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第34話 東進

 ナカガクとデズモの二国を呑み込んだボウサは、ほどなくしてさらにふたつの国を手に入れた。

 攻め込んだわけでも、攻め込まれたわけでもない。

 向こうが勝手に下ってきたのである。


 古の災厄たる魔を退治した偉大なる王に恭順の意を示す。

 あなたさまこそ正統なるホウライの王の生まれ変わりであると、そういって。

 マジかよ、おれ大陸のはるか西の生まれなんだぞ。


「そもそもコガネという名前はホウライにもございます。古い文献によると、叡智という意味であるとのこと」

「本当かよ。いや、そんなところで嘘をついても仕方がないとは思うけどさ」


 ちょっと前まではおれたちのことを大陸人だからと侮蔑の目でみていたくせに、勝手なことだ。

 いや、こいつらはそんなことを知らないだろうけど。

 なにごとも、巡りあわせだよなあ。


 そんなわけで勝手にボウサの領土となった二国も含め、これで町は五つ。

 ただし、旧デズモは崩壊して現在は生き残りに新しい移住民を入れて絶賛、復旧作業中だ。

 そもそも、ここまでおれたちがボウサを手に入れてから一ヶ月、ちょっと早すぎるペースである。


 そういうわけで、まずは軍を休めて、いったん内政を……。

 というわけにもいかなかった。

 町が五つになってから半月後、東の諸国がちょっかいをかけてきた。


 こんどは、空からである。

 三つ目の大鴉の魔物が五体、背に弓持ちの戦士を乗せて襲ってきたのである。

 もっとも、この戦いについて語ることはあまりない。


 迎撃に出たアイシャが張り切って、得意の風の魔術で三つ目の大鴉を片っ端から撃ち落してしまったからである。

 こちらには空の対策がなにもないと思い込んでの、あまりにも無謀かつ無策な攻撃であった。

 三つ目の大鴉を使役していたこの国は、捕虜とした大鴉の騎乗者たちを送り返したら、何を勘違いしたか領主の首を送って恭順の意を示してきた。


 すべては前任の領主である彼の独断であり、部下の自分たちは無理矢理やらされたのだ云々。

 まあ、王の首ひとつで場を収めるというのは大陸でもあった話なので、いわんとしてることはわからないでもない。

 わからないでもないのだが……。


「あのね、コガネ。首を送るとかこういう野蛮なの、以後は禁止させて」


 首を送りつけてくるという野蛮な行為に珍しくミルがご立腹したため、わが国は首などいらん、恭順したいなら話し合いに来い、と大々的に宣言することとなった。

 これはこれで問題もあるのだけれど、おれにとってはミルを怒らせるほうが問題なので仕方がない。


 かくして、また勝手に領土が増えた。

 六つ目の町の獲得である。


 ちなみに、カサイ一党の調査によれば実際はこの国、戦士階級が暴走しがちで、今回の出来事も三つ目の大鴉ライダーたちが勝手にやったことを、領主の首で事態収拾を図った結果とのことである。

 死んだ領主様、かわいそうすぎない?

 戦士階級のひとたちのもとには、ミルがすみやかに乗り込み、「お話したよ。もうだいじょうぶ」と帰ってきたので、たぶん二度と暴走しないとは思うけれど……。


 この三つ目の大鴉、あと十体ほど成体が使役されているそうなので、そのうち活躍してもらうかもしれない。

 ちゃんとこっちのいうこと聞いてくれればいいけどねえ。



        *



 腕自慢が訊ねてくることが数度、あった。

 われこそは国でいちばんの剣の使い手、われこそ神槍の使い手、われこそ魔弓の使い手、といろいろだったのでまとめておれが相手になってやる。

 使えそうな人材は登用し、特に纏が上手いやつらは墨盾部隊にまわす。


 町が六つになって周辺の村からも纏の使い手を集めた結果、墨盾部隊は三倍の三百人前後まで増やすことができた。

 頼もしい決戦戦力となってくれるだろう。

 いやまあ戦えばどうしても被害は出るし、こういう決戦部隊は見せ札として使うのがいちばんいいんだけども。


 これだけ頑張って拡張しても、東方の国々との国力差はまだまだある。

 彼らの方が圧倒的に豊かなのだ。


「東の国々は南方諸島との交易で栄え、西部諸国よりはるかに富んでおります。大陸との交易も盛んです。ただしかの国々では大陸の者が入国することまかりならぬと厳命されており、いささか苛烈な差別がある様子でございます」


