第24話 シャドウロード・タイタン
「いまのわたし、昔みたいな光の魔術だけでのごり押しは、難しいかも」
揺れる浮遊機動要塞のなか。
ミルは冷静に告げる。
「身体に、ガタがきてる」
「なんとかしてくれ」
「うん。なんとかする」
よし、とおれはうなずく。
彼女がなんとかする、といったのである。
なら、背中は安心だ。
「月刃衝」
おれは霊剣ナヴァ・ザグを構え、まず遠い間合いから、霊気を乗せた一撃をお見舞いする。
赤黒いクリスタルに向かって、霊気の刃が飛んでいく。
その一撃がクリスタルにまで届けば、ヒビくらいは入れられたかもしれないが……。
霊気の刃は、突如として現れた漆黒の壁によって弾かれ、四散する。
いや、壁ではない。
突如として出現しおれの一撃を阻んだそれは、身の丈がヒトの三倍以上はあろうかという、鋼鉄の巨大な人形だった。
「ゴーレム。光属性の転移系か」
「ううん、闇属性のシャドウシフト、って魔術らしいよ。この部屋から出たら、追って来ない。でもこの部屋にいる間はずっと狙われ続ける」
「なるほど、完全に遺跡の守護者の動きだな」
鋼鉄の人形の手足が、ゆっくりと動き出す。
可動部からみえるのは、骨のかわりに伸びる、無数に束ねられたチューブだ。
ゴーレムと呼ばれる人造生物は、古代遺跡の探索でなんどか戦ったことがあるが……こいつは、とびきりにでかいな。
「ぶっ壊せばいいんだな」
「うん! コガネ、お願い! 《荘厳にして高貴、偉大なる光輝、満ちる歓喜、溢れ出る剛力》……」
ミルが、光の魔術を行使する。
光属性の第六階位魔術だ。
さすがに、詠唱が長い。
「……《かの者の四肢に宿れ、白き栄光》!」
おれの全身が、淡い光の霊気に包まれる。
全身から、途方もないちからが湧きあがってくる。
いまなら、なんだってできる気がする。
おれは強化された肉体で床を蹴って、いつもの倍以上の速度で、ゴーレムとの間の距離を詰めた。
*
「シャドウロード・タイタン、っていうんだって。この要塞の守護者にして、決戦兵器。本来は、これを八体、搭載するはずだった。でも建設途中で、余裕がなくなって、これ一体だけがつくられた。要塞を操っているとき、わたしのなかに流れ込んできた記憶が、そう教えてくれた」
ミルはおれの後方で援護しながら、教えてくれる。
語りながらも、矢継ぎ早に援護魔術を飛ばし、おれを強化していく。
おれはふだんの倍以上の速度でシャドウロード・タイタンのまわりを走り、倍以上の膂力でこのゴーレムの足もとに打撃を与えていく。
シャドウロード・タイタンの赤いひとつ目が輝き、闇属性のビームが四方八方に発射される。
おれは自分に向かってきたビームを紙一重で回避した。
振り返らずとも、ミルが自身にバリアを張ったのがわかる。
「ちょっ、待て、流れ弾が……ええいっ、防げばよいのだろう、防げば!」
なお、そのさらに後方ではアイシャが慌てた様子で叫んでいる。
老人や兵士たちを守るので忙しいようだ。
すまん、足手まといが部屋から出るまで待つべきだったわ。
「ご、ごめんね! わ、わたしがみんなも守るから……」
「後ろを気にするな小娘! おぬしは前だけ向いて、コガネの補佐にだけ気を配ればよい! こやつは、後ろを気にして戦えるような相手ではないと知っておろう!」
「う、うん。そう、なんだけど」
ミルとアイシャの会話を聞いていて、思わず笑ってしまう。
ゴーレムの腕がふりまわされ、巨体に似合わぬ鋭い動きでおれを追い詰めていくというのに。
なんだか、昔の雰囲気を思い出してしまったのだ。
