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第48話 邪竜復活

 フーカは、ホウライ人のネハンと大陸人のナズニアの間に生まれた。

 だが両親は多忙で、両親の友人であるヘリウロスとバハッダという男たちの家族と共に育てられた。


 兄弟姉妹同然に育ったものたちのことは、大切な記憶だ。

 もう何百年も前のことだから、ほとんど忘れてしまったが……。

 想いだけは、残った。


 彼らの子孫を守らなければという、強い想いが。

 彼らの死後も、ずっと、ずっと。


 フーカはその感情だけに突き動かされて、封印を守り続けていたのだ。

 でも。


「もう、それも終わりですね」


 目の前で淡々と語る少女をみつめる。

 己は邪竜アイシャザックの生まれ変わりである、と突拍子もないことをいいだした少女を。


 コガネと、ミル。

 両親のかつての仲間たち。

 邪竜アイシャザックを討伐した、おとぎ話のなかの七人の英雄。


 彼らは、この少女を信じて、不老不死をもたらした邪竜の霊気を彼女に明け渡したという。

 おまえの霊気もよこせ、と彼女は傲岸不遜にフーカへ告げる。

 悪いようにはしない、なるべく希望は叶えてみせよう、と上から目線でいいのける。


 あまりにも傲慢なものいいだが、そこに悪意は感じられなかった。

 むしろ、真摯な想いを感じた。


 目をそらさず、どこまでも真摯に、まっすぐに語っていた。

 フーカは思わず、笑ってしまった。


「なぜ、笑う」


 不思議そうにアイシャが首をかしげる。

 フーカは彼女の身体を、ぎゅっと抱きしめた。


「なっ、なにをする!」

「ぼくは、あなたを愛しく思います」

「わっ、まっ、待て! われにはそういう趣味はない!」


 アイシャが、じたばた暴れる。

「そういう意味ではありません。気高い精神に触れ、親愛の情を覚えたということです」

「そ、そうか」


 フーカは、くすりと笑った。


「あなたが勘違いしたような意味でも、いっこうにかまいませんが」

「われは構う! ええい、離せ!」


 強引に振りほどかれた。

 アイシャは改めて、とフーカの肩に手を乗せる。


「承諾と捉えてよいか」

「はい。ひと思いに、ぐっとやってください」

「では、参るぞ!」


 全身に激痛が走った。

 フーカは笑顔で、それに耐えた。

 耐えることは慣れていたから、平気だった。


 平気だと、思っていた。

 なのに、なぜか頬を涙が伝い落ちる。

 とめどもなく、涙が流れ続ける。


「どうして、泣く」

「嬉しいのです。ぼくの想いがいまこそ届いたのだと、そう思いました。おかしいですね。ぼくは、なんの見返りも求めていなかったはずなのに」

「ふむ。……私心なく献身する者あれど、相手の想いにまったくの無関心であり続けるわけがない。おぬしの反応は正常だ。われはおぬしの想いを善きことと思う」


 まだ十五、六のはずの少女は、時折、賢者のようなことをいう。

 こうした部分こそが、彼女の前世から受け継いだものなのだろうか。

 邪竜と呼ばれた存在は、これほどに高潔な精神の持ち主であったのか。


 それが、なんらかの意図によって歪んだ。

 邪竜が朽ちた結果、その意図だけが残って卵となった。

 目の前の人物と分かたれて。


「とても、嬉しく思います」


 フーカはにっこりとした。



        *



 物理的な破壊を伴う咆哮が、深夜のケイの都に響き渡る。

 衝撃波で木造の家屋が破壊され、木板の破片が宙を舞う。

 兵士たちの悲鳴と呻き声が響き渡る。


 ケイの都の中心部は阿鼻叫喚。

 幸いにして、兵士以外の者はすでに大半が撤退したあとのようだ。

 この地の権力者たちのことだ、彼らはまっさきに逃げたのだろう。


 いや、権力者が先に逃げるのは防衛上正しい。

 守る対象が分散するのは悪手だし、そちらに張りつける兵力を民の避難にまわせば助かる者の数も増える。

 でもこの国のやつらだからな……と思ってしまうのは、きっとこれまでのアレコレからくる偏見なのだろう。


 ゲンザンで籠城中に自分たちだけ逃げ出したやつらのこともあるしな……。

 あいつらに比べたら、兵士を民を守るほうに振り向けているだけだいぶマシだ。

 少なくとも、おれたちの足を引っ張るほうには動いていない。 


 さて……。

 おれとミルは、かま首をもたげて咆哮をあげ、周囲の建物を破壊しながら暴れ続ける巨大な影をみあげる。

 城よりも巨大なそれのシルエットは、たしかに五百年前、おれたちが退治したあの邪竜とうりふたつにみえた。


 あれを、これから、おれたちは倒す。

 仲間のうち過半数は消えた。

 でもかわりの仲間がいる。


 そして……おれたちの目の前に立つ者が、こちらを振り向く。

 ホウライ人ではない。

 遠くの明かりに照らされて、青い髪が波打つように揺れる。


 細い剣を手にした、背の高い痩身の女性だった。

 五百年前と同じ、諦観をたたえた黄金色の瞳で、皮肉げな微笑みで、彼女はおれとミルと出迎える。


「やあ、来たね。待っていたわ」


 女は、よく通る声で告げた。

 穏やかに、まるでこちらを手招きするように、あのころと同じように。


「あたしひとりじゃ、こいつは無理なの。だから、あなたたちがここに来るまで待つしかなかった。ほかの誰も、もういない。悪いけど、あたしの策に乗ってもらうよ」

「アルネー、なんのつもりだ」

「ここまで来たってことは、わかってるんだろ。こいつは、あたしの仇なんだ。五百年、待った。こんどこそ、仇をとる。ただそれだけを糧に、胸のうちで炎を燃やし続けてきたんだよ。巻き込んでごめんね。でも、あたしはもう止まれない」


