第25話 聖女の最期
激しい戦いが終わった。
天井から降り注いでいた照明が消える。
真っ暗になった室内を、ミルが光の魔術で照らし出す。
「やった、ね」
「ああ」
おれとミルは、互いに近づくと、掌をあげて……。
ぱん、と打ち合わせる。
顔を見合わせ、笑いあう。
「さて、と。楽しい時間は、終わり」
ミルが、明るい口調でいう。
「あとはわたしがやるから。コガネは、みんなを連れて、ここを出て」
部屋が、いや要塞全体が、激しく揺れ出した。
*
「なんでだ、ミル。なんで、そんなことをいう」
「あのね、コガネ。わたしはもう、ダメなんだよ。いまのが最後。残ったちからを、ぜんぶ使っちゃったから。もう、これから先はないの」
「ふざけるな! だいたい、きみは不老不死で……」
ミルはしかし、ふんにゃりと笑って、首を横に振る。
「それでも、ダメなときはダメみたいだね」
「おぬしは、死ぬわけではない」
とおれとミルの話に割り込んできたのは、アイシャだった。
すでに老人たちや兵士をかばう必要もなくなったからか、首をコキコキと鳴らしながら大股で歩いてくる。
まるで令嬢らしくない態度だが、まあそのあたりはいまさらだ。
アイシャはルビーの瞳でミルをみつめた。
聖女と呼ばれた少女は、その瞳になにか思うところがあったのか、ちらりとこちらをみる。
おれは無言でうなずいた。
「あなたは……」
「アイシャ、という。コガネとは、目的が一致しておるがゆえ、共に行動している。よろしく頼む」
「そ、そう、なんだ」
おい、ミル。
なんでそんな、複雑そうな顔でおれをみあげる。
あ、ふんにゃりと笑った。
「そっか、よかった。コガネ、いまはひとりじゃないんだね」
「なんか誤解しただろ、おまえ」
「してないよう」
いいや、してるね。
確実に、余計なことを考えている顔だ。
わからいでか。
ミルの頬をつまんで、引っ張った。
いひゃいいひゃい、とバタバタ暴れる。
ええい、こんにゃろっ、こんにゃろっ。
「やめい」
と、アイシャに頭をはたかれた。
すぱん、とそれはもうちから強く。
「いちゃつくでない。われは、これから真面目な話をする」
「す、すまん」
「で、ミルとやら。おぬしは死ぬわけではない。精霊となるのだ。わかっておるな」
ミルは、アイシャの言葉にちいさくうなずく。
まっすぐな表情で。
澄みきった瞳で、アイシャをみつめ返して。
「新たな闇の精霊の誕生であるな。じつに三万年ぶりの快挙である。星も祝福するだろう」
「おい、アイシャ。おまえ、だからなにをっ」
「このままであれば、な」
アイシャが、おれをギロリと睨む。
口出ししたことを怒ってるのだ。
黙ってみていろ、悪いようにはしない、とその目がいっていた。
す、すまん……。
おれはぐっとこらえ、口を閉じる。
アイシャの言葉が示唆するものについて考えて……なるほど、と心を落ち着ける。
そういう、ことか。
あれで、なんとかなるってことか。
おれの傍らに立つ少女は、肩をすくめてミルに視線を戻す。
「問おう。ミルよ、ヒトとして死にたいか。あるいは、精霊として、永遠に星を見守るか」
「え、いや、あの……コガネ?」
「おれをみるな。おまえが、決めろ」
アイシャの問いかけの意味を、おれは知っている。
だから、おれはなんでもないことのよう告げる。
「おれはもう、不老でも不死でもない。ヒトとして死ぬよ」
「そ、それって、選べる……ものなの?」
ミルが、目を丸くする。
おれは思わず、笑ってしまった。
「われが、そうした。われが、できるといっておる。おぬし、われがどのような存在か、すでに悟っておろう」
ミルは、入り口付近でまだぐったりしている老人たちをちらりとみたあと、おれたちに顔を近づけた。
「どうしてか、ぜんぜんわからないけど……。あなた、邪竜アイシャザックさん……だよね?」
小声で、正解をいい当てた。
さすがだな。
けどな、ミル。
「こいつに、さん、なんてつけなくていい」