「あのね、コガネ! それ一体に、うちの国の精鋭百人が壊滅したよ! わたしがサポートしても、無理だったの! だから、この要塞ごと封じ込めるしか方法がなかった」
「で、そのなかに、おれくらいの腕のやつはいたのか」
「いたら、すっごく楽だったなあ」
後ろにいるミルの苦笑いが、目に見えるようだった。
だよな。
後ろで腰を抜かしていた老人たちには悪いが、この国、兵士のレベルはあまり高くない気がする。
五百年前と比べてしまうからかな。
五林が崩壊し、武術のレベルは大幅に落ちた様子だ。
いまの時代では、これくらいが普通なのかもしれない。
そのかわり、光属性の魔術に関してはとても発展しているように思えた。
たぶん、魔物やヒト相手の戦闘に特化した戦闘術を磨いてきたのだろう。
このゴーレムには、それがまったく通用しないのだ。
「《讃え輝け、謳え踊れ、咲き導け、煌めく曙光、そは厳かなる刃、降り注げ星の光、刺し穿て白き槍》」
ミルが光の第七階梯魔術を行使する。
天井付近に現れたまばゆい光球が弾け、無数の光の矢となってシャドウロード・タイタンに降り注ぐ。
本来なら、大型の魔物の群れすら一撃で壊滅させるような魔術だが……。
シャドウロード・タイタンの全身にどす黒いバリアが展開される。
光の矢は、そのことごとくがバリアに弾かれ、砕け散った。
もっとも、それは予想の範疇なわけで……。
「ナイス、援護」
バリアが展開された瞬間、シャドウロード・タイタンは足を止めている。
おれはちから強く踏み込み、光の矢が唯一、降り注いでいない右斜め前から切り上げる。
この連携パターンも、五百年前からよく使った初見殺しだ。
はたして、おれの斬撃はシャドウロード・タイタンの左膝、剥き出しのチューブを数本、切り裂いた。
チューブを流れる青い液体が飛散し、巨躯がバランスを崩して前のめりになる。
頭部が下がる。
「そこだ」
おれは剣を振りかぶり、首部のチューブに一撃を放った。
ブチブチ、と音を立て、首を構成する三割以上、十数本のチューブを切断してみせる。
噴出する青い液体を避け、離脱。
直後、おれがいたあたりをシャドウロード・タイタンの腕が薙ぎ払う。
逃げ切った、と思った、その刹那……。
ゴーレムの腕から、黒い影のようなものが伸びておれを襲った。
闇の霊気による攻撃だ。
おれはとっさに、霊剣ナヴァ・ザグを振るった。
漆黒の霊気と霊剣の刃が衝突し、かん高い音が響く。
漆黒の霊気が、四散した。
同時に、おれの手のなかで霊剣の刃が微塵に砕ける。
「ち……っ」
しまった。
ミルの霊気で増強されたおれの膂力に、霊剣のちからが耐えられなかったのだ。
シャドウロード・タイタンは、連続して漆黒の霊気を送り込んでくるが……おれには、もうそれを打ち払う術がない。
おれは慌てて後ろに跳躍し、シャドウロード・タイタンから距離をとる。
闇の波動から逃げる。
ミルも心得たもので……。
「《光輝満ちよ無垢なる壁》」
まさに、ピンポイント。
ここぞというタイミングでおれの目の前に展開された光の壁が、この闇の霊気の波を防ぎきる。
このディヴァイン・ウォールは光の第三階梯、そこそこの光の術師なら誰でも覚えている魔術だが、それを短縮詠唱でここまで素早く展開できるのはミルだけだろう。
五百年前はそうだった。
いまも、彼女とおれの呼吸はピッタリである。
これでも闇の霊気に浸食され劣化しているというのだから、恐れ入る。
「コガネ!」
ミルが、叫ぶ。
おれは跳躍し、彼女の隣に戻った。
いつの間にか、ミルはひと振りの剣を抱えている。
「これを、使って」