 やっぱり、おれたちが来たタイミングでなにもかもが動き出したのは彼女のせいだったか。

 理屈はわかる。

 だけど、その行動を肯定してやるわけにはいかない。


「アルネー、きみのやったことで、大勢のきみが生み出されたんだ。焼け出された人々。死んだ兵士たち。子、夫を失った妻……」

「そうね。心から、悪かったって思っているわ。でも、優先順位の問題なの。五百年、ずっと怒りを胸に秘めて待ち続けるのは難しかった。限界だったわ。……誰かさんはひとの忠告を聞かずにいなくなっちゃうし」

「すまなかった。おれが間違っていたよ」


 その件について出されると、ぐうの音も出ない。

 おれの謝罪を受けて、アルネーは快活に笑った。

 そんな笑顔だけは、五百年前のままだった。


「ちゃんと成長したようで、お姉さんは嬉しいね」

「五百年たっても歳でマウントとるなよ」

「なんにせよ」


 アルネーは前を向く。

 狂暴に暴れ続ける竜の影をみつめる。


「あれを倒すことに協力してくれるんだろう。だったら、なんだっていいさ」

「不本意だがな。アルネー、きみはいったい、なにを知っている。あれはなんなんだ」

「邪竜の卵から産まれたんだ、邪竜なんだろうね。アイシャザックは『悪意の芽』と呼ばれる存在にとりつかれていた。いつかは知らないけど、半々、といったところだったんだろうね。あたしの町を襲ったときのアイシャザックは、悪意そのものに支配されていたようにみえたから、そういうときもあったんだろう」


 アイシャがいう『意志』のことだろう。

 それにしても、『悪意の芽』か……。

 彼女のいう通り、邪竜が彼女の町を襲ったときにその意志を『悪意の芽』に支配されていたのかどうかは定かではない。


 そもそもアイシャは、町を襲った程度のことについていちいち覚えていない、と語っていた。

 竜の生をヒトと同じようには語れないのだと。


 たしかなことは、目の前の女性が、『悪意の芽』という存在を知ってしまったということだ。

 そして、知ってしまった以上、止まれないということだった。


「あたしたちが邪竜と最後に戦ったときは、もうほとんど『悪意の芽』の影響から脱していたみたいだった。でもそれじゃ、あたしの復讐は終わらない。あれを始末しない限り、あたしは死のうにも死ねない」

「いったいなんなんだ、その『悪意の芽』っていうのは」

「さあ、ね。仙界からこぼれ落ちてきたなにか、という仮説をネハンは唱えていたよ。あっち側では不浄を捨てる感覚で、こっち側に追放されたなにかさ。まったく、仙者なんてろくでもないやつばっかりだ」

「うちの師匠をディスらんでくれ」


 師匠は、修行がちょっとばかり厳しい以外、まともな人間だったぞ。

 いや、仙者が人間かどうか、は知らんけど。


「なんにせよ、そっちはネハンとナズニアがなんとかするって話だった。だからあいつらは人の身を捨てて、あっちに行った。あいつらはあたしの復讐に興味なんてなかったし、あいつらがいてもあんたがいなきゃ邪竜には勝てない。それはお互いによくわかっていたからね」

「おい待て、それは初耳だぞ。なんだよ、ネハンとナズニアは生きてるのか」

「フーカのやつ、そこは話してなかったのかい。ま、対外的には死んだってことになってるんだけどさ」


 呆れた様子で、アルネーは呟く。

 いやこっちが呆れたいよ。

 なんだよ、ネハンとナズニアのやつ……娘を放っておいて、どこをほっつき歩いてるんだよ。


「ひょっとして、ヘリウロスとバハッダも」

「すまないね。あいつらは、死んだよ。その霊気は、半分が封印に使われて、半分をフーカが受け継いだ」

「それも聞いてねえ」


 フーカのやつ、肝心なことはなにも説明してないじゃないか。

 受け継いだ邪竜の霊気はヘリウロスとバハッダのものって……。

 いやそんなの、最初に話しておいてくれよ……。


 話す暇がなかっただけか。

 こいつが、目の前の女が、かつてのおれたちの仲間アルネーが、逸って行動を起こしてしまったせいで。


「もう少しゆっくりしてから、ことを起こして欲しかったな」

「あいにくと、話し合いには飽きたんだ。あたしはもう止まれない。止まらないって、そう決めたから」


 アルネーは背中をみせたまま、そう語る。

 五百年の歳月が彼女を変えたのだろうか。

 だとしたら、彼女はどれほど多くの裏切りを、ひとの悪意をみてきたのだろう。


 きっと、その原因のひとつは、このおれだ。

 そう思うと、あまり強くいうのもためらわれる。


「そこがアルネーの駄目なところだよ」


 おれにかわって、というわけでもないだろうが。

 ミルが、鋭い口調でそういった。

 いつものふわふわ笑顔はなく、ただそこにあったのは、これまでみたこともないほど冷たい表情だった。


「わたしは、アルネー。あなたを認めない」

「それで結構さ、聖女さま。どっちみち、あんたはあたしの思惑通りに動くしかないんだ。文句があるなら、いますぐあんたの魔術でこの都を救ってみせな」


 アルネーは、かつての仲間をそう切って捨てた。


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