第40話 会談
はたして、それからしばらくしてからのこと。
トウの国に潜入していた諜報部隊に、かの国の一勢力から接触があった、とカサイが報告してきた。
歴史のある大国が一枚岩であるはずもないとは思っていたため、この展開も予想の範疇だ。
「ボウサの国境付近で、秘密裡に会談を持ちたいとのことです」
カサイは、集まったおれたちいつもの首脳陣三人にそう告げたあと、ただし、とつけ加えた。
「これは罠の可能性が高いと、我々は懸念いたします。お三方を闇討ちする絶好の機会となりましょう」
「でも、拒否するって選択肢はないだろうな」
「だよね。罠があっても食い破ればいいんだよ」
おれの言葉に、ミルが即座にうなずく。
アイシャはそんなミルを慌てた様子でみた。
「こいつ、わりと昔からこういう強引なやつなんだよ」
「えへへ、コガネに褒められちゃった」
「褒めておらんだろう」
少し補足すると、おれの場合は生粋の脳筋なだけだけれど、ミルの場合、自分を危険に晒すことで他者を守れる公算が高いなら、ためらいなくそうするってだけだ。
どっちがたちが悪いかって、そりゃ当然、ミルのほうがたちが悪いに決まっている。
ミルの暴走は、結果的におれたち周囲の苦労に跳ね返ってくるわけだから。
まあ、こんな感じにおれとミルが同時に強硬派な意見を出した場合、ネハンやヘリウロス、バハッダあたりが慎重派にまわってバランスをとっていたんだけどな。
ナズニアとアルネーはだいたい静観したあと、最後にどっちかへ投票して、多数決で行動が決まった。
だいたいの場合、両者の折衷案、あるいはネハンやアルネーあたりが画期的な新案を出して、それで決着したものである。
「こういうとき、ネハンやアルネーならどんな意見を出すかな」
ふと、おれは呟いた。
ミルが、うーん、と首をかしげる。
「わたしたちじゃ思いつかないようなアイデアを出すんじゃないかなあ」
「だよな。考えるだけ無駄か」
「おぬしたち、本当に、まったく」
アイシャが呆れて、額に手を当てて呻く。
はっはっは、そう褒めるな、照れるじゃないか。
「で、アイシャは反対なのか」
「そうはいっておらぬ。相応の準備が必要ということだ」
「準備、っていったってなあ」
仕掛けられた罠にあえてかかり、おもむろに食い破るにしても、おれたち三人、まとまって行動していれば、たいていのことはなんとかなるはず。
逃げるにしても他の者がいては足手まといだ。
ほかになにか、考えるべきことってあるかな……。
「たとえば、会談場所はこちらが指定する。充分に開けた場所で、相手の数も少数に限ればある程度は安全を確保できるであろう」
「相手は、こっちを格下にみているトウの国だろ。怒り出さないか」
「怒って去っていく程度の相手であれば、最初から取引できるような関係を築くことなどできぬということ。面倒がなくてよろしい」
そういわれれば、そうか。
ミルも納得顔でうなずく。
「そうだよね。馬鹿にされてまで、相手の話を聞く必要はないよね。むしろ、こっちから無茶をふっかけてみるくらいでいいよね」
「それはそれで、どうなんだ」
「押し引きには呼吸がある。相手の呼吸をつかむまでは、あまり無茶はできぬがな」
アイシャは腕組みして胸をそらす。
「返信の文をしたためるのは、こちらでやろう。カサイ、助言をくれ」
「はっ」
アイシャがやる気になっている。ここは……任せてみるか。
*
アイシャとトウの国の一勢力との、文のやりとりは三回、十七日に及んだ。
細かい条件を詰め、向こうはこちらの要求の大半を呑んだ。その過程で、その勢力の名称が「インガの民」であると判明した。あと、たぶん、だけど……。
「インガの民で決定権を持つ人物が、わが国の近くまで来ているのでしょう。故に意思決定が早い」
カサイがそう推測する。
おれも、なんとなくそんな気がしていた。
少なくとも、この決定速度は合議制で行われたものではない。
会談の場所なんて、アイシャの要求を丸呑みだったからなあ。
トウの国の民が西国や大陸の者たちをひどく軽視していることを考えれば、異例のことだ。
カサイも首をかしげていた。
「あまりにもうまくいきすぎです。すべて我々を騙すための策略である、といわれた方が納得のいくことです」
そんなことまでいいだす。
どこまでなんだよ、東方のやつら……。
いや、ゲンザンでそのへんは知ったつもりだけどさあ。
とにかく、向こうが急いでいるのは明らかだった。
とにかく、なにがなんでも会談を成立させたいということだ。
結局、最初の文が来てから二十五日目の正午、見晴らしのいい場所で両者の代表三名ずつが姿を見せるということになる。
「こっちは、相手が指定した通り、おれとアイシャとミルか」
「向こうの代表は、フーカという女性であるとのこと。カサイも知らぬ者であるらしい」
「そもそも、インガの民、という人たちは何なんだ」
アイシャはこのことについても首を横に振る。
「彼らがそう名乗っているというだけのこと。わかっておれば、苦労はせぬ」
「仮の名前、なのかね」
何にしても、実際に会ってみなければわからないということだ。
おれたちは後詰めの人選をカサイに任せ、約束の場所に向かった。
*
見晴らしのいい荒野だった。
かつて何度も、この地で戦いがあったという。
屍が積み重なり、大地は無数の戦士の血を吸った。
おれたち三人の前に現れたのは、ふたりの男を連れた少女だった。
少女は美しい銀の髪に蒼い目をしていた。
年の頃は、十二か、三か、そこいらだろう。
髪の色も目の色も、この地の民ではないように見えた。
奇妙なほど落ち着いた雰囲気を持つ少女だった。
なにより重要なのは……。
男の連れが少女なのではなく、どう見ても少女が男ふたりを従えているように見えるということだった。
「フーカと申します。インガの民をまとめています」
少女は堂々とそう名乗った。
高い声で、胸を張って、はっきりと。
その様子には、その顔には、見覚えがあった。
いや、面影があった、というべきだろう。
何故なら彼女のものごしは、落ち着いたしゃべりかたは、そして堂々とこちらを見上げる瞳は、かつてのおれたちの仲間のそれに、そっくりだったからだ。
「ナズニアの子孫か」
「はい。ぼくの母はナズニアと申します。父はネハン」
「えーっ、ネハンとナズニアが結婚したの! 待って待って、わたし聞いてない!」
ミルは目を丸くしていた。
無理もない。
おれだって叫びたい。
だいたい、あいつらってかなり仲が悪かったぞ。
いつも喧嘩していたんだぞ。
それなのに……結婚して、子どもまでいる……?
