第32話 ナカガク陥落
ナカガグ軍は逃走の際に多くの兵が脱走したようだ。
もともとナカガグの町を守っていた兵士までもが離散したため、町に籠城した際には三百名を残すのみとなっている。
こういった情報をまとめてきたのは、もちろんカサイ一党だ。
彼らには報酬として金銭のみならず待遇でも報いる必要がある気がする。
というか、今後ずっとうちで仕えませんかね。
と訊ねてみたら、「コガネ殿、あなたがずっと統治者として君臨するならば、喜んで」と返されてしまった。
こいつどこまでおれたちのこと知ってるんだよ!
ちょっと怖くなったので、ゴメンと謝ってしばらくそのあたりは棚上げさせてもらう。
こうして領主になっているのも、一時の腰掛け、ヒト探しのためにすぎないわけだしな……。
ひょっとしたら彼はおれが不老不死になった件を知っているのかもしれないが、いまのおれはもう不死性も不老性も消えちゃっている。
でも、それを証明することはできないわけで。
まあ、とりあえずは目下の目標の達成に励むとしましょうか。
ナカガクの町を覆う木製の柵は、ひとの背より少し高いくらい。
あくまで魔物避けで、攻め込まれることは想定していないんだろうな。
ナカガク自体、この島の最西方、つまりこの地方だとそこそこの国だ。
それがもう一国と連携して、領主がなくなったばかりの国に攻め込んだのである。
逆襲に遭ってここまで攻め込まれるなんて、完全に想定外だろう。
「作戦を立てた」
町攻め前日の夜。
おれは小隊長たちを集めて、そう告げる。
おれの横では、なぜかミルがふんふんうなずいていた。
こいつ、二日に一度は来るんだよな。
走ってきてるらしいから、そろそろ街道の名物と化している気がする。
戦争中の街道で物見をするやつらなんてスパイだろうから、ミルの異常性についてはそろそろ警戒されているだろう。
幸いにして、これまで襲われたことは二度しかないそうで……二度も襲われたのかよ、おい。
どちらも野盗で、たいした人数でもなかったから、走る速度をあげて振り切ったそうだけれど。
本当にただの野盗だったとしたら、野盗のみなさんも災難だったな……。
「おれの考えた完璧な作戦なんだが、おれが深夜にこっそり町に近寄り、木柵をぶっこわす。そこから全員で突入して、町の中央の館を占拠する。以上だ」
「いっけんふざけているけど、可能かどうかでいえば楽勝で成功しそうな作戦だね、さすがコガネ!」
「せ、成功するのですか……? おひとりで柵を壊すので?」
カサイは唖然としている。
成功すると思うよ、だって五百年前、それででかい町も攻略したことあるし。
そのときは石壁だったけど、充分な霊気をもって纏を極めれば案外壊せるものだ。
「昼間に町中で乱戦をして一般人に被害を出すよりは、いいだろう」
「それは、そうでしょうが……」
「敵軍はまだ、おれの強さを知らない。渡来の、ただちょっと運がよくて領主の座が転がり込んできただけの若造とでも思っているんだろう。スパイの目がある昼間におれのちからを見せるよりは、なにがなんだかわからないが木柵が壊れていた、と思ってくれる可能性が高いこの作戦の方が、こんごの情報戦でも有利だ」
おれのちからも、いずれバレるだろう。
でもそれは、いまでなくていい。
そういうわけで部下たちには無理矢理納得させ、おれたちはその日の深夜、作戦を決行することとなった。
なお、おれの横にはちゃっかりとミルがいる。
戦いが終わったら交渉するひとが必要でしょう、とのことで、それは否定のしようがないことだった。
こいつだって血生臭い場面にはさんざん遭遇しているし、そういうところで平気な顔をできる程度には根性があるから、ついてくるのも別にいいんだけどさ。
平気な顔はしているけど平気な顔をして魔術が飛び交う戦場で怪我人を治療しはじめるから始末に負えないだけで。
今回は、まあ。
別にこいつがおせっかいを焼いても、味方の死者が減るか、将来の味方として組み込まれる者の死者が減るか、だからまあいいか。
突入する兵士は、精鋭五十名ほど。
ってことで、深夜。
作戦が、決行される。
*
闇に溶け込み隠密していると、見張りの兵士たちはおれの存在にまったく気づいていなかった。
等間隔で照らす松明の明かりも、すべてを照らしだすとはいかず、どうしても死角が出てくる。
おれは慎重にその死角へ近づき……。
手刀で、周囲の兵士の意識を奪う。
気絶した兵士は柵にもたれて眠っているようにみせかける。
木柵の一部を、ちょいと破壊する。
手招きして、部下を呼ぶ。
「誰だ!」
まわりの兵士たちが叫び始めたので、適当に殴って意識を奪う。
部下の兵士たちは素早く町の中に入り込み、そのまま予定通り館を目指して走り出す。
おれは彼らを守りながら、巡回の兵士を適宜、しばき倒してまわった。
「コガネ―、もういいよー、行こう行こう」
五十人の最後尾にいたミルがおれを手招きする。
おれは彼女と共に、ナカガクの町に突入した。
無人の町の大通りを高速で駆け抜け、部下を追い抜いて先頭に追いつく。
先頭はカサイ一党の者だった。
この町の内部構造もしっかり把握してくれているらしい。
「屋敷にはナカガク一家のほとんどがいます。例外は領主で、この男は愛人の家に」
「こんなときに愛人かよ」
「うん? 待って待って。それって領主さん、ひとりで逃げる気じゃないかな」
