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第47話 魔物の氾濫

 地上についてまず驚いたのは、夜なのに真昼のように明るいことだった。

 都の各所にとりつけられた光魔術の投射装置が発動し、空を煌々と照らし出しているのである。


 ミルが聖女をしていた、シルダリ教国の教都シルダリア。

 あそこは辻ごとに光の魔術がかかったランプが夜通し光を放っていた。

 ケイの都はそれとは違い、ふだんの夜は暗いままであったが……そのかわり、非常事態における光の投射量はかの都市の比ではない。


「うわあ、まぶしいねえ」


 とミルが呑気な声をあげるほどの、圧倒的な光の洪水。

 暗い地下階段に目が慣れていたおれたちは、しばし立ち尽くしてしまった。


 なお兵舎ではあちこち人が走りまわっているが、おれもミルも無視されている。

 これは兵士たちの目が節穴なわけではなく、ミルが念のためと「存在感を消す」という特殊な闇の魔術をかけているからだ。

 通路を、そして兵舎の内と外を行き交うトウの国の兵士たちは、大声で現状を報告し、対策までおれたちに教えてくれている。


「魔物だ! あちこちの地面から魔物が溢れだした! 民が襲われている!」

 地震とともにケイの都の各所に穴が開き、そこから魔物が溢れだしたのだという。

 教都シルダリアでみたのと同じ光景だ。

 あのときと同様、大型の魔物が出現しているらしい。


 それも、複数箇所で、同時に。

 大陸より優れた兵を多数擁するこの国でも、さすがに苦戦しているようだ。


 地震は小刻みに、なんども続いている。

 これで終わりではないということだ。

 アイシャの言葉がたしかなら、この地の霊脈はシルダリのそれより状態が悪いはずだしな……。


 そのあたりの対策、さらには邪竜の卵とそれから産まれる存在については、あとだ。

 兵士たちは魔物を迎撃するとともに、都市の住民の避難を誘導している。

 おれたちは、彼らが仕事しやすいよう、こっそりサポートにまわるべきだろう。


「近くの大型から倒していくぞ。ミル、方角はわかるか」

「うん。たぶん、こっち」


 おれとミルは手をつなぎ、ミルの闇の魔術、シェード・ステップで陰から陰へ移動する。

 夜空が明るく照らし出されているといっても、建物の陰は多いし目が慣れてくれば完全に昼と同様とまで明るいわけではないとわかる。

 真昼に比べれば、だいぶ闇の魔術に有利な状況だ。


「《永劫の深淵、冒涜の囀り、虚空の陥穽、銀の海、そは輝きの道なり》」


 建物の陰から陰へと飛ぶ。

 そしてまたシェード・ステップ。

 視界がめまぐるしく切り替わるが、ミルは混乱した様子もなく複雑な街路を跳躍していく。


 そういえばこいつ、五百年前も方向感覚が鋭かったな……。

 道に迷わないだけじゃなくて、初見の町でもだいたいどう歩けばどんな建物があるのか、一瞬で把握しているようだった。

 ナズニアが、「彼女には斥候の素質がある。のんびりしたところを除けば」といったことをかつて語っていた。


 もっとも、のんびりしないミルなんてミルじゃない。

 おひとよしで、困ったひとをみたら飛び出してしってしまう性格も、まったく斥候向きじゃない。

 ナズニアもアルネーもそれはよくわかっていたから、偵察任務にミルを連れていったことはいちどもなかった。


「あっ、あそこ! あぶないっ」


 街路から顔を出したミルが、そう叫んでおれの手を離す。

 次の瞬間、ミルの姿が消える。

 一瞬ののち彼女が姿を現したのは十数歩先の家のそば、そこで倒れていた子どもふたりの前だ。


 おれとミルの間には、魔物が一体。

 子どもたちに対して巨大な鎌を振り下ろそうとする、大人の倍ほどの身の丈をもったカマキリの魔物だ。

 ミルは魔物の向こう側に飛び、その目の前に出現したのである。


「《惑う陽炎、揺らめく幻燈、狭間より伸びて、縛めとなれ》」


 闇から出現した影の鎖が、カマキリの魔物の全身にからみつく。

 シャドウ・バインド。

 闇の第三階梯魔術である。


 強固な影の鎖による捕縛は非常に便利なのだが、なにせモノがモノだけにほかの属性の魔術として誤魔化せない。

 もっとも、今、周囲には魔術の専門家なんていないし、ごまかす理由も余裕もなかった。


「よくやった」


 おれは霊剣クリアを抜き、地面を蹴ってカマキリの魔物との距離を詰める。

 すれ違いざま、その首を刎ねた。

 魔物が地面に倒れる前にミルの手を引く。


「あっ、もう。強引だよ!」


 と文句をいいつつミルは少し嬉しそうに呪文を詠唱、シェード・ステップを発動する。

 おれたちふたりは子どもたちの前から消え、はるか街路の向こう側へ。

 助けられた子どもたちには、なにが起こったのかさっぱりだろう。


 それでいい。

 別に感謝は求めていない。

 おれもミルも、ただやるべきことを淡々とやるだけだ。


 途中で、魔物にやられた住民や兵士の死体をみかけた。

 負傷してうずくまる者もいた。

 動かない親に泣いてすがりつく子どもがいた。


 ミルは唇をきゅっと結んで、おれの手を強く握る。


「悔しい。いまのわたしじゃ、なにもできない」

「そのかわり、おれをこれだけはやく運べるだろう」