いや、だったらあのふたりは今、どこに?
賢聖ネハンがケイにいるなら、こんな惨状にはなっていないはずだ。
ナズニアは卓越した偵察兵で、誰よりも情報の価値を知っていて……。
だから、こんな事態になる前に必要な情報を集めて介入できたはず。
あのふたりが揃っていて、ホウライがこのていたらくというのは、ちょっと考えがたい。
きっとなにか、理由があるのだろうけれど……。
「詳しい話を聞かせてくれないか」
彼女の言葉を疑う気はこれっぽっちもなかった。
だって、その姿はあまりにもナズニアに似ていたし、髪の色と知性に溢れた瞳の動きはまさにネハンのものであったからだ。
「はい。ですが、その前にひとつ」
フーカは後ろに控える男から、一本の鞭と、円形の小盾を受け取った。
あれは知っているぞ。
ナズニアが愛用していた仙鞭ファルナと、ネハンが使っていた聖鏡ヤタだ。
「コガネさま。父と母から、お噂はかねがね。ぼくと一手、交えていただけませんか」
「いいぜ。えてしてそっちの方が、わかりあえることもある」
おれはためらいなく、進み出た。
アイシャとミルが呆れた声で静止してくるが、本気で止めるつもりはなさそうだった。
向こうの従者たちが数歩、下がる。
「あなたたち、もっと下がりなさい。せめてあと百歩は離れないと、危ないですよ」
フーカは後ろを向いて、落ち着いた口調で彼らに命じた。
彼女の部下たちは顔を見合わせためらったあと、しぶしぶ離れていった。
アイシャとミルも二十歩ほど下がったが……。
そこ、まだおれの攻撃が届く範囲だぞ。
まあ彼女たちは自分の身くらい自分で守るだろう。
「いいぞ、フーカ」
おれは霊剣クリアを構えた。
相手がかつての仲間たちの武器を使うなら、こちらもある程度は最初から本気で行くしかない。
「では」
フーカは円形の小盾をすっと上下に振った。
盾の周囲に半透明の結界が展開され、彼女の前方をくまなく覆う。
やっぱり、それを使いこなしているか。
「聖鏡ヤタの、霊気を自在に操る能力だね」
「うむ。邪竜アイシャザックの吐息すら受け止めたそのちから、よく覚えているぞ」
アイシャ、きみはややこしくなるようなことをいうな。
まだ、彼女たちが味方と決まったわけじゃないんだし。
幸い、相手は雑音に耳を貸していないようだからいいけど。
おれとフーカの距離は、おおよそ十五歩といったところか。
「ネハンとナズニアの子、フーカ。参る」
フーカはそのだいぶ遠い間合いから、仙鞭を振るった。
鞭は蛇のようにくねり、異様なほど伸張しておれを襲う。
これが仙鞭ファルナの能力、霊気を込めるほど伸びてどこまでも獲物を追うちからだ。
「月刃衝」
もちろんおれはそんなこと承知の上だから、霊剣クリアで斬撃を飛ばし、衝撃波で鞭を払う。
鞭と衝撃波が衝突する。
余波で大地がおおきく揺れ、土煙があがった。
視界が遮られたこのタイミングで、おれは地面を蹴った。
鋭く距離を詰める。
土煙のなかで盾を構える少女の影が見えた。
おれは大振りの斬撃を見舞った。
フーカは腰を落とし、盾の結界を斜め上にしてこれを受ける。
地面が、深く陥没した。
金属と金属がぶつかりあう派手な衝撃音と共に、クリアとヤタの接点から虹色の輝きがあふれ出す。
おれの霊気とフーカの霊気が衝突し、混ざり合っている。
おれとフーカはちからの限りに霊気を引き出し、己の霊器に込める。
このまま霊気勝負なら、勝つのは五百年にわたり霊気を練り続けたおれ……。
のはずだったのに、どうだろう。
いくらちからを込めても、フーカの身体は、微動だにしない。
虹色の輝きの向こう側で、幼い少女が無表情におれを見上げている。
いやな予感がした。おれは地面を蹴り、横っ飛びに逃げる。
次の瞬間、爆音と共に、フーカの掲げた盾から太い光が迸った。
「ふーかビーム」
みあげれば、光の束が、青空の彼方に消えていく。
フーカは舌打ちしておれを睨んだ。
なんで避けるんだ、という理不尽な非難を感じる。
「おいおい、いまのはなんだよ」
「父から教わった、火と風の合成魔術です。ヤタを触媒とすることで、無詠唱で発動することができるようになりました。ふーかビームと名づけました」
「ネハンのやつ、物騒なもの開発しやがったな、おい!」
あと、そのネーミングセンスはなんなんだ?