「うむ。アイシャと呼び捨てすることを許す」
「えっと、じゃあ、それで」
ミルは言葉を選ぶように視線を宙に彷徨わせる。
おれのほうを、ちらり、とみた。
おれは、なんとなく居心地が悪くなって、曖昧にうなずく。
「わかったよ。アイシャ、お願いします」
ミルは、ぺこりと頭を下げた。
「永遠を生きるのは、もう嫌です。わたしを……ヒトとして、死なせてください」
「その願い、しかと聞き届けた! いまこそそなたの霊気、わがものとせん!」
アイシャが、ミルの肩に触れた。
ミルが、悲鳴をあげる。
激しい苦痛を覚えているのは、よくわかった。
おれも経験したことだ。
肉のなかから神経ごと引きずり出されるような、そんなひどい苦痛である。
全身が灼熱の炎で炙られるような、最悪の体験だ。
長老や兵士たちが慌てて立ち上がり、こちらに駆け寄ってこようとする。
ミルを守ろうと、必死に。
「おまえたちは、動くな」
おれはそちらに振り向き、霊気の圧をかけた。
彼らの動きが、ぴたりと止まる。
おそらく、蛇に睨まれた蛙のような感覚だろう。
全身から脂汗を流して、おれを恐怖の目でみている。
「これはミルを助けるためにやっていることだ。余計な真似はするな」
「し、しかし!」
老人のなかでいちばん偉そうなヤツが、決死の覚悟で声を出してくる。
おお、この圧力のなかでしゃべるたあ、たいしたもんだ。
「おれが誰か、わかってるんだろ」
「……コガネ、さま。五百年前の、邪竜退治の勇者。聖女さまの、お仲間、です。その……本物、の」
「そうだ。おれを信じろ。おれは、ただミルのために、ここに現れた。五百年の時を越えて」
老人は、震える身体で、それでもおれの目をみつめる。
やがて、ゆっくりとうなだれた。
そのころ、ミルの悲鳴も止む。
みれば、彼女のなかの霊気がちいさく、弱々しくなっていた。
かわりに、アイシャの霊気が膨大なまでに膨れ上がっている。
ミルのトレードマークでもある、綺麗だった金の髪から色素が消えていた。
白髪……いや、その髪はいま、銀色に輝いている。
おれは、くたんと弛緩するミルの身体を慌てて支えた。
弱々しい、ちいさな身体だ。
こんな身体で、彼女は五百年も……。
「うむ、これでよし、であるな」
「こいつは、だいじょうぶなんだろうな」
「おぬしのときと同じである。この者の不死性は失われた。あとは、長くてせいぜい八十年かそこら、ヒトとしての短い生を謳歌すればよい」
おれは、ほっと安堵の息を吐く。
どれどれ、とミルの霊気を探って……。
ふと、気づく。
「おい、ちょっと待て。こいつの霊気、光属性がほとんど消えてるぞ」
「われが奪ったから、当然だ。おかげで霊気の総量が減り、闇の精霊と化すことはなくなった。感謝せよ」
「どうするんだよ! こいつ、聖女っていわれてるほどの……」
アイシャはすました顔で、「聖女は廃業であるな」とうそぶく。
「いたしかたなかろう。こやつの霊気は、おぬしのときと違い、われのものとこやつ本来のものが分かたれることなく入り混じっておったのだから。すべて喰らったいま、いささか満腹である」
「あのなあ」
「こやつが精霊にならぬようにするには、必要なことであった」
文句をつけようとしたおれは、そういわれてしまい、ぐっと押し黙る。
アイシャは、悪戯っぽく笑ってみせた。
「なに、この者にちからがないというわけではない。いや、むしろ、珍しいちからを得たといえる」
「珍しい……ちから?」
ミルが、ゆっくりとおれをみあげる。
桜色の唇で、震えるように、言葉を紡ぐ。
「あのね」
と少女は告げた。
その霊気を、全身にまとわせて。
闇属性の霊気を。
ヒトでは本来、ありえぬちからを、顕現させて。
「わたしはね。コガネといっしょに生きて、コガネといっしょに死んでいける。それだけで、とっても嬉しいんだよ」
そういって、少女はふわふわ雲のように笑った。
あの日々と、五百年前と同じように。




