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第18話 予想外の潜入作戦

 アクシデントは、続いた。

 宵闇のなか、要塞に向かって飛行していたおれたちは、要塞から豆粒のような影が飛び出してきたことに気づく。

 最初にひとつ、そのひとつを追うようにして四つ。


 いずれも、ヒトだ。

 最初の人影が速度を上げ、逃がすものかと残りが追従する。

 ひとりが残りの数人に追われているようだった。


 彼らはおれたちの存在に気づかれていないようだ。

 眼下の戦闘をきっかけに、最初の人影が要塞から脱出し……。

 それに対して四人の追っ手がかかった、というところか。


「クロウ、念のため訊ねるが……」

「あれも、仕込みじゃないぜえ。ったく、今日はなんだってんだ。段取りが全部吹っ飛んだぜ」


 クロウは、心底、うんざりしたという態度である。

 念入りに準備してこれなのだから、文句のひとつもいいたくなる気持ちは、わからないでもない。

 これが演技でないと信じたいところだ。


「追われている者を助けるぞ、コガネ」

「ま、だよな」


 この状況で要塞から離脱する者に、興味を惹かれないわけがない。

 敵の敵は味方、とは必ずしもいえないが、敵の敵が敵であったらそのときはそのときだ。

 この国の兵士をまとめて全部相手にするならともかく、数名程度ならば、よほどのことがない限り対応できるはずだった。


 アイシャはおれたちの手を引き、加速する。

 いま、高度は木々のはるか上である。

 彼女が手を放せば墜落して即死することは確実だ、本来なら空中戦などごめん被りたいところである。


「コガネ、われはフライングの維持で手一杯だ。おぬし、なんとかせよ」

「飛び道具なんて持ってねえぞ」


 片手が塞がっているいま、弓矢も使えない。

 仕方がないか、とおれは動物解体用の短剣を抜いた。

 追いすがる相手との距離は、まだだいぶあるが……。


 短剣に霊気を込め、タイミングを計る。

 アイシャが気を利かせて高度をあげた。

 追われている方が、こちらに気づいたのか針路を変更し……うん、こっちに来る。


「女だ。ほう、いい身体つきじゃねえか」


 よほど目がいいのか、クロウが告げる。

 月明かりしかないなか、おれには暗くてよくわからないし、アイシャも同様のようだが……。


「侍女の制服、ですかい。となると……聖女の付き人、テリサ・アルフェッサ殿とお見受けするが、いかに!」


 クロウは大声で、そう叫んだ。

 こちらに接近してくる影が、びくっとする。

 方向を変えないところをみると、どうやら正解のようだ。


「アルフェッサ家は、五百年前から何十代にもわたって聖女の世話を一手に引き受けているって名家でさあ。今代のテリサ・アルフェッサは今年で三十一歳、風と光の魔術に造詣が深いと聞きます。本人に間違いなさそうですぜ」

「おぬし、めちゃくちゃ役に立つのう」

「おい、アイシャ。あまり信用するなよ」


 クロウが有能なのは間違いないが、それと仲間として信じられるかどうかは別の問題だ。

 だいいち、彼には彼が所属する組織がある。

 そのことは、これまでもさんざん匂わされてきたことだ。


「安心してくだせえ。こいつは仕込みじゃないが、テリサ殿の目的は間違いなく、コガネ、あんたですぜ。五百年前の勇者の仲間とおぼしき人物の噂、流した甲斐があったねえ」

「ちょっと待て、聞いてねえぞそれ!」


 こっちになんの承諾もなく、なにをしやがる!