ミルが唐突に口を挟んできた。
聞けば、愛人の家、といいつつその愛人とした女性が別の国のスパイで、うまくひとりだけ逃げ延びるなんて話がけっこうあるらしい。
権力者にとってはそういうリスク分散も必要なのだとか。
さすが元聖女として、政治の世界で何百年も生きてきただけはある。
実際のところ、暗殺なんかも何度かあったらしいし、実際に刺されたり毒を盛られたりしたこと多数で……。
でも不老不死だから、ぴんぴんしていた。
いかに世の中の大多数が、ひとの話を聞かないかという証左であろう。
いや、不老不死のヒトなんて国家のプロパガンダだろうと思ってしまっても仕方のないところかもしれないけれど。
「ミル、頼めるか。十人連れていってくれ」
「任せて! 斥候のひと、案内よろしくね!」
ミルが別働隊を率いて姿を消す。
おれは残りを率いて町の中央に位置する領主の屋敷にたどりつき、門番をひとひねりすると内部に突入した。
部下の半分は屋敷の出入口を固めさせ、残りはおれについてこさせる。
女の悲鳴が聞こえた。
部下が侍女と遭遇したのだろう。
乱暴は禁止だが、抵抗すれば殺すこともやむなしとはいってある。
おれの前には、二体の人形が立ちふさがっていた。
コノエだ。
おれと同じくらいの身の丈ながら、脚部が車輪になっている。
これが、ネハンのつくった人形兵器か……。
ミルが破壊した残骸は見聞したが、動くコノエをみるのは初めてだ。
コノエはきしむ音を立てて四つの腕を動かし、四本の剣を自在に振るってくる。
霊気を集め、それを剣先に集めているため、剣が淡く輝いている。
たしかにこんなものが狭い通路に立ちふさがっていれば、普通の兵士では何人集まっても突破できないだろう。
これを大量生産することで国家間の争いを抑止したいとか、考えたのかなあ。
でも結果的に、腐敗した権力者の身を守ることに使われていたわけで。
「後始末は、きちんとしないとな」
おれは霊剣クリアを構えた。
コノエ二体の放つ斬撃を弾き、受け流す。
コノエたちが、思わずといった様子で、一歩下がる。
おれは一歩、踏み込む。
試しに単純な剣技で相手にしてみたが……まあ、そこそこだな。
コノエがおれの相手にならないのは、わかっていたことだ。
なにせミルがこいつを三体同時に相手にして、勝利しているのである。
あいつ、武器を持たせたときの戦闘力はおれたち七人でも下から数えた方がはやいんだぜ。
とはいっても、ミルにハンマーを持たせれば、うちの兵士の誰よりも強いのだけれど。
単純に上がはてしなく高いだけなのもあるけれど、ボウサの精鋭も不甲斐ないことこのうえない。
「よし、だいたいわかった。壊れていいぞ」
おれは勢いよく踏み込み、相手が反応する前に斬撃を放った。
二体のコノエは、まっぷたつになって倒れる。
コノエの後ろでその様子を見ていた男たちが悲鳴をあげた。
「そこのお前ら、それから隠れているやつら、いまなら降伏を受け入れるが、どうする」
霊剣クリアの背で自分の肩を叩きながら訊ねてみると、敵だったやつらにコクコクうなずかれた。
抵抗しないのか。
まあ、そうか、コノエこそこいつらの最大の武力なわけだしな。
*
おれが降伏を呼びかけた相手は、ナカガクの領主の息子で実質的な現場指揮官であったらしい。
ほどなくして屋敷の全員が抵抗をやめ、おれたちはナカガクを手に入れた。
別働隊を率いて領主を追ったミルだが、領主はすでに町から姿を消したあとだった。
領主の息子たちの話では、領主の逃走は彼らにとっても予想外だったとのことである。
裏切られた、とその場に突っ伏して泣き出す領主の妻、息子たち。
気の毒すぎて何もいえねぇよ、こんなの……。
「とりあえず、わたしたちに従うならこのままこの町を統治してもらいます。兵だけ寄越してくれればいいよ」
そんな感じで、さくさくと条件を詰めていく。
ミルが。
笑顔で話をしているだけなのに、ナカガク領主の息子たちはガクガク震えながらうなずいている。
こいつらを放っておいて愛人と共に逃げた領主は、デズモに入ったようだ。
かの地で最後の抵抗をするのに手を貸すつもりなのだろうか。
いまさら、あそこに遺された戦力だけで何かできるとも思えないんだが……。
「そうとは限りません、主よ」
カサイ一党のリーダーであるカサイがおれに忠告してくる。
「デズモは古におおいなる魔の頭が封じられた地。その封を担うはナカガクの者、これ古来よりの約定であるとのこと、ナカガクの領主の息子が」
「どういうことだ、ええと……何かでかい魔物がデズモに封じられていて、ナカガクはその封印の鍵を持っているってことか? だからこそ、ナカガクの領主はデズモに逃げたわけか」
「でっかい魔物かー。邪竜くらいおっきいのかな」
ミルは呑気だった。
まあ、そうだよな、邪竜アイシャザックに匹敵するようなやつが眠っているとも思えない。
「そもそも、言い伝えだろ? 本当にそうなのかどうかもわからないんじゃないか」
「無論。最悪の場合を想定したまで」
「それは助かるよ。これからも、その調子で頼む」
おれもミルも、わりと能天気なところがあるからな。
こういうときにきっちり詰めてくれるのが、アイシャだ。
数日で戻るといいつつもう十日くらい経ってるけど、あいつ、さっさと戻ってくればいいのに……。