 カサイ一党はそう語ってくれた。

 ゆえに、こちらが多少、軍事力を増したところで気にもしないだろうと。

 ボウサの上に立つのがおれたち大陸人であるがゆえ、彼らはボウサをひどく侮るだろうとも。


 うん、それはよく知ってる。

 いちおう、交易をしようじゃないかと呼びかけたところ、めちゃくちゃなレートを吹っかけてきた。

 やっぱりあいつら、話にならない。


「うむ、これは戦争であるな」


 アイシャが笑顔でそういいきってしまうほどの、高圧的な外交文書が送られてきたのである。

 同じ書面を見たミルは、困ったなあと苦笑いしていた。


「時間をかけて、話し合いをして、向こうの認識を変えていけないかなあ……とわたしとしては提案したいんだけど、おふたりさん、どうかな?」

「そんな風に訊ねる時点で交渉を諦めてるだろ、ミル」

「せめて交易路ができるのであれば、それを通じてこの島全体の情報を収集、われらにとって本当に必要なおぬしらの仲間の行方も探れるというものなのだがな……」


 そう、おれたちに必要なのは情報であって、別に国が欲しいわけではない。

 なぜか東の方の国々がえらい閉鎖的で、外国人は入国もできなかったりするせいで、こんな国盗り争いなんてする羽目になっているだけである。


「東のものどもが大陸人を侮るならば、戦でその認識を覆せばよかろう。さもなくば、何十年も不毛な話し合いを続けてみるか? おぬしら、常命の者となったことを忘れてはおらぬであろうな」

「そうなんだよな、おれたちはもう、命に限りがあるんだ」


 他人からみればなんと奇妙な話をしている、と思われそうだけれど。

 おれやミルは、これでも五百年前からの生き残りだ。

 特にミルは、五百年間のほとんどを、きちんと人々に交わって生きてきた筋金入りである。


 そりゃ、ちょっとばかり気長な考えになっても仕方がない……。

 いや、違うわ、ミルのやつは昔からこういう、話せばわかる主義だったわ。

 だいたいの場合、キレたおれかバハッダが乗り込んでご破算にするんだけども。


 あるいはネハンやナズニアやアルネーが寝技でなんとかするか。

 考えてみると、いまのおれたち三人、いまいち寝技……というか策謀が得意じゃないな。

 そういうことができそうなのはアイシャだけれど、本人にはあまりその気がなさそうである。


「策を弄する必要があるのか? われには、このまま東のやつらをちからでねじ伏せる方が堅実に思えるぞ」


 とのことであった。

 うん、前世が邪竜だからね、仕方ないね。


「たわけ。われが申しているのは、外交の基礎である。武力もまた外交のひとつ、それがもっとも有効なのであれば、鞘から剣を抜くのも必要なことである」


 なるほど、そういわれてみれば、そうかもしれない。

 ミルは困ったなあと苦笑いしているけど、止める気はなさそうだし。

 止める気がないというか、止められないと諦めているんだろうな……。


「ええとね。じゃあ、ちょっとだけわがままをいってもいい? わたしが一回、外交官として向こうにいってみるよ。それで駄目だったら、もうなにもいわないから」

「構わないが、あー、さすがにひとりは危険じゃないか。おれかアイシャが護衛についたほうが……」

「コガネ、忘れてない? わたし、闇の魔術で影に隠れられるんだよ? むしろわたしひとりのほうが安全じゃないかな?」


 ごもっともだった。

 いつでも逃げて帰れる外交官とか最強ですわ。


 というわけで、ミルは話し合いに東へ向かい……。

 逃げ帰ってくるまで、五日とかからなかった。

 なんでも外国人とみるや捕まえて奴隷にしようとしたそうで、外交もクソもなかったそうである。


 外見だけなら、白髪の外国人の少女だ。

 黙っていればけっこうかわいい。


 いちおう、こっそりとカサイ一党から数名を見張りにつけていたのだけれど、彼らの報告によれば「この奴隷は高く売れる」とみて数百人がかりでミルを追いかけまわしたのだそうで……。

