はいい。最後の国は何年、何十年聖女を待つのだろうか。どの国の浄化が優先されるか、多額の金が動いているらしい。


 また、黒輝石を他国へ廃棄しようとしている国、金と引き換えにそれを引き受けようとしている国、散らばっている黒輝石を自国の1箇所へ集めようとしている国もあるそうだ。


「そんな……! 黒輝石が1箇所に集められたらその場所は……」

「人は住めなくなるかもね。世界中の黒輝石を一時的にでも1箇所に集めるという案を出してきた国もいるし……元スロアニア国の王都にだよ」


 エマは黒輝石を浄化できた時、これで悲しむ人が減ると信じて疑わなかった。しかしその結果、今までなかった人間同士の争いを引き起こし、故郷の安全まで脅かされる事態になってしまったことに胸が痛くなった。 


 エマはミカエルの話にショックを受け、ミカエルとエドワードの会話は耳に入らなくなっていた。


「エマ嬢のせいではないよ。ただ私も他国のことには強く口を出せなくてね。というわけで2人は重要人物だから、今まで以上に気をつけて欲しくて」

「そういう大事なことは早く言ってください!」



 宿に戻ってもエマの元気が戻らないので、ナタリーが気分転換に露天風呂へと連れて行った。

 そしてエマの元気がないとエドワードの元気も当然なくなり、1人部屋に残って静かに怒っていた。


(全く新婚旅行気分ではない!)


 エドワードは部屋付きの露天風呂をまだエマにお披露目できていなかった。

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