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第41話 英雄と英雄の娘

 いちど距離をとって、おれは目の前で鞭と小盾を構える少女を睨む。

 ネハンとナズニアの娘、フーカ。

 なんて厄介なやつなんだ。


 ナズニアのこざかしさと、ネハンの魔術に関する深い造詣はそのまま彼女に受け継がれているようだった。

 おそらく、見た目通りの年齢じゃない。

 加えて……。


「盾で守って、隙を見て反撃するその戦い方、誰に習った」

「ヘリウロスさまから」

「やっぱりな」


 そう、彼女の守り主体の戦い方、聖鏡ヤタの使いかたはネハンのものとはまったく違う。

 おれは、ああいうねちっこい戦法をよく知っていた。

 ほかならぬ、それは聖楯と呼ばれたあの男、ヘリウロスのものであったからだ。


「女性に歳を聞くのもなんだが、きみはいったい何歳だ」

「忘れました。おおざっぱに、百よりは上とお考えください。もとより、見た目で侮るような剣聖コガネではないとお聞きしておりました」

「あえて聞かれるまで黙っているあたりのこざかしさも、ナズニア譲りだな」


 フーカと名乗った少女の見た目の女は、少しだけ口もとをほころばせた。


「なんだよ」

「母に似ているといわれて、喜ばないぼくではないということです」

「で、腕試しは満足か」


 フーカは少し迷うように視線を宙に彷徨わせたあと、「いま少し」と返事をして……。 

 地面を蹴り、距離を詰めてきた。

 矢のような突進だ。


 鞭を持つ右手が動く。

 次の瞬間には、左右両方から、枝分かれした鞭が襲いかかってきている。


 これも仙鞭ファルナの能力である。

 本来なら初見殺しの必殺技だが、おれにはきかない。


「月刃衝」


 斬撃を飛ばし、左手の鞭を払う。

 そして右手から飛んでくる鞭は……。


「衝崩撃」


 左手で生み出した霊気の波で、いなす。

 だがそのときにはもう、フーカがおれの懐に飛び込んでいた。


 おれの両手は相手の攻撃を払うのに使ったばかりで無防備……と、思われたのだろう。

 フーカが聖鏡ヤタをかざす。

 またあの光の束が来る、はずだ。


 必勝を期したであろうそのタイミングで、おれは横蹴りを入れた。

 フーカはとっさに聖鏡ヤタを蹴り足に合わせる。

 だが攻撃をする寸前であったため、踏ん張りきれない。


 盾で脚撃を受けて、小柄な少女の身体が吹き飛ぶ。

 数十歩の距離だ。


 おれは月刃衝で追撃を見舞うが……。

 これはいつの間にか呪文を詠唱したのだろう、おそらくウィンド・ウィングのような魔術を行使して空中で軌道を変更し、衝撃波を避ける。


「まだです」

 空中で、彼女の鞭が振るわれた。

 今度は、鞭の先が八つ分裂しておれを襲う。

 ち……っ、ここまで使いこなせるのか!


 だが距離を置いての仙鞭は、そこまで怖くない。

 おれは駆け出す。


 風の魔術を受けて斜めの軌道でまさしく四方八方から襲い来る鞭をかいくぐり、狙いすましていたのだろう光の束に月刃衝を合わせて相殺。

 舞い上がった土煙に紛れて、跳躍する。


 フーカからは、土煙でおれの姿が消えたと思った次の瞬間、宙を舞う自身の目の前におれが現れたと思っただろう。

 空中で、おれは霊剣クリアを袈裟懸けに見舞う。

 フーカは聖鏡ヤタでこれを受けるも、その勢いを受け止めきれず、地面に叩きつけられた。


「……うん?」


 インパクトの瞬間、おれはその手ごたえに違和感を覚える。

 これは……いや、そういうこと、か?