 いや、でもそうか。

 こうして彼女が、追われる危険を冒してでも飛び出してきたのって、そういうことか。

 つまり、テリサってあのひとは……。


「ミルには、おれに伝えたいことがあると」

「うむ。で、あろうな」


 クロウのやつ、ここまで読んでの差配か。

 勝手にやられたのは腹が立つが、結果オーライではある。


「よし、クロウ。おまえは半殺しで勘弁してやる」

「ひでぇ。そこは無罪放免でお願いしたいですねえ」

「次から、勝手な真似はするな」


 次があるかは、わからないが……。

 人影との距離が詰まる。

 それを追う者たちが加速して距離を詰めてくるも、おれたちが接触するほうが早いだろう。



        *



 テリサ・アルフェッサは忠義に生きる。

 その身は指の先、足のつま先にいたるまで、聖女ミルに捧げていた。

 三十一歳のいまでも独身であり、後継者をつくるのは妹たちに任せると決めていた。


 この身が動かなくなるまで、聖女のそばにいようと、そう決意していた。

 あるいは、己の存在が聖女の邪魔になる日が来るまで。

 そのときは喜んで隠居しようと、笑って別れようと、覚悟を決めていた。


 彼女の意思を、聖女ミルは当然、知っている。

 忠誠心の高さも、頑固なところも、すべて。

 十三、四の少女にみえながら五百歳を超える彼女は、雲のようなふわふわした笑みを浮かべて、「テリサは、ほんとうに仕方ないですね」というのだ。


 聖女ミルは、個人としてみれば、手がかからない主である。

 あまりわがままはいわないし、へんな性癖があるわけでもない。

 むしろ、己を殺しすぎるきらいすらあった。


 そこが、問題だった。

 抑圧に慣れすぎた彼女が本当に望む言葉を、どうやって引き出すか。

 それが、仕える者としてのいちばんの役目であると……そう、信じてきた。


 そんな彼女が、ある日、告げたのだ。

 とある噂を耳にして。

 テリサに対して、初めて、わがままをいった。


「コガネに、逢いたい」


 兵士たちの噂話だった。

 この国のいくつかの街で、そして教都で、コガネと名乗る男が暴れたのだと。

 邪竜討伐の勇者のひとりと同じ名を名乗り、おそろしく強く、巨大な魔物すら一刀のもと切り伏せた剛の者だと。


「テリサ。彼を、連れてきて」


 無理難題もいいところだった。

 聖女ミルは、事実上、この浮遊機動要塞シャザムに幽閉されているようなものである。

 テリサがお仕えする前から……もう三十年も、ずっと。


 これまで彼女は、その状態を許容してきた。

 不老不死の己が、五百年前の人間が、いまさら国に対して口を出すべきではないと、そう信じてきた。

 結果、この国と教会は、十二教会長によって牛耳られてしまい……いまではもう、聖女がなにをいっても無駄となってしまった。


 聖女ミルが唯一、己の意思で選んできたのが侍女の地位である。

 その一番は常にアルフェッサ家であった。


 彼女の世話をする、たったひとりの女性。

 テリサ・アルフェッサが背負うのは、そういうものである。

 が、ゆえに……。


「お任せください。必ずや」


 テリサは、あまりにも無謀なその言葉を、承諾した。

 なんのためらいもなく、なんの思慮もせず、忠誠の心だけでもって受け入れた。

 結果、己の身がどうなろうと構わないと、瞬時にそう決断してのけた。


 そして、あまりにも都合よく、夕方になって要塞の下で騒動が起こる。

 いましかないと、そう信じた。

 結果的に……。



        *



 おれは、テリサ・アルフェッサとおぼしき人物を背後から襲おうとした男に短剣を投擲する。

 狙い過たず、短剣は男が構えた槍の柄に当たり、空中でバランスを崩したその人物はくるくると回転しながら墜落していった。

 まあ、飛行魔術を維持できている限りは死なないだろう。


 残る三人は、おれたちが厄介な相手とみて速度を緩める。

 おれは霊剣ナヴァ・ザグを抜き、霊気をいっぱいに込めた。

 これは実際のところ、切り札のひとつなのだが……。


「月刃衝」


 刀身から溢れた霊気が、月の光を浴びて銀色に輝く。

 霊剣を横薙ぎに一閃する。

 霊気で構成された刃が飛び出した。


 それは広く拡散し、巨大な鎌となってテリサを追ってきた男たちを襲う。

 あえて収束を甘くし、かわりに広域への拡散を重視したその一撃は避けようもなく、男たちの全身を切り刻み……。


 しかしそれは、殺すほどではなく、ただ男たちのバランスを崩す。

 彼らは血しぶきをあげて失速、木の葉のように舞いながら、三人まとめて落下していく。

 これで、テリサを追う者はすべて片づけた。


「ふう、なんとかできたか」

「おぬし、こんな技も持っておったのか?」

「風林の秘伝だ。昔は苦手、だったんだけどな。きみと会ってから、なんとなく、刃に霊気を通すのが上手くなった気がする」


 クロウが聞き耳を立てているので、詳しい話はできない。

 未だコントロールに自信がないため汎用性は低いが……。


「ま、よかろう」


 アイシャは少し不満げに鼻を鳴らすと、速度を殺しておれたちに接触してきた女性へと向き直る。


「そこの者、テリサ・アルフェッサで相違ないか。われはアイシャ、そっちをコガネ、あっちはクロウというが……まあ、この者は塵芥と思えばよい」

「ひでぇよぉ」

「は、はい。わたくしが、アルフェッサ家のテリサであることは相違ありません」


 森の上空で、おれたちは挨拶を交わす。


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