 魔術師もいたから、ミルの闇の魔術をもってしても危機一髪だったとのこと。

 カサイ一党の助力もあって、なんとか逃げ延びることができたものの、なにげにヤバかったらしい。


「ごめんね、コガネ。わたしのわがままで、カサイさんたちに怪我人を出しちゃった」

「誰も死ななかったんだし、やつらはそれが仕事だ。報酬はたっぷり渡しておく」


 ちなみにカサイの配下は、一ヶ月前と比べて数倍に膨れ上がっている。

 じゃんじゃん金を渡して組織の拡張に勤しんでもらった。

 それでも人手が足りないとのことで、ギリギリの諜報態勢である。


 で、こっちから差し出した手を振り払われた以上、もうやるべきことはひとつだろう。

 こっちの外交官にあんなことをしてくれたんだ、はからずも相手を殴るべき理由まで手に入れている。

 町が六つとなって一ヶ月経ち、兵士の訓練も目途がついたしな。


「ミルに舐めたことをしてくれたんだ。落とし前はつけさせてもらう。東を攻める」


 集まった軍勢は千五百。

 主力は墨盾部隊の三百名で、騎兵は五十名ほどしかいないため、これはおれの直属として運用する。

 それ以外として、三つ目の大鴉ライダーが十体ほどだが……これ、どうしよう?


「あ、おぬしが使わぬなら、われに貸せ。索敵要員として用いるがよかろう」


 アイシャが横から口を出してきたので、飛行部隊を任せることにする。

 このへんはカサイ一党と仲良くやってほしい。



        *



 ミルを追い返した……というか追いかけまわした国の名を、ゲンザンという。

 三万人規模の都市ゲンザンと三つの町、無数の村を抱えるわりとおおきな国で、領主はゲンザン王を名乗っているらしい。

 ボウサの侵攻に際し、ゲンザン軍は五千人もの兵を集めて対応してきた。


 ちなみにボウサ側からの大義名分を適当に用意しておいて、と役人に求めたら、めちゃくちゃ長いゲンザンへの非難文を書いてきた。

 ゲンザンの過去の横暴、現在でも起こっている民の迫害、奴隷狩り、追い剥ぎじみた軍のちょっかい、交易路封鎖、そのほかもろもろである。

 あ、これボウサの民もそうとう恨んでるやつだ。


 ゲンザン側からの反論は、わりと短かった。

 短いわりに複雑な、もってまわったいいまわしで、この野蛮人め死ね、といっておられる。


 部下の小隊長たちに文面をみせたところ、「はっはっは、雅ですな。殺しましょう」と口々におっしゃられた。

 うちの部下たちがやる気をみせていてなによりである。

 やる気があまりすぎて、その書簡をもってきた使者を斬ろうとしたので、慌てて止めておく。


「野蛮人といわれて野蛮人の所業に落ちるようなら、相手のいいぶんを認めたことになる。勝負は剣でつければいい」


 と文明人らしさを説いてみた。

 部下たちは感動し、「そうですな。きちんと戦の結果として殺しましょう」とおれのいいぶんを理解してくれた。

 ……理解、してるのかなあ?


 とりあえず、使者は無傷で返してやる。

 その使者、おれの部下にびびっていたけれど、口だけは生意気に最後までおれへの罵詈雑言を飛ばしていた。

 適当に聞き流したけど。


「戦の最中なら、勢い余るということもあるでしょう」

「いや、虐殺とかはやめとけよ。のちのち、うちの民にするんだからな。フリじゃないから本当にやめろよ?」


 ちょっと不安だ、よほど長年の鬱屈が溜まっていたのかもしれない。

 この地の民同士の感情的なあれこれとか、ろくに知らないわけだからなあ。

 下手に統一してしまうことで、これまでは国というものに隔てられていたおかげで噴出しなかった問題があれこれ出てくるというのは……五百年前、帝国でいろいろと体験したことでもある。


 とはいえ、まあ。

 ここでゲンザンを併合しない、という選択肢はないんだけどね。


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