ミルが満面の笑みで渡してくれたのは、ガラスのように透明な刀身を持つ、ひと振りの剣だった。
あまりにも透き通っているせいで、注意していなければ見えない刃。
昔々、妖精の王が鍛えたという原始魔術の極み。
おれは、この剣を知っている。
そりゃあもう、よく知っていた。
なにせ、これは……。
「霊剣クリア。なつかしいな」
手に持って、そのずっしりした感触を確かめる。
心なしか、刀身も喜びに打ち震えているように思えた。
そう、この剣こそ、五百年前におれが愛用していた武器なのだから。
ちらりとミルの後ろをみれば、息をきらせたテリサが、すぐそばで膝を折っていた。
ミルの付き人である彼女がこの要塞のどこかに保管してあったこれを急いで持ってきてくれたのだろう。
「テリサ。あなたも、ごくろうさま。おかげで助かったよ」
「ありがたきお言葉です」
「下がって。悪いけど、この位置じゃあなたを守りきれない」
振り向きもせず、ただシャドウロード・タイタンだけを睨み、ミルはテリサにそう告げる。
テリサは疲れた身体に鞭打って立ち上がると、入り口に駆け戻った。
「これだけはね、なんとか、探し当てて。オークションで買ったんだよ。すごく高かったんだから、感謝してね」
「お、おう。嬉しいよ。嬉しいけど、その……金はいつか、返すから。いまは勘弁してくれ」
「違うよ、コガネ。これはわたしが、コガネにあげるの。だからコガネは、ただ『ありがとう』っていえばいいんだよ」
ミルは、ふわふわ雲のような笑顔をみせる。
おれは、そうかとうなずいた。
「ありがとう、ミル」
「どういたしまして、コガネ」
互いに、笑いあったあと。
ミルの光の魔術による援護のもと、おれはふたたびシャドウロード・タイタンへ向かって駆け出す。
その手に、五百年ぶりの愛剣を握って。
ミルの光の魔術とシャドウロード・タイタンの闇の魔術がぶつかり合う。
一瞬、シャドウロード・タイタンがおれの姿を見失う。
おれはゴーレムの側面へとまわり込み……。
ガラスのような刀身を振るう。
思いきった踏み込みからの、左膝への斬撃。
剣は、驚くほど軽く……そして鋭く、チューブを数本、まとめて切り裂く。
同時に、シャドウロード・タイタンの脚部装甲の一部までも削り取ってみせる。
霊剣クリアの刃は、あまりにもあっさりと、ゴーレムの装甲に食い込んだ。
巨体を支える脚部が不安定になり、ゴーレムがバランスを崩す。
おれは素早く立ち位置を変えながら、こんどは右膝に切れ込みを入れる。
この間も、ミルは攻撃魔術や援護魔術で的確におれをサポートする。
自分に向けた攻撃を、余裕をもって受け切ってみせる。
まさに万全の支援、まさに最高のパートナーだ。
「続けて。定期的に闇の魔術を使わせないと、こいつは自分の治療にまわるから」
「攻め続けろってことだな」
「うん! 《溢れよ喜悦、満ちよ法悦、輝きの園、厳しき檻、咲き誇れ光輝》」
ミルの放った光の波動が、おれの背を押し、ゴーレムをほんのわずか退かせる。
味方の身体を活性化させ同時に相手の動きを阻害させる、光の第五階梯魔術だ。
ゴーレムが自身の負傷を治癒させる暇を与えないための攻撃だった。
はたして、シャドウロード・タイタンはホーリー・オーラによるわずかな束縛を嫌い、振り払うように闇の波動を放つ。
おれの手のなかで、霊剣クリアの刃が虹色に輝いた。
漆黒の波が、虹色の光に溶け消える。
おれは妖精王が刀身に込めた加護に守られ、相手の懐に潜り込む。
足首の装甲を深く抉り取って、一撃離脱。
この手に愛剣があるからといって、欲張りはしない。
