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第22話 五百年の孤独

 そう、わたしは身の丈の倍はあろうかという透明な容器のなか、いっぱいに満たされた霊水に頭まで浸かり、浮いていた。

 浮遊要塞シャザムの中枢制御室、と呼ばれる広い部屋で、その中央部に設置されたカプセルである。

 もう二十年もの間、わたしはこのカプセルのなかを住処としているのだ。


 きっかけは、二十年前、発掘した浮遊要塞の魔導炉心を起動しようとしたときのことだった。

 要塞の防衛機構が暴走し、研究者たちを襲った。

 護衛の兵士たちは精鋭だったが、防衛機構はとんでもなく強力で、バタバタと倒れていき……。


 要塞の別の場所で軟禁されていた、精神が死んでいたわたしは。

 そのとき、不意に、われに返ったのだ。

 いますぐ彼らを助けなければと、無我夢中で動いた。


 わたしひとりで要塞の魔導炉心を抑え込むことができたのは、研究者たちの準備のおかげだった。

 このカプセルである。

 当時、魔導炉心を制御するための唯一の方法を、彼らはギリギリで完成させていた。


 わたしの持つ膨大な光属性の霊気を、旧人だけが持っていたという闇属性の霊気に変換する。

 この旧人の遺産は、闇属性の霊気以外、いっさいの入力を受けつけないのだ。


 当時、カプセルの変換効率は悪かった。

 だからこそ、特に光の魔術に得意なわたしが必要だった。

 邪竜の血をかぶったおかげで、わたしの霊気は、ヒトの限界をはるかに超えていたのだから。


 おまけに不老不死で、食事も排泄も不要なのだから。

 ほかの魔術師と交代する案もあったが、それはわたしが拒否し続けた。

 これが常命の者にとって命を削る苦行であると、誰よりもよく知っていたからである。


 そういうわけで、わたしは二十年もの間、このカプセルにこもって、要塞の制御を行っていた。

 時折、訪れる十二教会長たちから、説得を受けながら。

 彼らは、どうか御身を大切に、と口々にいった。


 そのたびに、わたしはこう返事をした。

 わたしは、この国のひとたちを己の子どものように思っているのだと。

 わたしの子どもたちが命を削る必要など、これっぽっちもないのだと。


 そう、わたしが少し、我慢をすればいいのだ。

 我慢をし続ければいいだけなのだ。

 そうすれば、皆が幸福になれると……そう、信じ続けた。


「もし、仲間の誰かがいてくれたら」


 そんな、ありえないことを考えてしまったこともある。

 わたしがサポートして、仲間の誰かがこの要塞を徹底的に破壊する……。

 それができないうちは、わたしが霊気を闇属性に変換し続け、要塞を維持するしかない。


 そうこうするうち、歳月が過ぎた。

 次第に、カプセルの変換効率が向上していった。

 理由は簡単で、わたしの身体がだんだんとつくり変えられていったからだ。


 ヒトから、旧人へ。

 より、闇の魔術を行使しやすい身体へ。

 二十年後の、いま。


 わたしの身体は、光の霊気よりも闇の霊気のほうが強くなっていた。

 そう遠くない将来、わたしの全身は闇の霊気に染まり尽くすだろう。

 そうなる前に、なにかが起こらなければ……。


 この要塞を破棄する案は、何度も検討された。

 しかし、そのためには防衛機構を突破する必要があり……。

 この国の精鋭をなんどぶつけても、跳ね返されてしまう。


 しかもこの要塞は大地の霊脈から霊気を吸い上げ、それを闇属性の霊気に変換して独立稼働する。

 ゆえに、わたしが制御していてなお、霊脈を損ない続ける。

 要塞の活動が二十年に及んだことで、この国の霊脈は危機に瀕していた。


 理想は、この要塞を海まで運んでしまうことだという。

 そのためには緊張状態にある東のベルグスト王国を突破する必要があり、あまりにも無茶だとわたしは反対したのだが……。

 これ以上、この国の霊脈を損なうわけにはいかないと、説得されてしまった。


 なにより。

 隠し通してはいたけれど。

 わたしの心のほうも、限界が近づいていたのだ。


 入念な準備が整えられ、要塞は東へと向かう。

 ギリギリまで交渉は続けられたが、ベルグスト王国を説得することはできず、戦争は不可避だった。

 わたしも、身を守るため、みんなを守るため、最善を尽くさざるを得ないだろう。


 意識が、次第に混濁していく。

 大切な記憶が、もっとおおきななにかに飲み込まれていく。

 限界が近づいている。


 大切なひとの面影すら、忘れかけている。

 ああ、あのひとの顔は、どんなだっただろう。


 わたしを救ってくれた、あのひと。

 わたしがずっと待ち続ける、あのひと。

 ……コガネ。


 兵士の噂話でその名を聞いたのは、偶然だった。

 要塞の各所に設置された端末ごしに、聞き耳をたてていたときだったのだから。

 普段は、そんなことをしないのだけれど……たまたま、魔が差したとでもいおうか。


 あとはもう、止まらなかった。

 わたしは、テリサをやって、彼を要塞の内部に導き、そして……。


 いま、目の前に。

 彼が、いる。



        *



 おれは、呆然としてその場に立ち尽くす。

 要塞の中央、テリサに案内された、天井の高い巨大な部屋にて。

 酒樽よりおおきな透明のカプセルは水がいっぱいになっていて、そのなかに少女の裸の身体が、ぷかぷかと浮いている。