 はたして、地面に叩きつけられたフーカがゆっくりと立ち上がる。


 その姿が、ブレていた。

 まるで湖に映した光景のように、さざ波のごとくその全身が揺れている。


「フーカちゃん!」


 ミルが叫ぶ。

 思ってもみなかったのだろう、その光景に慌てる。

 でも、まあ……。


「なんと、おぬしそのものが幻のたぐいであったか。実体のある幻とは、なんとも器用な魔術よ。われも知らぬ魔術があるとは」

「失礼、試しました」


 フーカはいう。

 少女の姿をした自称百歳以上の女は、鞭と小盾を地面に落とした。

 その全身が薄れ、もはや消えかけている。


「おれは知っているよ。火の魔術で、ネハンのオリジナルだ。たしかヒート・ヘイズだっけか」

「さよう、陽炎。この身は炎の幻です。本物のぼくは、ケイの都の地下で囚われの身。……コガネさま、信用いただけましたか」

「なにをいっておる。いきなり殴りかかってきて信用もなにも」


 アイシャが抗議の声を出す。

 だがおれは笑って首を振った。


「最適解だったと思うよ。信用するぜ、フーカ」

「なっ、コガネ、おぬし!」

「拳を、刃を合わせなければわからないこともある。フーカ、きみからはたしかにネハンとナズニア、それからヘリウロスの気配を感じた。鞭を弓のように運用するのは、バハッダの入れ知恵か」


 まあ、こうでもしなきゃ、ちょっと信じられないことだよな。

 手合わせしていて、懐かしさばかりを覚えてしまった。


「戦うことでこやつがおぬしの仲間の娘だと、おぬしの仲間から薫陶を受けたと、そのことがわかるというのか」

「まあ、そりゃ、な。なにせ、長いこと共に旅したやつらだ」


 おれの言葉にフーカが微笑む。

 柔和な笑みだ。

 かつての仲間たちの顔がそこに重なるような気がした。


 そう、彼女はたしかに、ネハンとナズニアの娘なのだ。

 ヘリウロスとバハッダから武芸の手ほどきを受けているのだ。

 こうして戦わなければ、とうてい信じられなかっただろう。


 だけどいまのおれは信じている。

 彼女こそが、探し求めていた仲間たちの手がかりだと理解している。


「教えてくれ。この島でいったいなにが起きた。ネハンとナズニアはどこにいる。ヘリウロスとバハッダは……」

「詳しくは、供の者たちに聞いてください。あれらは信用できる者たちです。ぼくの役目は、ひとまず終わり。ふたたびあなたと会えることを……」


 言葉を最後まで紡ぐことができず、フーカの写し見は、全身を炎に変化させた。

 炎はたちまち燃え尽き、灰となって消える。


「フーカちゃん、消えちゃった……」

「幻体の制御術を解放しただけだ。ネハンが何度かやっていただろう」


 何度かみたことがある、ヒート・ヘイズというネハンの独自魔術。

 術者は、遠くからこの陽炎を操っていたのだ。

 陽炎を通じておれたちを見ていた。


 それと、たしかこれ、射程距離があったはず。

 そこそこ長いけれど、この島の半分も届かない程度で……。


 そうか、いまになって会談を望んだのは、おれたちがようやく、この魔術の射程距離に入ったからか。

 インガの民を代表するという、フーカ。

 彼女自身が語った通り、その本体はケイの都の地下に囚われているのだろう。


 だが両親から才能を受け継ぎ卓越した魔術師となっていた彼女は、おれみたいに黙って囚人になり下がっているようなやつじゃなかったということである。

 いや、おれだってやりようがあれば黙ってはいなかったんだけどさ……。


「わたし、フーカちゃんに聞きたいことがまだたくさんあったよ。ネハンのこと、ナズニアのこと、ヘリウロスとバハッダのこと……。ううん、フーカちゃんのこともいろいろ知りたい。いっぱい、いっぱい、お話をしたいよ」

「おれだって、そうだ。でもどうやら、それをするためには……」


 フーカのふたりの従者が、やってくる。

 仙鞭ファルナと聖鏡ヤタを恭しく回収し、高価そうな魔術のかかった袋にしまう。


「話を聞かせてくれるか」

「無論です。まずは、今日の会談について感謝を」


 従者たちは、おれたちに頭を下げる。


「これでようやく、フーカさまの努力も報われるというものです。ネハンさまとナズニアさまの無念を晴らすこともできましょう」

「待て、いまなんていった」


 無念、か。

 ……フーカの態度から、薄々想像はしていたけどさ。


 うん、なんとなくわかっていたんだ。

 彼女はおれに匹敵する霊気を持っていた。その出どころは、どこなのか。

 アイシャをみる。うなずいていた。


「あれの霊気は、邪竜アイシャザックのものであるな。われが見間違えるはずもない」


 やっぱり、そういうことか。

 ネハンとナズニアは、どういう方法かは知らないけれど……己の霊気をフーカに渡してしまった。

 結果、彼らは……。


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