直後にゴーレムの振るった腕がおれの身体をかすめたことからも、この動きが正しかったことがわかる。
相手の膂力を考えれば、迂闊な深追いは厳禁だ。
「向こうは、まぐれ当たりの一撃が決まれば一発逆転だからな」
「そんなことはさせない。そうでしょ、コガネ」
「もちろん」
おれにとって最高のパートナーが、最高のサポートをしてくれるのだ。
加えて、手には五百年前の愛剣がある。
もはや、負ける気がしない。
「だいたい感覚はわかった。次はもう一歩、踏み込む」
「うん!」
合図は、それだけでいい。
おれの深く踏み込んだ一撃が、巨人の右脚の装甲をごっそりと切り取る。
それによって、シャドウロード・タイタンの振りまわす腕を避けきれなくなるが……。
「《光輝満ちよ無垢なる壁》」
ここぞというタイミングで設置された光の壁が、巨人の拳を斜め後ろにそらす。
おれはその隙に相手のまたぐらをくぐり、さらに一撃。
右足首を、裏から削る。
巨体がぐらりと揺れ、右膝を床につける。
やっぱりこの剣は最高だ。
「《讃え輝け、謳え踊れ、咲き導け、煌めく曙光》……」
ミルが長い詠唱を開始する。
さきほどと同じ、スターライト・レインだ。
シャドウロード・タイタンが、咆哮して暴れる。
おれはなおも離脱せず、巨人のまるごしの背中を蹴って後ろ首に斬撃を叩き込む。
首の装甲を切断し、その内部にあったチューブ百本以上を断ち切った。
巨人の頭部が、おおきく揺れる。
おれは宙を舞い、シャドウロード・タイタンから離脱する。
「……《そは厳かなる刃、降り注げ星の光、刺し穿て白き槍》」
狙いすましたタイミングで、ミルが光の矢の雨を降らせる。
シャドウロード・タイタンはちょうどおれに反撃しようと腕を振りまわしていたため、この攻撃を防ぎようもなく、全身を串刺しにされてしまう。
もっとも、光の矢の大半は分厚い漆黒の装甲に弾かれてしまうのだが……。
その一部が、四肢を繋ぐチューブに突き刺さり、これを傷つける。
さきほどから、おれが切り裂いていた装甲の内側にあるチューブだ。
全身から青い液体が噴き出て、ゴーレムはいっそう身もだえた。
巨人は、それでもなお、立ち上がる。
赤いひとつ目を爛々と輝かせ、おれとミルを睨む。
もっともその動きは、最初のころが嘘のように鈍っていた。
「一気にいくぞ」
「うん! 《包み満ちよ厳かなる焔の白光》」
第四階梯の短縮詠唱、セイクリッド・スキンだ。
光の霊気がおれを包み、輝ける鎧となる。
おれはミルの支援を得て、ゴーレムの正面から刺突を放つ。
「閃迅衝」
ゴーレムは拳を振るってこれに打ち合わせてくる。
互いの一撃が衝突し、もしこれが前の霊剣なら微塵に砕けていただろうが……。
霊剣クリアは無傷だった。
逆に、相手の巨大な拳が砕ける。
ゴーレムの身体が、おおきくのけぞった。
おれはさらに、踏み込む。
俊敏な動きでゴーレムの倒れつつある胴体を駆け上がり、赤い単眼に透明な刃を突き立てる。
ゴーレムの目に鋭いひび割れが走り……そして。
単眼が、砕けた。
ゴーレムは咆哮し、断末魔の悲鳴のように、けたたましい音を立てる。
頭部で、関節の各部で、同時にいくつもの爆発が起こる。
まるで体液のように青い液体を全身あちこちで迸らせながら、二歩、三歩と後退し……。
巨大なゴーレムが、仰向けに倒れる。
背後にあった、八角形のクリスタルを巻き添えにして。
赤黒い輝きを放っていたクリスタルが、微塵に砕け散る。
それが、シャドウロード・タイタンの、そして浮遊機動要塞シャザムの最期だった。