 金色の髪で、蒼い目をした、触れれば折れてしまいそうなほど可憐な少女だ。

 その顔は、五百年前と変わらぬミルのものだった。

 なのに一瞬、見間違えたのは、その雰囲気があまりにも違ったからだ。


 かつての彼女のトレードマークだった笑顔は、微塵もなかった。

 そこには、およそ表情というものが感じられない。

 まるで人形のようにのっぺりとした顔をしていた。


 その人形のような少女が、おれをみる。

 桜色の唇が動き、水のなかに泡がぷくぷくと浮く。


「コガネ」


 声が、聞こえた。

 カプセルからだ。

 風の魔術でも使っているのか、それは水中で発せられたとは思わないほどはっきりと、おれの耳に届いた。


 かつてのミルとおなじ声で。

 しかし、背筋が寒くなるほど冷たい声で。

 悲しいほど平坦な声で。


「ずっと、待っていた。やっと、きてくれた。コガネ、昔とぜんぜん変わってない」

「おまえは……変わった、のか? いや、どうなんだ。とりあえず、その。身体は隠せ」

「あはは、少し恥ずかしいかな。でも、わたし、ここから出られないから」


 なにをいってるんだ、こいつは。

 しゃべっている内容は昔と変わらないのに、そこに感情はこれっぽっちも入っていない。

 あげく、自分の身体のこともきちんと認識していないように思える。


「どいうことだ、おい」


 おれは、カプセルの傍らで腰を抜かしている老人たちに詰め寄った。

 兵士が割り込んでくるが、軽く横に突き飛ばす。

 この老人たちが、テリサのいっていた十二教会長なのだろうが……。


「やめて、コガネ。ヴァハス翁は、わたしのためを思って動いてくれた。もういいの。……もう、いいんだ。コガネの顔をみることができて、コガネの声を聞くことができた」

「ミル、どういうことだ」

「この要塞を抑えておくのも、もう限界だったから。だから、最期に、みんなに会いたかった。コガネに逢いたかった。ただ、それだけなんだよ」


 相変わらず、ミルの声に感情はない。

 アイシャとともに追いついてきたテリサに対して、おれは振り返る。


「どういうことだ、これは」

「申し訳ございません、コガネさま。ですが、ここに来るまでこのことを黙っておかなければ、あなたはきっと激昂して、もっと攻撃的になったでしょう、と」

「ミルが、そういったのか」


 テリサはうなずいた。


「ほんの少しの間、正気に戻られたときに」

「ほんの少し、か」


 五百年、だ。

 ずっと幽閉されていたおれと違い、彼女は五百年間、ひとのなかで生きてきた。

 長い長い時間、聖女として暮らし……。


 そこでなにがあったのか、どんな想いを抱えてきたのか、おれには想像することすらできない。

 でも、わかっていることがある。

 ひとつだけ、いえることがある。


「ミル!」


 おれはカプセルのなかの少女に向かって叫ぶ。

 声を張り上げ、まっすぐに彼女をみつめる。

 少女と視線が交わり、その瞳が揺れた。


「ミル! おまえは、おれの仲間だ! 五百年経っても、なにひとつ変わっちゃいない! だからふざけたことを抜かすなら……」


 金属の床が、揺れた。

 壁面が、天井が、ぐらぐらと揺れ続ける。

 まるで聖女ミルの動揺を反映しているかのように、要塞全体が振動している。


「もう、いいの。満足したよ。わたしは、もう、この要塞そのものだから。わたしの光の霊気がなければ、この要塞は抑えられないから」

「おい、テリサ! 説明しろ!」

「いや、わたしが話そう」


 腰を抜かしていた老人のひとりが立ち上がる。

 老いてなお壮健な、鋭い目をした男だった。

 背筋をピンと伸ばし、おれと視線を合わせても、怒気にひるむことなく見返してくる。


 ヴァハス翁、とかミルがいっていたな。

 十二教会長でも有力者のひとりなのだろう。


「われらの過ちだったのだ。遺跡を掘り返して手に入れた旧人の兵器を、思うがままに操ろうとした。聖女さまのおちからがあれば、闇の魔術を抑え込んでしまえると、そう確信した。しかし、二十年に渡ってこの要塞にちからを注ぎ込んだ聖女さまは……」


 老人が語る、その途中で。

 カプセルから、ミルのちからがあふれ出す。

 濃い闇のような霊気が、衝撃波となっておれたちを襲う。


 おれは慌てて、そばにいた老人とテリサをかばった。

 兵士たちと、残りの老人たちが吹き飛ばされ……アイシャが風の魔術で、彼らを助ける。

 まるで、霊気の竜巻が突如として出現したかのようだった。


「わかったぞ、コガネよ!」


 アイシャが叫ぶ。


「聖女ミルは、光の魔術の使い手といったな! だがこの女、いま行使しているのは闇の魔術だ! ヒトとしての属性を変質させる旧人の転換装置、それに長く漬かった新人は、その身を旧人へと変化させることができたという。これは、そういった……」

「わかりやすくまとめろ! どうすればいい!」

「あのカプセルを破壊しろ!」


 なるほど、わかりやすい。

 おれは、にやりとして立ちあがる。

 テリサや老人たちに身を低くするよう指示して、飛び出した。


「ミル、待ってろ!」


 霊剣ナヴァ・ザグを構え、叫ぶ。


「すぐに助けてやるから!」


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