 かつて聖女と呼ばれたミルなら、癒しの魔術で彼らを救うことができたかもしれない。

 いまの彼女はそのちからを失い、かわりに闇の魔術を得た。

 本来、ヒトには行使できないちからを。


 ちからは、ただあるだけでは意味がない。

 適切に行使してこそ、そこに意味をみいだすことができる。

 アルネーがかつていってた言葉だ。


「いまのおれときみのコンビなら、高速移動と一撃離脱が適切な運用だ」

「うん、そうだね。……次、いこう」


 彼女は素早く呪文を詠唱し、次のシェード・ステップで魔物の前に出た。

 口から炎を吐く熊の魔物が、兵士たちを襲うところだった。

 おれはその魔物を霊剣クリアでまっぷたつにする。


 兵士たちは顔をかばって前をみていなかったため、おれたちの存在には気づかなかっただろう。

 彼らが不審に思い顔をあげたときには、もうおれとミルは消えているのだから。

 そうして、またひとつの現場を救った。


 次に出たのは、身の丈が二階建ての家屋よりもある巨人の前だった。

 腕が十本以上ある、特別な魔物だ。


 たしかその名を、ヘカトンケイル。

 そんじょそこらの武器では刃も通らないかたい肌と、いかなる鎧も盾も握りつぶしてしまう怪力の持ち主で、城壁など拳のひと突きで破壊してしまうおそるべき魔物である。

 兵士たちは怯えながらも隊列を組み、槍で懸命に牽制を続けている。


 コノエも数体、兵士と共に戦っていた。

 コノエの攻撃はわずかながらヘカトンケイルの身を傷つけているようで、おかげでなんとか戦線を維持できている。

 ヘカトンケイルの長い腕のひとつが、無造作にそんなコノエを薙ぎ払う。

 コノエはかろうじてこらえるが、巻き込まれた兵士たちが悲鳴をあげて吹き飛ばされる。


 絶望的な相手だ。

 それでも兵士たちは、傷だらけのコノエと共に、民が逃げる時間を稼ぐため、己の誇りのため、果敢に挑み続けては玉砕を繰り返しているようだった。


「ミル、あそこの屋根に」

「うん! 《永劫の深淵、冒涜の囀り、虚空の陥穽、銀の海、そは輝きの道なり》」


 おれとミルは巨人のすぐ近くにある、二階建ての集合住宅の屋根に出現した。

 ヘカトンケイルが、突如として出現したおれたちに驚きこちらを向く。

 おれはそのとき、すでにヘカトンケイルの頭部めがけて跳躍している。


「閃迅衝」


 霊剣クリアで刺突を放つ。

 刃の先端に集まった霊気によって、剣が虹色に輝く。

 一撃は、巨人の頭部を粉々に粉砕した。


 おれは反対側の建物の屋根に着地する。

 そこには、すでにミルが迎えにきていた。

 彼女の手を握る。


「おつかれ」

「次にいくぞ」

「うんっ」


 振り返れば、頭を失った巨人がゆっくりと倒れ伏すところだった。

 シェード・ステップが発動し、視界が切り替わる。



        *



 おれとミルは、都のあちこちを飛びまわり、魔物を狩り続けた。

 ケイの都はおれの想像を超えて広かった。

 これ、かつての帝都よりも広大なんじゃないか。


 帝都も百万人都市だったけれど、この国みたいに二階建てがせいぜいではなく、五階建てのアパートとかも多かったしなあ。

 そんな広い都をシェード・ステップで駆けまわる。

 いくら倒しても魔物たちはとめどなく溢れ続ける。


 都の民の避難は遅々として進まず、かなりの数が魔物の犠牲となっているようだ。

 兵士のうちほんの少数の精鋭が、コノエと共にヘカトンケイルのような巨大な魔物を相手に善戦していた。

 おれとミルは、彼らの横から獲物をかっさらうと、制止の声も聞かずに姿を消す。余計なことをいいあう時間も惜しい。


 そうして、しばらくののち。

 ひときわ巨大な地震が起こる。

 ちょうど、おれとミルが都の中央に接近したころだった。


 ひときわ巨大な宮殿が、轟音と共に消滅する。

 これまでになくおおきな影が、宮殿のあった場所から、かま首をもたげて出現した。

 巨大な翼がはためくその余波だけで、石造りの建物が吹き飛ぶ。


 周囲の明かりが消えてしまったため、その姿はよくわからない。

 でも、おれもミルも知っていた。

 身もすくむような咆哮を聞き、理解していた。

 身の丈がおれの十倍近い竜のそのシルエットをみるだけで、全身の震えを抑えきれない。


「邪竜アイシャザック」


 ミルが呟く。


「まさか、卵から産まれてすぐ、あのおおきさになるとはな」


 かつてアイシャがいっていた。

 気づいたときには、己は竜であった、と。

 あれは、こういう意味だったのだろうか。


 とにかく、あれは駄目だ。

 こんなところで暴れさせてはいけないシロモノだ。

 兵士たちの精鋭すら、あれを相手にはひと呼吸ともたないだろう。


 おれたちだって、怖い。

 当然だ。

 あのときは七人そろって、充分に戦術を練って、それでやっとだったのだから。


 でも。

 おれとミルは、互いの手をしっかりと握りあう。


「いくぞ、ミル」

「うん、コガネ」


 ミルが呪文を詠唱する。

 シェード・ステップ。

 おれたちの姿はかき消え、次の瞬間、ずっと離れた陰から出現する。



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